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免疫の基礎知識 国際学会でも注目度アップ

体内の防御機構をがん治療に活用――免疫の仕組みと研究の現状

監修●河上 裕 慶應義塾大学医学部先端医科学研究所所長
取材・文●「がんサポート」編集部
発行:2013年10月
更新:2016年3月

  
免疫療法への正しい理解を呼びかける河上さん

がんの3大治療というと、手術、抗がん薬、放射線ということになるが、第4の治療法として注目を集めているのが、免疫療法だ。しかし、海外の学会では盛んに取り上げられているものの、まだその仕組みや治療効果などは研究途上という段階。免疫治療の基礎から現状、展望をレポートする。

Q1 そもそも免疫って?

meneki1免疫とは、生きものが自分の体を守る防御機構のひとつです。外から侵入してくる異物から体を守るシステムです。どのように守るかというと、異物を固める、壊す、外に出すといった方法があります。対象としては病原菌やウイルスがわかりやすいでしょう。

ヒトには免疫以外の防御機構としては、体内に入った毒物の解毒機構や、放射線を浴びて傷ついたDNAを修復する機構などもあります。

Q2 すべての生物に備わっているの?

■自然免疫と獲得免疫meneki4

下等な動物の免疫細胞は、異物を食べるマクロファージ(貪食細胞)など原始的なものが主力で、これを自然免疫といいます。一方、ヒトなどの脊椎動物にはリンパ球という高度な働きをする免疫細胞が現れました。

リンパ球は、抗原(異物)に対して特異的に働きます。T細胞、B細胞という種類の細胞が主力です。いったん抗原を見つけると指数関数的に爆発的に増えて強い防御力を発揮できるという特徴があります。これは、マクロファージなどにはできないことです。

また、記憶機能があって、次に同じ異物が入ってきたときに素早く攻撃を始めます。そして、自己免疫寛容といって、外から侵入してきた異物には反応するが、自分の体を構成する物質には反応しないというシステムもあります。これらは自然免疫に対して、獲得免疫と呼ばれる高度な免疫システムの特徴です。

Q3 がん治療に使われてきた歴史は?

1900年ごろ、米国のコーリー医師の発見が端緒とされています。肉腫をもつ患者さんが、細菌に感染して高熱を発すると、それとともに肉腫が小さくなるという現象を見出しました。

コーリー医師は「細菌が身体の力を強くするのでは」と、細菌成分を用いたコーリー・ワクチンというものを開発しました。これが、がん免疫療法の始まりといわれています。

その後、がんは遺伝子異常によって体内に生じた異物なので、それを排除しようとする免疫機構を治療に利用する研究が進められてきました。

1960年代ごろからはキノコなどに含まれるβグルカンなども試されましたが、その効果も弱く、仕組みもマクロファージを活性化することくらいしかわかりませんでした。免疫とがんの関係については〝ブラックボックス〟だったといえます。

その後、1990年代になってようやく両者の関係が細胞・分子・遺伝子レベルで科学的に解明されてきました。免疫ががんに効く仕組みがわかってきたのです。

たとえば、皮膚がんの1種であるメラノーマ(悪性黒色腫)にはT細胞が有効なことがわかっていましたが、我々はそれをさらに分析し、T細胞などのリンパ球が、正常な細胞とがん細胞は量的あるいは質的に異なること、たとえば正常細胞とがん細胞の抗原タンパクのアミノ酸の違いを区別して免疫反応を起こすことなどを明らかにしてきました。

Q4 がん免疫療法とは?

がんの免疫療法には「能動免疫療法」と「受動免疫療法」があります。

能動免疫療法は、体の中でがんに対するT細胞などの免疫を増強させる方法です。免疫の標的となるがん抗原などを接種して免疫力をさらに引き出す「ワクチン療法」や、免疫にかかわる細胞を活性化させる物質(サイトカイン)を投与する「サイトカイン療法」などがあります。

これに対し、がん患者さんの体の中で免疫を強くするのは簡単ではないため、がんを攻撃する物質を体外で大量に作製して、体内に投与する受動免疫療法もあります。がんを攻撃するリンパ球などを体外で培養して体内に戻す「免疫細胞療法」やがん細胞を攻撃する抗体を投与する「抗体療法」などです。

■能動免疫療法と受動免疫療法

Q5 がんへの有効性は?

最近になり、海外の臨床試験で明らかな治療効果が証明された免疫療法も見受けられるようになってきました。しかし、それでも効く人と効かない人がいます。がん種では、メラノーマや腎がん、肺がんなどには比較的効果があるというデータがあります。将来的には、免疫治療が効きそうな人とそうでない人を判別することも科学的に可能になるかもしれません。

がんワクチンなどの簡単な免疫療法では効くこともありますが、まだ十分にエビデンス(科学的根拠)をもって証明されているとはいえません。

日本で行われている免疫療法では、少数の患者さんに効いたという報告はありますが、その一方で効かない患者さんが多数いるのが現状かと思います。

Q6 なぜ効かない?

がんは、病院(診断)で見つかる大きさになるまでに5年から20年もかかると考えられています。

その間にがん細胞は免疫との戦いを続けており、病院で見つかったときには、免疫にやられにくいがん細胞が残っていることになります。

がん細胞は遺伝子が不安定で遺伝子の変化が次々に起こり、エイズやC型肝炎ウイルスのように、免疫から逃れやすいという性質をもっています。

そのために、免疫にとっても大変手強い相手となり、簡単には免疫療法が効きません。

Q7 免疫抑制ってなに?

■免疫が力を出せずに抑制されてしまう仕組み

「免疫抑制」は、がんの免疫治療のキーワードです。

通常、体内に異物が入ると免疫が活性化されますが、活性化されたままだと自分の体に害を及ぼしてしまうので、免疫機構にブレーキがかかるようになっています。Q1でも触れましたが、自己免疫寛容といって自分の体には害を及ぼさないブレーキシステムをもっています。

がん細胞は増殖するにつれて、このブレーキ機構を〝悪用〟して、自分を攻撃してくる免疫の力を抑制しようとします。免疫力を発揮させないようにする物質を自分で出して、免疫システムを阻害しているのです。それを抑えるだけで免疫療法が効くこともありえます。

Q8 免疫療法は負担が少ない?

一般の人々は、免疫は体に元から備わった防衛機構なのだから、免疫を強くする操作しても毒にならない、副作用もないと思っている方が多いと思いますが、それは間違いです。

前に述べたように、病院で見つかるがん細胞は免疫抑制作用や免疫抵抗性をすでに獲得しています。

それを免疫で攻撃しようと思うと、自分の体を破壊するほどの免疫増強を行わないとがんをやっつけられない場合も多く、当然強い副作用も生じます。

漢方薬も同様ですが、免疫療法も必ずしも体に優しい治療ではありません。

免疫療法の将来には期待できる
河上 裕 慶應義塾大学医学部先端医科学研究所所長

私は1980年代後半から12年間、米国立がん研究所(NCI)でがんの免疫療法を研究してきました。メラノーマ(悪性黒色腫)で、T細胞というリンパ球ががんを縮小させる分子機構も明らかにしてきました。
ここ20年ほどでヒトのがん免疫の研究が急速に進み、国際学会でも注目の的となった免疫療法ですが、日本では一般的に過剰な期待と誤解が多くみられます。

多くの免疫療法の効果はまだ不明

副作用の少ないがんワクチンなどの比較的簡単な免疫療法が効く人も少数いますが、基本的にがん細胞を免疫で抑えることはすごく大変です。
強力な免疫療法では、強い副作用も起こります。自分の体を攻撃してしまう自己免疫疾患も起こることもあります。そこまでやらなければ効かないほど、がんは免疫抵抗性をもっているからです。
副作用もありますが、最近の免疫療法では、進行がんでも完全に消失して長期生存する人も出てきています。
一方で、簡単な免疫療法では、多くの人には効果がないのが実情です。現在の免疫療法では、がん細胞のDNA変異の状況や患者さんの免疫体質により免疫療法の効き方も左右されると考えられます。残念ながら、多くの患者さんでは、がんワクチンを打って免疫をちょっと強化すれば治るということはありません。

欧米を軸に進む研究

しかし、この20年、がん免疫の研究は非常に進歩しました。世界的には、臨床試験で明らかに効果が証明された免疫療法も出現しており、日本でも一部の大学病院等において臨床試験が開始されています。さらに米国やドイツでは、個人ごとに異なるがん細胞のDNA変異に由来する抗原に対して免疫応答を起こすような新しい免疫療法の開発も進められています。
このような状況の中、現在、世界中の大学などの医療機関や製薬企業などががん免疫療法の開発に必死に取り組んでいます。
今後も多くのがんを免疫療法で簡単に治すことは難しいでしょう。しかし、少しずつ明確な治療効果を得ることができつつあり、免疫療法の将来に期待していただいてよいと思います。

民間療法にはきちんとした理解を

巷には、民間の免疫療法に関する情報が氾濫しています。全てを否定するつもりはありませんが、民間の免疫療法で効果が科学的に証明されたものはなく、偶然にがん細胞の性質と免疫の体質がよく合った少数の患者さんに少し効く程度かもしれません。可能性が少しでもあればトライするのもありかとは思いますが、その場合、主治医とよく相談して十分に理解してから受けていただきたいと思います。


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