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切除不能または再発乳がんの治療戦略を変える新薬 HER2陽性乳がん治療薬「パージェタ」の可能性

監修●堀口 淳 群馬大学大学院臓器病態外科学准教授
取材・文●伊波達也
発行:2013年8月
更新:2019年10月

  

「適応の方にはすぐにでも併用を検討したい新薬です」と話す
堀口 淳さん

ハーセプチンの登場によって、HER2陽性乳がんの治療効果が大きく前進してから十数年、このタイプの乳がん治療をさらに大きく飛躍させる新薬が登場した。HER2陽性切除不能・再発乳がんの治療薬として2013年6月に承認された新薬「パージェタ」だ。

どのような治療薬なのか? その効果は? 期待の新薬の全貌を紹介する。

新しい抗HER2薬

乳がんの薬物療法は、近年、目ざましい進歩を遂げている。

なかでも、HER2陽性の患者さんに適応する分子標的薬ハーセプチンが登場して以降は、ホルモン受容体陽性の患者さんに対するホルモン療法と合わせて、4つに分類されたサブタイプごとの治療法が明確に定められた。

それによって、再発率の低下、予後の向上、生存率アップが進んでいる。

HER2陽性の人は、乳がん全体の15~20%ぐらいといわれている。HER2とは細胞の表面にあるタンパクで、細胞の増殖や分化にかかわっている。ハーセプチンは、このHER2に結合することによって、増殖や分化ができないようにブロックする薬なのだ。

そもそもハーセプチンが登場する前は、HER2陽性の乳がんは、細胞の増殖分化が速いため、再発の可能性が高い予後の悪いタイプとされていた。しかし、ハーセプチンが投与できるようになった以降は、予後が大幅に改善されてきた。

そのようなHER2陽性の乳がん患者さんのなかでも、手術不能または再発乳がんの人々への朗報があった。2013年6月に承認され、8月に発売が予定されている新しい抗HER2治療薬であるパージェタの登場だ。

この薬の臨床試験である『CLEOPATRA試験』(国際共同第Ⅲ相二重盲検プラセボ対照無作為化臨床試験)は、2008年2月に国際的に始められた。日本も翌年7月から参加し、この結果に基づいて、今回、日本でもパージェタが承認に至ったのだ。

ハーセプチン=一般名トラスツズマブ パージェタ=一般名ぺルツズマブ

新薬の併用で生存期間が延長

■図1 パージェタの効果①無増悪生存期間(Baselga J, et al. N Engl J Med 2012; 366: 109-19)

同試験に参加した群馬大学大学院臓器病態外科学准教授の堀口淳さんは、次のように説明する。

「CLEOPATRA試験は、HER2陽性で、手術不能または再発乳がんの患者さんを対象にしています。従来の治療法である、ハーセプチンとタキソテールの2剤併用療法と、それにパージェタを加えた3剤併用療法との効果を比較するものです」

どちらで治療しているかが治験に携わる医療関係者や患者さんにわからないように行う試験(無作為化二重盲検)であったため、コントロール群ではパージェタの代わりにプラセボが投与されたという。

■図2 パージェタの効果②全生存期間(Swain SM, et al. SABCS 2012 Abstract #P5-18-26)

「試験の結果、無増悪生存期間(がんが悪化しなかった期間)の中央値が、パージェタ群が18.5カ月、コントロール群が12.4カ月となりました(図1)。つまり、ハーセプチンとタキソテールの治療にパージェタを併用した群のほうが、併用しなかった群よりも、6.1カ月間、約1.5倍も無増悪生存期間を延ばしたのです。

全生存期間においても良好な結果が出ています。試験開始後3年の時点で、コントロール群の生存率は50%でしたが、パージェタ群では66%でした(図2)。パージェタ群のほうが、コントロール群より、生存率が16%高かったのです」

■図3 向上するHER2陽性転移性乳がんの治療効果

これらの結果によって、従来のハーセプチンとタキソテールの2剤併用療法によってかなりの延命効果が得られていたところに(図3)、パージェタを加えた3剤併用では、さらなる延命が期待できることが示されたのだ。

タキソテール=一般名ドセタキセル

HER2を2つの部位でがっちりブロック

■図4 パージェタとハーセプチンの作用

パージェタの作用機序を簡単に説明しよう。

ハーセプチンは、細胞の増殖や分化を促すHER2の外側の領域のある一部分に結合して、そこからの刺激を抑える。それに対してパージェタは、HER2がほかのHERファミリー(HER1からHER4まである)との結合をする部位に結合し、HERファミリーの結合を直接ブロックすることで細胞増殖シグナルを抑えることができる。そのなかでも、もっとも強い細胞増殖シグナル活性を促すといわれる、HER2とHER3の結合をブロックすることで効果を発揮するのだ(図4)。

さらにパージェタとハーセプチンは、HER2の異なる部位に結合するため、2剤を併用すれば包括的に、より効率的にHER2シグナルを遮断できることになる。

■図5 パージェタ+ハーセプチン+タキソテールの投与スケジュール

パージェタ+ハーセプチン+タキソテール3剤の投与スケジュールは、図5のようになる。

3週間ごとの投与で、初回はパージェタ840mgを60分間で投与する。続いて、ハーセプチン8mg/kgを90分間で投与後、タキソテール75mg/m2を60分で投与する。

初回投与で安全性に問題がなければ、2サイクル目以降は、パージェタ420mgを30分間で投与後、ハーセプチン6mg/kgを30分間で投与し、その後、タキソテール75mg/m2を60分間で投与する。タキソテールを副作用のために中止した場合でも、パージェタとハーセプチンによる治療は継続できる。

ハーセプチン治療中もパージェタ併用効果に期待

「試験では、術前術後の補助療法後、無病期間を1年以上経てから再発した人が約5割、ハーセプチンを含む治療から無病期間を1年以上経て再発した人が10%含まれています。ハーセプチンを含む治療後に再発した人は、無治療で再発した人よりは効果が少し劣るものの(無増悪生存期間中央値が無治療群21.6カ月、ハーセプチン治療群16.9カ月)、パージェタを使うことによって増悪までの期間を延ばすことができました(パージェタ群16.9カ月、対照群10.4カ月)。

今後、どういう条件の患者さんにパージェタを併用するかは治療を通じて検証していく必要はあります。たとえば局所再発やリンパ節転移のみの症例などについては、2剤でいいのか、3剤がいいのかを判断するということです。しかし、今のところは延命効果を考慮すると、最初から3剤併用することが推奨できると考えています」

また、従来の治療であるハーセプチンとタキソテールの2剤併用での治療が進行中の手術不能または再発乳がん患者さんについても、「承認と同時にパージェタを併用して治療するべきです」と堀口さんは話す。

再発転移乳がんでも根治を視野に

■図6 パージェタの効果③奏効率(Baselga J, et al. N Engl J Med 2012; 366: 109-19を改変)

『CLEOPATRA試験』の結果で、何より注目すべきことは、先述したとおり、パージェタ群の3年生存率が66%と高いことだ。

「この試験の患者データを追跡すれば、今後おそらく、5年生存率は、50%を越えることが期待できます。さらに同試験では、奏効率に関しても、試験スタート時に病変の測定が可能であった症例に限って検証しています。それによると、パージェタ群では、客観的奏効率が80.2%(完全奏効率5・5%/部分奏効率74.6%)、コントロール群では、客観的奏効率69.3%(完全奏効率4.2%/部分奏効率65.2%)と、パージェタ群で有意に高かったという結果が出ました(図6)。

従来は、転移再発乳がんの場合は根治が望めないとされてきましたが、これらの結果から考えると、このまま生存期間が延長し奏効が維持された場合、たとえば10年後に完全奏効率が5%を超えるようになるかもしれません。つまり、転移再発乳がんの治療によって、そのまま根治していく患者さんが出現する可能性も大いに期待できるのです」

完全奏効=すべての標的病変が消失し、4週間持続 部分奏効=標的病変の長径和30%以上の縮小が、4週間持続

対処が困難な副作用はない

■図7 副作用と対処法

パージェタ+ハーセプチン+タキソテールの治療による副作用について、報告では、パージェタ群407例中39 6例(97.3%)でさまざまな副作用が出現している。そのうち、有害事象として試験参加者の25%以上の発生率、またはコントロール群との差が5%以上あるのは、下痢、発疹、粘膜の炎症、発熱性好中球減少症、皮膚乾燥などだ(図7)。

「当科の例では発熱性好中球減少症で入院した患者さんが1人いました。しかし、これはパージェタがあってもなくても、タキソテールを使うと起こる可能性のある副作用です。対処法は、まず抗生物質の服用です。それでも熱が下がらない場合は、来院してもらって採血検査を行ったうえで適切な対処します。より重篤な場合は、クリーンルームへ入院します。

■図8 副作用の現れる時期(発熱性好中球減少症と下痢)発熱性好中球減少症および下痢の発現例数は、経過に伴って徐々に減少したタキソテール中止以降、発熱性好中球減少症は認められなくなった(Swain SM, et al. SABCS 2012 Abstract #P5-18-26)

予防策として、患者さんには、日々の口腔ケア、うがいなどのセルフケアや、なるべく人ごみにはいかない、マスクをするなどの対処が必要でしょう。また、副作用への対処策として、タキソテールの投与を中止するという方法を取ることもあります。万一、タキソテールを止めたとしても、ハーセプチンとパージェタの2剤併用で十分に効果は期待できます」

下痢についても、それほど強い症状は出ないため、整腸剤と下痢止めで十分に対処できるという。また、発熱性好中球減少症も下痢も、投与開始時によく起こるが、その後落ち着いてくる副作用だ(図8)。

発疹、粘膜炎症、皮膚乾燥についても、「副腎皮質ホルモン薬、抗ヒスタミン薬を処方するなど、それぞれの副作用についての通常の対処で問題ありません」と堀口さんは話す。

タキソテール+ハーセプチン治療では、心筋梗塞などのまれに起こる心臓関連有害事象に注意が払われてきた。パージェタを加えると発症率が高まるのかが懸念されるところだったが、今回の試験データでは、むしろパージェタ群のほうがコントロール群よりも心臓関連有害事象が起こる割合は低かった。

「心機能の合併症についてさらにいうと、例えばアンスラサイクリン系の薬剤では、症状は非可逆性で一度悪くなると回復しにくく、最悪の場合は心不全を起こしやすくなります。一方、抗HER2薬による治療では、薬剤の投与を止めれば心機能は戻ります。この治療をしている間の心機能の検査は、3カ月に一度くらい定期的に行うことが薦められます」

いっそう治療が進化するHER2陽性乳がん

■表9 進行中の試験

HER2陽性転移性乳がんに対する今後の展開は、パージェタの承認を機に、現在進行中の臨床試験の結果次第では、1次治療、2次治療においていっそう治療が進化していきそうだ。1次治療については、『MARIANNE試験』『PERUSE試験』『VELVET試験』、2次治療については『PHEREXA試験』が実施されている(表9)。

このなかで注目すべきは、『MARIANNE試験』である。『MARIANNE試験』は、パージェタとT-DM1投与群、プラセボとT-DM1投与群、ハーセプチンとタキサン系薬剤投与群(タキソテール、タキソール)をランダムに割りつけて、無増悪生存期間、安全性、全奏効率、全生存期間などを比較している第Ⅲ相試験だ。

この試験の結果によっては、2016年以降は、T-DM1とパージェタの併用療法が転移性乳がんの1次治療においての標準治療になる可能性もあるといわれている。

タキソール=一般名パクリタキセル

早期乳がん補助療法の効果も検証中

さらに注目すべきなのは、早期乳がんの手術後の補助療法に対するパージェタの効果だ。現在、『APHINITY試験』という、第Ⅲ相試験が行われている。これは、標準的な補助化学療法にハーセプチンとパージェタを加えた3剤併用群と、パージェタの代わりにプラセボを加えたコントロール群を比較する試験であり、堀口さんの施設も参加している。

「APHINITY試験の結果で、パージェタが補助化学療法でも使えるようになれば、再発をさらに格段に減らせるようになると思います。また、万一再発してしまった場合にも、今回パージェタという薬が登場したおかげで、さまざまな方法があることを医師が患者さんに伝えられるようになります。『再発しにくくなりますよ』とか、『もし再発しても治る可能性はありますよ』と言えることは、治療にあたる医師にとって喜ばしいことです。患者さんも安心できることでしょう」

このように数々の試験の実施により、HER2陽性乳がんにおける補助化学療法の細分化、個別化もいっそう進んでいる。そのようななかで、今後の治療戦略においてパージェタがキードラッグになることは間違いなさそうだ。

再発転移しても治療の選択肢はある

乳がんの治療後は、無再発の患者さんでも10年は経過をみなければならないといわれる。乳がん治療中後の患者さんに堀口さんは次のようなアドバイスをくれた。

「手術後の補助療法を受けている患者さんや経過観察中の患者さんのなかには、再発転移のことが大きな気がかりになっている方も多くいらっしゃると思います。しかし現在は、サブタイプに応じた適切な治療がありますから、それらによって再発予防をできるだけ行い、あとは、日常生活を明るくポジティブに過ごすことが療養には大切なことです。適度に運動をして、体脂肪率を上げないように食生活も気をつけてください。そして精神的に安定していることは何よりです。万一再発転移してしまった場合でも、治療の選択肢がいろいろあるということも、ぜひ知っておいてください」

HER2陽性乳がん患者さんは、パージェタの登場を機に、さらに予後を良好に過ごす期待ができることになったのだ。

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