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祢津加奈子の新・先端医療の現場18

ひと穴から手術の全てを行う「単孔式内視鏡手術」に挑む理由

監修●金平永二 メディカルトピア草加病院院長
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2012年8月
更新:2019年8月

  
金平永二さん
「無理は禁物、きちんと
適応を考えるべき」と語る
内視鏡のスペシャリスト
金平永二さん

最近、内視鏡手術でもたったひとつの穴から全ての操作を行う「単孔式内視鏡手術」が注目を集めている。先駆者の1人であるメディカルトピア草加病院院長の金平永二さんは「傷痕はほとんどわからなくなりますが、がんの場合は根治性の確保が第一です」と語っている。

おへその穴からアプローチ

医療器具の進歩により、傷がおへそのみの手術も行われるようになった

医療器具の進歩により、傷がおへそのみの手術も行われるようになった

今日、単孔式内視鏡手術を受ける患者さんは、胃の噴門部()にできたGIST。腫瘍としては進行も遅く、小さいうちにとってしまえば完治しやすい。だが進行すれば肝臓などに転移し、死に至ることもある。

患者さんの腫瘍は直径2.5㎝ほど。噴門部にあるため、標準的には胃全摘出や噴門側胃切除術になるが、患者さんは胃を全部残したい希望が強くメディカルトピア草加病院を訪れた。

まず、おへそに縦に2.5㎝ほどの切開を入れる。これが唯一の傷口。この穴を腹壁まで貫通させ、金平さんが開発したマルチチャンネルポート「エックスゲート」を挿入する。

エックスゲートは単孔式内視鏡手術を円滑に行う目的で開発された。ひとつの穴から3本の極細手術器具を体内に入れるために、種々の工夫が詰め込まれた器具だ。柔らかい筒の両側にあるリングの一方をおへその穴から挿入し、4本のベルトを引っ張ると、小さく切った傷が最大限に開大する。

体外に固定されたリングに、4つの穴があいた蓋を装着する。直径5㎜の穴から、内視鏡や手術器具を挿入し、12㎜の穴からは自動縫合器を入れて手術を行う。今日の術式は胃内手術だ。したがってエックスゲートは体外から直接胃の中に装着された。

エックスゲートを使用することで単孔式での腹腔鏡の治療ができるようになった

エックスゲートを使用することで単孔式での腹腔鏡の治療ができるようになった

切除された腫瘍は回収バックに入れられ、外に出される

切除された腫瘍は回収バックに入れられ、外に出される

ハイビジョンの内視鏡を挿入すると、胃の中の様子が鮮明に写しだされる。さらに、鉗子などの器具を別の穴から挿入。噴門部にできた腫瘍を、電気メスでくり抜くように切除する。金平さんによると「内側から胃を全層で切除した」そうだ。

くり抜いたあとの穴の縫合閉鎖は、鉗子でたくみに穴のふちをつまみあげ、一針一針確実に縫っていく。難易度の高い手技だが、内視鏡ごしとは思えないほどあざやかな動きだ。切除した組織は、回収バックに入れて体の外に出された。

この患者さんは噴門部以外にももう1つ粘膜下腫瘍があった。これは穹窿部()という噴門から離れた部位だったため、胃の外からのアプローチとした。左上腹部からさしこんだBJニードル(直径2㎜)という細い鉗子も使用しながら臓器や脂肪組織を分けて露出。エックスゲートの12㎜の穴から自動縫合器を挿入して患部を慎重に何度も確認した上で、3回に分けて切除・縫合した。

切除した組織は、また腹腔内で器用に回収パックに入れ、エックスゲートの蓋をはずして体外に取り出す。これで摘出手術は終了だ。エックスゲートを外すと、少したるんだ小さな切開孔が見えた。

その後、腹膜とへその穴を数針縫い、その上にまるめた脱脂綿を置いて四角いカットバンを貼り、手術は完了した。手術時間は、3時間弱だった。

「手術直後の傷が1番目立ちます。これから、どんどん小さくなっておへその皺と見分けが付かなくなるのです」と金平さんは微笑んだ。

噴門部=食道と胃のつなぎめ
穹窿部=胃の底部

単孔式内視鏡手術が可能になった理由

金平さんが、単孔式内視鏡手術を開始したのは、2009年の5月。まだ、国内では数人がトライしているだけだった。

金平さんは、類似の内視鏡手術を数多く行っていたから、技術的には何の不安もなかったという。「1991年にドイツに留学したとき、すでに恩師が単孔式の原型といえる内視鏡手術を行っていたのです」

これは、肛門に直径4㎝の筒を挿入し、内視鏡や電気メスなど3~4本の器具を入れて直腸の手術を行う方法。TEM(経肛門内視鏡下手術)と呼ばれ、たった1つの狭い穴から全ての操作を行うのは、単孔式と同じ。金平さんはその技術を習得して帰国していた。

実は2000年以前にも、おへそに開けた穴からアプローチする手術は開発されていたが、ほとんど普及しなかったという。「当時は、単孔式手術を行うのに十分な器具が無かったのです」と、金平さんは説明する。

それが、2008年頃になると直径5㎜ぐらいの細いカメラでも、素晴らしい画質が得られるようになった。ここで、技術的には単孔式内視鏡手術が可能になったのである。

しかし、金平さんは別の問題で頭を悩ませていた。

「この手術の意味を考えたのです」。開腹手術から内視鏡手術にシフトしたときには、傷痕が小さく患者さんの負担は少なく、痛みも軽い。入院期間も短縮でき、社会復帰も早いなどと利点があった。

だが、単孔式内視鏡手術の場合、「利点は唯一、傷が目立たないこと。痛みの軽減はわずかですし、入院期間は通常の腹腔鏡手術と変わりません。整容性の向上のためだけに、高い医療費を保険制度でまかなっていいのかと考えたのです」

患者さんの喜びが後押し

手術直後(上)は少し、おへそ付近に傷跡が見える

手術直後(上)は少し、おへそ付近に傷跡が見えるが、時間が経てば(下)傷跡は一目見ただけではわからなくなる

時間が経てば(下)傷跡は一目見ただけではわからなくなる

そんな金平さんの背中を押したのは患者さんだった。

「まだ、開業して間もない病院なのに、私たちの技術を求めて日本はもちろん、中国からも患者さんが来られる。それに恩師の技術をきちんと伝えたいという思いもあります」

単孔式での手術の第1号は、胆石の患者さんだった。倫理委員会の承認を受け、患者さんにも初めて行う手術であることを告げて執刀した。退院後、手術を受けた患者さんが質問に来た。他の人に「全然傷痕がないわよ、あなた先生に手術したと騙されているんじゃないの?」と言われ、確認に来たそうだ。

それほど、おへそから執刀する単孔式手術は傷痕がわからない。病院で、手術痕がないから別の人ではないかと、疑われた患者さんもいたそうだ。こうした患者さんの喜びや驚きに後押しされて始めた手術。だからこの疑問にはゆっくり考えていくつもりだという。


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