がんになったことは、僕の人生の大きな財産です 食道がんを乗り越え、「人を幸せにする音楽」で団塊の世代を元気づけるザ・ワイルドワンズの加瀬邦彦さん

取材・文:吉田健城
撮影:向井 渉
発行:2010年11月
更新:2018年9月

  
加瀬邦彦さん

かせ くにひこ
1941年3月6日生まれ。東京都出身。慶応義塾大学在学中からバンドを始め、63年「寺内タケシとブルージーンズ」に加入、66年「ザ・ワイルドワンズ」を結成し、絶大な人気を得る。解散後は作曲家、音楽プロデューサーとしても活躍。81年ザ・ワイルドワンズを再結成し、現在も多彩な音楽活動を展開中。

食道がんは、自覚症状が出にくいため、早期発見が難しいうえに進行も速い。しかも、根治を目指すには手術で切除するしかないが、その手術も大がかりなものになるため、後遺症や合併症に苦しむケースが多い。加瀬邦彦さんは53歳のとき、この厄介ながんを経験しているが、さまざまな幸運も重なって短いブランクだけで芸能活動を再開でき、がんをきっかけに、新たな人生の目標まで見つけることができた。

胃カメラで見つかった喉のポリープ

写真:1966年のザ・ワイルドワンズデビュー当時
1966年のザ・ワイルドワンズデビュー当時
(上の写真の左から2人目、下の写真が加瀬邦彦さん)
写真:デビュー当時の加瀬邦彦さん

加瀬邦彦さんは、浮き沈みの激しい芸能界を不死鳥のように、たくましく生きてきた人である。グループサウンズ全盛時代に、「ザ・ワイルドワンズ」を結成して一世を風靡。解散後は、作曲家として幾多のヒット曲を世に送り出し、歌手の沢田研二さんや加山雄三さんのプロデューサーとしても名をはせた。

半世紀にわたって芸能界の第一線で活躍してきた加瀬さんだが、1度だけ、芸能生命どころか、生物学上の生命さえ失いかねない危機に遭遇したことがあった。食道がんになったのである。

食道がんは悪性度が高く、進行してから見つかると治る比率はきわめて低い。早期発見が何よりも肝心なのだが、幸いなことに、加瀬さんは早い段階でがんを見つけることができた。

「1994年8月下旬のことだったと思いますが、ある日、朝起きたら胃が重いので、予定されていたゴルフの朝レッスンを休むことにしたんです。その連絡をゴルフの先生にしたら、心配してくれて、レッスンに来ている胃腸専門のお医者さんを紹介してくれたんです」

紹介されたのは東京・田町でクリニックを開業しているS医師。S医師は、加瀬さんが多忙な身なので、問診だけでなく胃カメラでも診ておいたほうがいいと判断し、すぐに実施したところ、胃に潰瘍が2つ見つかった。さらに、S医師は、喉のところにも小さなポリープがあるのを見逃さなかった。

思ってもみなかった“がん”という言葉

S医師は、ポリープの細胞を取って検査に出すので、結果が出たら改めて連絡すると加瀬さんに告げた。しかし、加瀬さんはまったく気にしなかった。

「歌手は喉のポリープがよくできるんです。うち(ザ・ワイルドワンズ)のメンバーでも、ポリープを取ったのがいたんですが、2日くらいで退院したので、最悪の場合でも、その程度ですむと思っていたんです」

しかし、これは勘違いだった。歌手の場合は大半が喉頭にできるポリープだが、加瀬さんの場合はポリープといっても、「喉に近いところにできた食道のポリープ」で、同じものではなかった。

1週間ほどして検査の結果が出たというのでS医師を訪ねると、加瀬さんは思ってもみない言葉を聞くことになる。

「先生が『加瀬さん、胃潰瘍のほうは薬で治りますが、喉のほうはよくないんですよ。私は以前、T大学にいたんですが、そこに食道がんの権威がいますから、すぐに行って診てもらってください』と言うんですよ。確かに“がん”という言葉を聞いたので、『せ、先生、いま何とおっしゃいました? 食道がんとおっしゃいましたよね』と聞き返したんです。そしたら、『そうです。でも、その疑いがあるということですよ。ただ、もしがんだったら、加瀬さんはまだ53歳だから、転移するのが速いんです。だから、すぐ詳しい検査を受けたほうがいいんですよ』と言って、その場でT大学のI先生に電話をしてくれたんです」

早いうちにきっちり治したい

写真:加瀬邦彦さん

翌日の朝、加瀬さんは、T大学病院を訪ね、I医師の診察を受けたが、「どうも、よくないみたいだから、なるべく早く検査入院してください」と言われ、その言葉に従って翌々日、3日間の予定で検査入院した。そして、それが終了したあと、I医師から食道がんであることを告知された。

「がんは、まだ2センチぐらいの大きさで、内視鏡で取れないこともないが、腫瘍が喉の筋肉についているため、手術より精度の面で落ちる内視鏡ではやりにくいということでした。それに、もしかしたら、がんがリンパ節に飛んでいる可能性もあるので、先生から手術を勧められました。すぐ手術を受けることにしたのは、食道がんの手術が大がかりなものになるとは知らなかったこともありますが、半年前の検診では見つからなかったような腫瘍が、もう2センチの大きさになっていたので、早いうちにきっちり治しておきたいと思ったからでした」

手術に当たって1つ気がかりだったのは、がんが声帯のすぐ裏にあるので、声が出なくなるのではないかということだった。

「先生が『大丈夫です』と、キッパリおっしゃるのでホッとして、その3日後に入院し、翌日手術を受けるという最短のスケジュールで行うことに同意したんです」 手術前にもう1つ決断しなくてはならないことがあった。

「食道がんの手術では、食道を元のところに通さず、肋骨の上に作り直した胃を置く方法もあるということでした。でも、その方法では、食事のあと、その部分がポコンと膨れるという欠点があるというので、胃は元の位置に作ってもらうことにしました。仕事で裸になることもあるし、シャツ1枚で人前に出ることも多いので、食事のたびに胃の膨らみが目立つのはまずいと思ったんです」


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