乳がんの皮膚転移 この方法で臭いや痛みがグンと軽くなる!

監修とアドバイス●中村清吾 聖路加国際病院ブレストセンター長・乳腺外科部長
監修とアドバイス●渡部一宏 聖路加国際病院薬剤部
取材・文●池内加寿子
発行:2006年12月
更新:2019年7月

  
中村清吾さん
聖路加国際病院
ブレストセンター長
中村清吾さん

なかむら せいご
聖路加国際病院ブレストセンター長、乳腺外科部長。
1982年千葉大学医学部卒業。聖路加国際病院外科レジデント。97年米国MDアンダーソンがんセンターで研修。99年マクマスター大学でEBM研修。03年聖路加国際病院外科医長。06年聖路加看護大学臨床教授

渡部一宏さん
聖路加国際病院薬剤部の
渡部一宏さん
 

わたなべ かずひろ
聖路加国際病院薬剤部所属。
1995年昭和薬科大学薬学部卒業。97年昭和薬科大学大学院薬学研究科修士課程修了(薬学修士)。同年より現職。05年より共立薬科大学大学院実務薬学講座で、がん性悪臭に対する製剤の開発研究。日本医療薬学会認定指導薬剤師


乳がんの皮膚転移はなぜ起こる?
がんの直接浸潤や、リンパ管浸潤によって皮膚表面に拡がる

2004年に、乳がんを再発した故・松村尚美さん(98年乳がん3期と診断され、2000年右鎖骨上のリンパ節に再発)が、諏訪中央病院名誉院長の鎌田實さんと本誌上でかわした往復書簡の中にこんな1節がありました。

「今までかろうじて進行を食い止めていた抗がん剤も効かなくなって、病状がいっきに進行しました。(略)患部が熱をもち、腫れて痛みが増してきている。(略)初めは傷の表面が痛みました。傷が肌着に擦れて痛むようで、そのうち内部から痛みが突き上げてくるようになりました。薬を飲んでも効くまでに時間がかかり、じっと痛みをかかえていました」(「がんばらない」の医師 鎌田實とがん患者の心の往復書簡 松村尚美さん編 第4回

「仕事をして家事をして、変わりのない生活を送っていますが、病気は進行しました。左乳房に巣くっていたがんは大きくなり皮膚を破って、絶え間なく浸出液と血液が流れ出ています。(略)2~3時間おきに取り替える傷の当て布の臭いと、その行為、とりきれていない痛みに精神的に追い詰められていきます。シャワーを浴びる際に、浴室の床を染める血の赤い色に不安になります(略)」(「がんばらない」の医師 鎌田實とがん患者の心の往復書簡 松村尚美さん編 第5回

松村さんのこの文章から、左乳房のがんが皮膚に転移して、浸出液や出血、痛み、臭いが増し、途方にくれながら手当てをしている痛切な思いがひしひしと伝わってきます。

本誌の編集部にも、「皮膚転移をしたけれど、よい薬もないと医師に見放された」などと書かれたお便りがたびたび舞い込むことからも、松村さん同様に苦しんでいる方が少なくないことがわかります。

乳がんの皮膚転移――あまり語られることのないこの状態は、どのような場合に起こり、どんな症状を呈するのでしょうか。

[図1 乳がんが再発・転移しやすい部位は?]
図1  乳がんが再発・転移しやすい部位

乳がん治療の第一人者である聖路加国際病院の中村清吾さんは、次のように解説します。

「乳がんが発見されたとき、すでに皮膚にまでがんが直接浸潤している“進行性乳がん”の割合は、乳がん全体の5パーセント程度ですが、それらの場合、現在では術前の化学療法でがんを小さくし、皮膚の炎症を抑えてから手術することができます。本当に対処が難しくなるのは、手術や抗がん剤、放射線などの治療後、遺残(取り残し)したがんや、放射線や抗がん剤をくぐり抜けて生き延びていたがん細胞が成長して、皮膚に顔を出した場合ですね」

中村さんによると、乳がんの皮膚転移には、大きく分けて2つのパターンがあります。1つは直接浸潤、もう1つは、炎症性乳がんやリンパ節転移によって生ずるものです。

「直接浸潤とは、乳腺の中にできたがんが、周辺の脂肪や間質などの組織の中に拡がっていくことです。がんが皮下から皮膚のほうへ直接しみこむように発育していくと、皮膚の表面に顔を出し、潰瘍を形成します。ここに嫌気性菌や真菌等が感染すると、臭いのもとになるのです」(中村さん)

炎症性乳がんやリンパ節転移による皮膚転移は、皮膚のすぐ下にあるリンパ管にがん細胞が詰まり、炎症のような状態が皮膚表面にも引き起こされるものです。

「皮膚のすぐ下には、細かく張り巡らしたリンパ管の網の目があります。炎症性乳がんと呼ばれるタイプでは、この網の目の中にがん細胞の集塊がつまってリンパ液の流れが滞り、炎症様の変化を起こして真っ赤に腫れ、それが進むと潰瘍をつくることがあります。また、高度なリンパ節転移があるような場合も、リンパ流が停滞するので、同じような症状が起こります」(中村さん)

乳がんの細胞が血流やリンパ流に乗って、肺や肝臓、骨、リンパ節など離れた臓器に転移する遠隔転移に比べて、皮膚転移は数としては少ないそうですが、患者さん自身もつらく、医療者も対応に苦慮する難題だそうです。

いつごろ、どんな症状に注意すればよい? 症状の進み方は?
治療後2、3年目、皮膚の赤みやしこりに注意して

[図2 乳がん皮膚転移の症状の進み方]
図2  乳がん皮膚転移の症状の進み方

「乳がんの皮膚転移は、手術の術式に関わらず、乳房温存手術、全摘手術のどちらでも起こり得ます。発症しやすい時期は、他の再発と同様で、治療後2年目か3年目に起きるケースが約半数。残りの半数は、ホルモン感受性が陽性で、ホルモン療法でおさえられていたような場合で、10~15年の間に出てくるものです」と中村さん。

皮膚転移は、皮膚表面の変化が目に見えやすく、発見が容易です。その症状は――。

「まず、皮膚表面が赤くなります。硬い塊(硬結)やしこりとして触れることもあります。そのうち皮膚表面にびらん(ただれ)ができて、次第に潰瘍を形成し、患部がジュクジュクしてきて浸出液が滲み出したり、出血したりするようになります。潰瘍から出る浸出液に、トリコモナスなどの嫌気性菌や真菌が感染すると悪臭が発生します」(中村さん)

潰瘍化したがん組織が感染を起こすと、通常の感染や褥創に比べてかなり強い、独特の悪臭を放つようになります。とくに患部が大きい場合や、乳房全体に潰瘍が広がってきたようなときは浸出液も増え、強烈な臭いを発するため、患部の処置をするときに部屋中に臭いが拡がり、患者さん本人はもちろんのこと、ご家族や周囲の方も不快な思いをすることがあるようです。浸出液が多く、3時間おきにガーゼを交換している方、「手当てをしていると、家族が嫌な顔をする」「自分の衣類と一緒に洗わないでと夫に言われた」と深く傷ついている患者さんもいます。

また、患部の傷の痛みや、やけどのような熱感、出血なども患者さんを悩ませる症状です。

皮膚転移に効果的な治療法は?
症状を見ながら、全身治療と局所の対症療法を行う

「このような症状を和らげるためには、まず、他の再発同様、抗がん剤やハーセプチン等による全身治療を行うのが基本です。ただ、抗がん剤によって白血球が減少すると、容易に感染しやすくなるため、化学療法ができないこともあります。浸出液が多い場合は、放射線を総線量30グレイ程度照射することで、浸出液を少なくすることもありますが、根治的な治療ではなく、症状を緩和するための1つの方法です。なお、乳房温存手術後に放射線をかけた照射野(範囲)には、再度照射することはできません」(中村さん)

皮膚転移は、局在的に見えても周囲にがんの芽が潜んでいるため、外科手術で患部を切除することは、ごくまれな例を除いてほとんどないそうです。


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