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がん患者を襲う「心の副作用」うつ病に備える
手だては早期発見、早期治療。何もせず、ひたすら心と体を休ませよう

監修:内富庸介 国立がんセンター東病院臨床開発センター精神腫瘍学開発部部長
取材・文:常蔭純一
発行:2009年12月
更新:2013年4月

  
内富庸介さん 国立がん研究センター
東病院臨床開発センター
精神腫瘍学開発部部長の
内富庸介さん

がん治療の鍵を握るホルモン剤や抗がん剤などの治療は、効果ばかりか、副作用ももたらす。
その副作用で今1番問題になっているのが、うつ病である。うつ病はひどくなれば、がん治療よりも苦しく、自殺まで引き起こしてしまう。
患者さんは、この問題にどう対処したらいいか。

予後の悪いがんほど抑うつになりやすい

がんは身体的な病気であると同時に、そのことを告げられたときに、心理面でも痛烈なダメージがもたらされる。そこに厳しい治療による心身両面での苦痛が重なり、心のバランスが乱れることも少なくない。

「私たちが行った調査結果から、予後がよいとされる早期乳がん患者さんの場合でも、診断後30パーセントの人たちが強い不安やうつ傾向を感じることがわかっています。とくに予後があまりよくないといわれる肺がん、頭頸部がん、膵がんなどの場合は、そうした傾向はさらに強くなります。じっさい、頭頸部がんでは17パーセント、進行肺がんでは19パーセントの患者さんが診断後に抑うつ(うつ病と適応障害)を患っているとする報告もあるほどです。それに治療の不安が重なるのですから、がん治療ではうつ病、それに健常な状態とうつ病との中間に位置する適応障害などの心の問題も軽視することはできません」

と、指摘するのは日本ではまだ数少ない精神腫瘍科医の1人でがん患者の心の問題に取り組んでいる国立がん研究センター東病院臨床開発センター精神腫瘍学開発部部長の内富庸介さんである。 また、こうしたがん患者全般に共通する傾向に加えて、乳がん、子宮がんなどの一部のがんでは、ホルモン剤等による治療の副作用で、うつ病や適応障害()が発症することも珍しくない。これは、治療にともなう女性ホルモン(エストロゲン)の分泌低下が心理的な不安傾向を助長するからだ。

[がんの臨床経過と抑うつ(うつ病・適応障害)の1カ月有病率]
図:がんの臨床経過と抑うつ(うつ病・適応障害)の1カ月有病率

出典:Murakami 2004;Kugaya 2000;Akechi 2001;Uchitomi 2000;Akechi 2001; Okamura 2000;Akechi 2004

こうした治療による副作用が影響しているケースも含めて、国立がん研究センターでの2008年の精神科の受診件数は約1300件。抑うつは、その約半数を占めている。

[国立がん研究センター精神科の新規受診件数]
図:国立がん研究センター精神科の新規受診件数

適応障害=明らかなストレス要因があり、それに対する直接的な反応として、精神的に具合が悪くなっている状態

前向きな気持ちが持てなくなる

では、こうした「心の副作用」を患うと、じっさいにどんな症状が現われるのだろうか。

「うつ病は、それまでがんばりすぎて心が燃え尽きた状態と考えればいいでしょう。具体的な症状として、もっとも特徴的なのは前向きな気持ちが持てなくなること。深い絶望感に捉われ、将来に希望が持てなくなる。また仕事や趣味に対する意欲、興味も失われ、自分の殻の中に閉じこもってしまいます。また、そうした心の症状に平行して不眠、疲労感、食欲減退など身体的な症状が続くことも少なくありません。適応障害とは、そうした症状の結果、うつ病ほどではないにせよ、日常生活に支障をきたしているケースを指します」

軽く考えてはいけないのは、そうした心の落ち込みが、最悪の場合には自殺衝動に発展する危険性があることだ。がん患者の診断3.5カ月後の自殺率は健常者の1.4倍だが、うつ病に限ってみると健常者の8倍にも達することがわかっている。

「がんという病気そのものや治療による吐き気や痛みは、時間が経過して治療が進めば、症状も軽減すると希望が持てます。ところがうつ病をはじめとする心の病気では、いつになったらよくなるのかまったく展望が開けない。そのために自らの命を断つ人が後を絶ちません。その意味ではがんそのものより、つらい病気といえるかもしれません。うつ病に対してよく『心の風邪』という表現が用いられますが、とてもそんな生易しいものではありません」

と、内富さんは語る。

内富さんによると、うつ病ほど症状が重くはない適応障害でも衝動的な行動に向かう患者も少なくないという。また患者の不安が患者を支える家族にも伝播して、双方が「共倒れ」の状態に陥ることもある。こうした危険を考えると、心の副作用対策を怠ることはできない。

最も危険な時期は告知後の2週間

がん患者は、どのようにして心のバランスを失っていくのだろうか。内富さんによると、がん患者がもっとも痛烈なダメージを蒙るのが、やはりがんを宣告されたときだという。

「よく頭が真っ白になるといいますが、患者さんが初めてがんを宣告されたときには、ショックを受けたあと滝つぼに突き落とされたようなパニックに陥ります。その後2週間ほど落ち込みの期間が続いた後、ようやく自分を取り戻すというのが一般的なパターンです。もっとも、なかには危険な状態が3~6カ月続くことも少なくありません。うつ病患者さんには、心の働きの振幅が激しい人も多く、自宅で療養中に『これ以上家族に迷惑はかけられない』と衝動的な行動に走ることもあります」

[心の通常反応と精神症状]
図:心の通常反応と精神症状

出典:山脇・内富、サイコオンコロジー 1997

最近では手術ができない場合、入院期間を経ずに外来通院で抗がん剤治療をするケースも少なくない。そうした場合には、さらに告知直後のうつ病の危険は増大するという。

「入院期間というのは、がん患者さんにとっては一種の学習期間でもあります。医師や看護師、それに先輩患者さんから多くの情報を入手して、自分なりに病気や自分自身の生き方について考えます。ところが通院の場合には、そうした情報にまったく接することができません。手術ができなかったことの絶望感に加えて、そうした暗澹とした状態が続くために、不安感がさらに増幅されていくのです」

また内富さんはうつ病になりやすい年齢についても、60歳という年齢が1つの分岐点になっていると指摘する。とくに60歳前の患者ががんに罹患すると、仕事や家族、中でも子どものことが気がかりで不安が深まるケースが多い。乳がんの場合は、罹患年齢が他のがん種に比べて10歳前後若いことから、うつ、適応障害が起こる確率も高いという。

再発や後遺症の残存など、患者にとっては不安の種になるバッドニュースは初回治療後も続く。しかし、そのときには多くの患者は闘病体験を通して、少しずつショックを乗り切る耐性を身につけており、うつ病や適応障害発症の危険は初発直後ほど高くないという。


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