患者も家族も早期の段階で救急症状に気づくことが大切
大きく遅れている。がんによる急変には、「がん救急医療」を
新海哲さん
がんは、時に急激に生命を脅かす症状をもたらす。そのとき、がんに熟知した専門医が緊急対応しなければとんでもないことになる。
これが「がん救急医療」だ。しかし、日本はまだその体制が十分に整っていない。
がんによる急変にはどのように対処したらいいのか、また患者さんはそのために何を心得ておくべきなのか。
がん治療にも救急医療が必要
救急医療というと、多くの人は交通事故被害にあった場合や脳、心臓など循環器の疾患で発作が起こった場合の医療を思い浮かべるのではないだろうか。
しかし、実は、がんという病気にも救急医療が必要な局面がしばしば訪れる。
「たとえば乳がんによる骨転移が起こると、脊髄が圧迫され、神経が傷つけられ、下半身に麻痺が起こることがあります。そのとき、48時間以内に外科手術などの適切な処置を行わなければ、麻痺が残ってしまいます。
また治療で用いた抗がん剤の副作用で骨髄の機能が低下して発熱性好中球減少という状態がもたらされ、敗血症(*)に陥ることもあります。この場合は最悪の事態としてショック死も考えられます。このような場合は、当然ながら迅速かつ的確な救急医療が必要となります」と、語るのは新たながん救急医療とそのためのチーム医療を提言し、実践している四国がんセンター院長で、呼吸器内科医師の新海哲さんである。
治療による副作用も含めてがん治療では、時として想定外の緊急事態が起こり得る。そうした場合にがん救急医療が必要になるわけだ。
新海さん自身もいっているように、がん救急医療の目的が患者の救命や身体機能の維持にあることは一般の救急医療と変わらない。しかし、さまざまな症状を引き起こす背景にがんが存在していることから、がん救急医療の具体的な対応は一般の救急医療と大きく異なり、集学的な治療(*)が必要となる。
「実際に現われている症状が、がんやそのがんを抑えるために継続してきた治療とどう関係しているのか。治療を行う前に、まずそのことをきちんと把握しておかねばなりません。そのためにはその患者さんを担当している主治医を中心に、症状に対処する専門医、さらに画像診断医らの密接な連携が必要です。がんの救急医療では、多面的なチーム医療が不可欠なのです」(新海さん)
*敗血症=細菌感染症が全身に広がって引き起こす。非常に重症の状態で、治療しなければショックや播種性血管内凝固症候群、多臓器不全などを引き起こす
*集学的な治療=1つの治療法だけでなく、他の治療方法を組み合わせて治療成績を向上させようとする治療法
救急を要する症状には3タイプある
- 脊髄圧迫
- 頭蓋内圧亢進(腫瘍などで脳内の容積が増え、圧が高まる)
- 上大静脈症候群(上大静脈が閉塞または外から圧迫により狭くなる)
- 心タンポナーデ(心臓と心臓をおおっている心外膜の間に液体が大量に貯まり、心臓の拍動が阻害された状態)
- かっ血
- 気道閉塞
- 代謝異常:腫瘍崩壊症候群、高カルシウム血症、低ナトリウム血症、乳酸アシドーシス、溶血性尿毒症症候群など
- 尿路系疾患:出血性膀胱炎、尿路閉塞など
- 血液疾患・発熱性好中球減少、血小板減少、DIC(播種性血管内凝固症候群)
- 消化管出血・穿孔・狭窄・閉塞、胆管閉塞
では、実際にどんな局面でそうしたチーム医療が必要になるのだろうか。新海さんは、がん救急医療が行われる状況は大きく3つに区分されるという。
「第1はがんの進行に伴って容態が急変する場合で、がん救急医療で取り扱うケースの半分以上を占めています。この場合は腫瘍が大きくなることによって、気道や心臓に入る上大静脈、さらに脊髄が圧迫される症状が現れます。第2は腫瘍の存在により生体メカニズムに異常が起こるケースです。これは専門的には腫瘍随伴症候群と呼ばれ、体液中のカルシウムやナトリウムのバランスが乱れ、さまざまな症状が起こります。そしてもう1つは治療の副作用によって、危険な症状がもたらされるケースです。ここでもっとも多いのは抗がん剤の影響で、多量のがん細胞が崩壊する腫瘍崩壊症候群(後述)と呼ばれる症状です」
もっと具体的に見ていこう。
まず、このような症状が現われるのは、肺がんやすい臓がんなど難治性のがんに起こることが多いという。なかでも目立って多いのは、腫瘍の増大に伴って、上大静脈や気道などの管組織が圧迫されるケースだ。これらは悪性リンパ腫、肺がんのなかの小細胞がんなどでリンパ節に生じたがんが増大した結果、生じることが多く、放置すると呼吸困難、心不全などいずれも命にかかわる症状に発展する。それだけに迅速な処置が必要だ。
具体的な対応としては症状が軽微な場合は、まず放射線や抗がん剤の投与によって、組織を圧迫している腫瘍の縮小がはかられる。しかし、それでも思うような効果が上がらなかったり、すでに圧迫が進行して緊急を要する場合には、ステントと呼ばれる人工管が挿入される。
上大静脈が閉塞している場合は、腕の静脈からカテーテルを通して、金属製のステントが、また気道が閉塞している場合は、硬性気管支鏡を用いて、気道内に空き間を確保した後で、シリコン製の取替え可能なステントが挿入されることが多い。この気道内へのステント挿入には全身麻酔が必要なうえ、心臓など循環器に影響が及ぶ危険もある。そこで手術にはこの道の専門医も参加する。
上大静脈や気道などの管組織の圧迫症状に、ステントと呼ばれる人工管が挿入される
また同じ症状で、しばしば見られるのが乳がんや肺がんが骨転移して脊髄を圧迫するケースだ。
この場合は脊椎内の神経束が圧迫されて障害を受け、下半身麻痺などの重篤な障害が残ることも考えられる。
そうした事態を回避するには、的確かつ迅速な対応が不可欠だと新海さんはいう。
「麻痺が起こると、48時間以内に措置を講じないと症状が固定してしまいます。だから麻痺が確認されたら、まず大量のステロイドを投与して症状を緩和させて時間を稼ぐ。その間に整形外科医や画像診断医と話し合いを重ねて、治療方針を決定します。軽度の場合は抗がん剤や放射線を用いて症状の軽減を図りますが、症状が重い場合や緊急を要する場合は、脊髄の圧迫を解除する手術をすることになります」(新海さん)
肺がんの骨転移によって第6胸椎に脊髄圧迫、第12胸椎に圧迫骨折が起こっているのがわかる
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