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外来化学療法の普及で迫られる新しい貧血対策
がん化学療法にともなう貧血症状の社会復帰をサポートする

監修:森文子 国立がんセンター中央病院12B病棟副看護師長(がん看護専門看護師)
取材・文:吉田燿子
発行:2006年2月
更新:2013年8月

  

森文子さん
国立がん研究センター中央病院の
森文子さん

化学療法が進むにつれて悪化する貧血症状

――化学療法による副作用である貧血について、患者さんはどの程度認識されているのでしょうか。

人によって認識や理解の度合いはさまざまなので、一概には言えませんね。よくテレビなどでは、化学療法で脱毛した患者さんの姿が見られますよね。脱毛などの副作用は“絵”として見えやすいので一般に認識されやすいのですが、化学療法によって骨髄抑制が起こり、赤血球が減少して貧血症状が起こるということは、医療者側から説明されて初めて知るパターンのほうが多いように思います。

――化学療法にともなう貧血が起こる際の経過について教えてください。

[がん化学療法に伴う、ヘモグロビン濃度の変化]
(肺がん患者さんの場合)

がん化学療法に伴う、ヘモグロビン濃度の変化(肺がん患者さんの場合)

出典:H.Okamoto,et al Annals of Oncology 3:819-, 1992(一部改変)

化学療法は何クールも治療を行います。化学療法を実施中から実施後1週間くらいは、吐き気・嘔吐、口内炎、下痢など急性で患者さん自身が自覚しやすい消化器系の副作用が起こります。治療後、1週間後くらいから白血球数や赤血球数の減少が起こってきます。そして、白血球数が回復してくる3~4週間後に次のクールの化学療法を行うというプロセスを繰り返します。しかし、化学療法を何度も繰り返していくと、低下したヘモグロビン濃度が十分回復しないうちに次の化学療法を行うことになり、貧血はさらに進行して症状も出てきます。ヘモグロビン濃度が7グラム/デシリットル(以下、単位省略)を切った場合には輸血が必要になることがあります。血液系のがんの患者さんの場合は赤血球を作る骨髄に異常があるため、その機能が保たれておらず、もともと赤血球数が少ない人がほとんどです。化学療法開始前からすでに貧血を抱えているため、治療が進むにつれてさらにヘモグロビン濃度が低下しても、貧血状態に慣れてしまい、症状を自覚しない場合も少なくないようです。しかし、慣れるからそれでいいということではありません。

――貧血の程度によって症状はどのように変わっていくのでしょうか。

貧血症状の起こり方には個人差がありますが、軽度の貧血ではほとんど自覚症状がないので、検査でヘモグロビン濃度をチェックしないと患者さん自身が貧血であることに気付かないことが多いですね。貧血が進んでヘモグロビン濃度が8~9まで低下すると、体がだるくなったり、行動を起こすのがおっくうになったり、今までは軽々と上っていたような階段や坂道がつらく感じたり、持久力がなくなってすぐに休みたくなるといった症状が出てきます。患者さん自身が貧血症状を訴えるようなときは、「だるい、動けない、眠気がある、頭が重い、スッキリしない、動くと動悸がする、息が切れる」などの表現をされることが多いですね。

[ヘモグロビンの値と貧血症状]

ヘモグロビン濃度(Hb) 症状
9~10g/dl 皮膚、口唇、口腔粘膜の蒼白
8g/dl 心拍数の増加(全身組織の酸素低下による代謝不全)、動悸、息切れ、微熱
7g/dl 頭痛、めまい、耳鳴り、失神、倦怠感、四肢冷感、思考力低下、心拍出量の増加、
酸素不足による狭心症(胸部不快感、紋扼感)
6g/dl 心雑音(血液濃度不足による血流の変化)
5g/dl 口内炎、筋肉のこむら返り、食欲不振、嘔気、便秘、低体温(全身の酸素欠乏によるもの)
3g/dl 心不全、浮腫、昏睡(生体にとって危険な状態)
出典:照林社刊『がん治療の副作用対策』マリリン・ドッド著 大西和子監訳

社会復帰の妨げとなる副作用の貧血

――現在、貧血については血液検査結果以外に患者さんの状態についてどのようなことをチェックされていますか。

特に決まったチェック項目というのはないですね。全身状態を見て普段と変化がないかチェックしたり、脈拍や血圧、熱などを測ったり、血液の酸素飽和度(血液中のヘモグロビンがどの程度酸素を運んでいるか)を見たりして総合的に判断します。あとは患者さん自身がだるさを感じていないか、熟睡できているかどうかなど、自覚症状の面からも判断しますね。しかし、貧血の程度を知る上で一番重要なのはヘモグロビン濃度です。自覚症状の有無にかかわらず、ヘモグロビン濃度が低下して7を切れば体の各器官が酸素欠乏状態になり、機能にも影響が出てくるため輸血を考えることになります。

――貧血症状は、患者さんのQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)にどのぐらい影響を与えているのでしょうか。

貧血症状に耐えながら、仕事を持って社会で働いている方が一番つらいでしょうね。誰もが仕事の内容を調整して負担を軽くできる状況にあるとは限りません。定期的に輸血を受けるたびに会社を休まなくてはならず、周囲の理解が得られなかったり、気兼ねをしてしまって仕事を辞めた方もいらっしゃいます。主婦の方には、家族のために食事をつくったり、家事をするという役割があります。

「貧血症状のために自分の役割が果たせない」という精神的なつらさもよくお聞きします。

――貧血が起こったとき、患者さんや家族の方ができる対策やサポートはありますか。

現状では輸血以外に貧血の治療法がないので、ヘモグロビン濃度7以上の患者さんに対しては、貧血そのものを改善するというより、休息をとってもらったり、動作を補助したり、ふらつきによる転倒を防ぐための安全策を講じたりといった方法で対応しています。

患者さんの家族ができるサポートとしては、買い物や洗濯など、家事全般の補助が挙げられます。特に主婦の方などは、家事で無理をして疲れをためてしまう方がとても多いように思います。貧血症状というのは見た目にわかりにくいので、だるくて休んでいると怠けているように思われてしまったり、「治療してだいぶ経つのにまだ動けないの?」と周囲に言われてストレスを感じてしまう患者さんも少なくありません。身近な人たちが理解を示してサポートすることも大切ですし、患者さんの側からも周りに手助けを求めることが必要だと感じますね。

EPO製剤による早めの貧血治療で社会での活動範囲が広がる

――外来で治療しながら日常生活を送る患者さんが増えている今、貧血は見過ごすことができない問題です。自己ケアについておうかがいできますか。

患者さんご自身が、受診日以外の病院を離れている際に感じた自覚症状や生活への支障、受診時にもらう検査データなどを日記に記録しておくのもひとつの手だと思います。ただし、患者さんが記録しやすいように、日記の書式は医療者側で提案したほうがいいかもしれません。患者さんが書いた日記を一緒に見ることができれば、私たちも貴重な情報を得られます。患者さんが日常生活で何に支障を感じているのか、今後何を達成したいと考えておられるのか。それを一緒に考えながら、そのための方策を考える必要があるのではないかと感じています。

[患者さん用に作られた副作用対策の手引き]
患者さん用に作られた副作用対策の手引き

――今後の貧血治療について、お考えをお聞かせください。

輸血には感染症や副作用などのデメリットがあるので、なるべくしないに越したことはありません。現在はヘモグロビン濃度が7を切った時点で輸血を行っていますが、そこまで数値が低下しなくても、貧血症状でつらい思いをする患者さんはいらっしゃるわけです。将来、EPO製剤が認可され日常臨床で使えるようになり、貧血症状をコントロールすることが可能になれば、その結果、患者さんの生活範囲や可能性が大きく広がるのではないかと期待しています。


EPO製剤の治験の経験から

ヘモグロビン濃度の低下を抑えることによるQOL維持に期待

稙田いずみ 東海大学クリニカル・リサーチ・コーディネーター(CRC)

稙田いずみさん
東海大学の稙田いずみさん

悪性リンパ腫と肺がんの患者さんにおけるEPO製剤の治験を担当していました。EPO製剤投与後にヘモグロビン濃度が2グラム/デシリットル(以下、単位省略)以上上昇するとQOLの指標のひとつである疲労感のスコアに改善が見られたことから、「化学療法の実施中に、EPO製剤による早めの支持療法を施し、ヘモグロビン濃度の低下を2以内に抑えることができれば、貧血症状を感じず、高いQOLを維持した状態で化学療法を続けることができる」といえるのではないでしょうか。一方で、ヘモグロビン濃度の低下だけでなく、絶対値もQOLの低下を判断する重要な目安となります。別の試験で、ヘモグロビン濃度が11未満と11以上で比べると11以上でQOLが高いという結果が得られました。したがって、化学療法の副作用である貧血症状のケアにあたっては、ヘモグロビン濃度の低下量と絶対値の両方を評価する必要があると思います。

[ヘモグロビン濃度の変化とQOLとの関係]
ヘモグロビン濃度の変化とQOLとの関係

出典:Sakai.Hら Proceedings of the ASCO 23:767, 2004(一部改変)

これまで貧血に対しては輸血が唯一の有効な対策でしたが、感染症やアレルギーなどのリスクもあり、医療者も患者さんへの貧血対策の啓発活動には消極的でした。そのため、患者さんが貧血症状を我慢したり、自分の症状に気付いていなかったりするケースも多かったのです。しかし、EPO製剤が発売され貧血治療の選択肢が増えることで医療者側、患者側ともに意識が大きく変わるといえます。EPO製剤の登場は、貧血の治療だけにとどまらず、患者さん自身が自分の体が発する信号に気付いて医療者に訴えるひとつのよいきっかけになるのではないかと思います。


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