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本来の機能・形態を回復する頭頸部がんの再建手術
術後の形態や機能障害を改善し、生活の質を向上する必要不可欠な治療

監修:中塚貴志 埼玉医科大学形成外科教授
取材・文:松沢 実
発行:2004年11月
更新:2013年4月

  
中塚貴志さん
埼玉医科大学形成外科教授の
中塚貴志さん

頭頸部には、味覚・視覚・聴覚・燕下・咀嚼・発声など、人が生きる上で非常に重要な機能が集約されており、この部位への障害は直接QOLの低下につながる。

また、頭頸部は個人の識別となる顔面形態・表情を形成しており、美的観点からしても障害がQOLの低下につながる。

そのため、この部位に生じた悪性腫瘍の切除後の再建は、患者にとって必要不可欠であり、形成外科的手術は良好な機能・形態を獲得するためにめざましい進歩を遂げている。

頭頸部がんの再建手術の現在を、埼玉医科大学形成外科教授の中塚貴志さんに聞いた。

患者のQOLや社会復帰などを視野に収めた治療が必要

頭頸部がんは脳を除き、首から上の頭部や顔面、首に発生するがんの総称だが、手術で大きく切除した場合、容貌の変形をはじめ、会話や摂食機能などに障害を招くことが少なくない。がんの根治が得られても、患者のQOL(生活の質)は著しく低下し、社会生活への復帰を困難にさせていたが、最近は形成外科による再建手術が飛躍的に進歩し、切除による組織の欠損や喪失した機能を再生・克服する道が切り拓かれている。

「かつて1980年以前は、例えば骨に浸潤した上顎がん(副鼻腔の中でもっとも大きな上顎洞に発生するがん)に対し、手術で上顎骨を大きく切除した場合、その欠損箇所を充分に埋めることは困難とされていました。その結果、鼻や眼、口許などは変形をきたし、顔面の容貌も大きく変わり、患者さんの社会復帰も難しかったといえます。しかし、80年代以降、遊離組織移植術という新たな再建手術の確立と普及によって、かなりの程度まで修復することが可能になりました」

と埼玉医科大学形成外科教授の中塚貴志さんは指摘する。

いうまでもないが、頭頸部がんは常に人目に曝されるところや、発声や、咀嚼、嚥下など日常生活に不可欠な機能に直接関与している場所に発生する。がんの根治がなによりも優先されるが、同時に術後の患者さんのQOLや社会復帰などを視野に収めた治療が求められる。根治性を損なわずに、可能な限り組織の欠損を最小限にとどめるのはもちろんだが、もし手術などによる切除で容貌や機能が損なわれたときは、それを修復・回復させるのが形成外科による再建手術なのである。

「もともと形成外科は身体の組織や臓器を移動・移植することにより、欠損・変形した身体部分を修復・再建し、外見と機能の回復をはかる専門外科としてスタートしました」(中塚さん)

いわば、形成外科は「QOLの外科」ともいえるのであり、がんを治癒させるだけでなく、がん患者のQOLを維持し社会生活への復帰に欠かせないものとして再建手術は不可欠な治療なのである。

[頭頸部の構造]
図:頭頸部の構造

頭頸部がんとは口(口腔、唾液腺)、のど(咽頭。物を飲み込む)、喉頭(声を出す)、鼻(鼻腔、副鼻腔)、首(頸部、甲状腺、リンパ節)に発生したがんの総称で他のがんと比べて、発生頻度は高くはないが、高齢化に伴い増加傾向にある。最も比率の高いのが甲状腺で、次が喉頭、舌が3番目となる

再建手術を受け、食事・発声が支障なく行えるように

[下顎再建のために肩胛皮弁を採取する]
写真:下顎再建のために肩胛皮弁を採取する
[下顎再建のために切り取った肩押骨皮弁]
写真:横から見た喉頭亜全摘術の簡略図

肩胛骨と周囲の毛管、脂肪や皮膚を一括して採取し、下顎の形に変型させて下顎へと移植する

川島隆一さん(仮名)が中塚さんの外来を受診したのは約6年前のことだった。舌の下側、舌根と歯茎の間のU字形の部分である口腔底にがんが発生し、それが下顎の骨にまで浸潤していたからだ。

口腔底がんは口腔底の表面を覆う「扁平上皮」と呼ばれる細胞に発生するがんだ。まだ病巣が小さく、口腔底にとどまっている早期がんなら、手術や放射線治療のみで治癒する。

しかし、がんが下顎骨まで浸潤しているときは、その骨の一部を切除したうえで、同時に下顎の再建手術を行わねばならない。それを修復しなければ、食事を摂ることも、声を出すこともできないからだ。川島さんは進行口腔底がんと診断されたことから、この領域での経験豊富な中塚さんの元へ紹介されてきたのである。

「川島さんの口腔底がんは歯肉に広がり、下顎骨まで浸潤していました。かなり広い範囲に浸潤していたことから、下顎骨の約3分の2を切除したのです」(中塚さん)

下顎の再建には肩の肩胛骨とその周囲の血管や脂肪、皮膚等の組織を一括して採取し、肩胛骨に2箇所の切れ目を入れ下顎の形に整えて移植した。

そして、手術用顕微鏡を用いたマイクロサージェリーによって、頸部の動脈を移植片の動脈に、顎に通じる静脈を移植片の静脈に繋ぐ血管吻合で血流を再開させて下顎の再建を行った。

「口の中は常に唾液で満たされ、傷口が治りにくく、細菌感染も起こしやすい。しかし、肩胛骨とその周囲の皮膚・及下組織は血流がよいところなので、血管吻合さえ順調にいけば傷の治りは早いといえます」(中塚さん)

川島さんの経過は順調で、術後20日目からミキサーにかけたお粥状の食事がとれるようになった。

今年で手術を受けてから6年目を迎える川島さんは、食事がとれることはもちろん、発声などにもなんら支障がない。とても移植した下顎とは思えない外見と機能が再建されている。

マイクロサージェリー=文字通り、マイクロ(微小)+サージェリー(外科)、微小外科のことで、肉眼で行う手術とは異なり、顕微鏡を覗きながら行う手術のこと。形成外科領域では多くの場合、顕微鏡下での血管吻合を応用した再建手術を指す


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