痛みをなくすレポート(1)痛みを我慢しない

監修:片柳憲雄 新潟市民病院外科副部長・緩和ケアチーム長
発行:2004年10月
更新:2019年7月

  
片柳憲雄さん かたやなぎ のりお
昭和30年栃木県生まれ。昭和55年新潟大学医学部卒業後、同大学付属病院外科医局に入る。長岡赤十字病院、亀田第1病院等を経て、平成4年新潟市民病院第1外科医長、平成7年同外科副部長。平成16年新潟市民病院緩和ケアチーム長に加えて、新潟大学医学部臨床助教授に。専門は食道がん、胃がんの診断、治療だが、がんの緩和ケアにも力を注ぐ。日本食道学会評議員。
新潟市民病院外科副部長
緩和ケアチーム長の
片柳憲雄さん

持続する痛みに我慢できない

昨年2月、新潟市内に住む78歳の男性、Nさんは、胸に痛み*1)が出て、新潟市民病院へ入院した。小細胞肺がんがすでに骨と肝臓に転移し、痛みは肋骨への転移が原因だった。

幸いなことに、肋骨への転移は単発だった。そこで、肋骨に弱めの放射線をかけ、ボルタレン(一般名ジクロフェナクナトリウム)という非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs*2)を処方された。ほどなく痛みがとれ、Nさんは退院となった。

しかし、Nさんの平穏な日々も5カ月ほどしか続かなかった。肋骨への転移が再び悪化し、痛みは前よりもひどくなった。 「鈍痛が続いて、じっとしていても我慢できないんです(*3患者の心得)」

Nさんは担当医にこう訴えた。

麻薬を使うのは最後?

[WHOの3段階除痛ラダーの実際]
WHOの3段階除痛ラダーの実際

●必ずしも第1段階から始める必要はない
●オピオイド使用の時期は痛みの強さによる
●非オピオイドは必ず使う

この病院では、がんの痛みに対しては、世界保健機関(WHO)のがん疼痛治療指針*4)に沿って治療を行っている。オピオイドと呼ばれる麻薬性鎮痛薬*5)を中心に、痛みの強さに応じて鎮痛薬を変えて治療していくのがWHO方式の治療法である。

ただ、麻薬性鎮痛薬に対しては患者や家族の間で誤解や偏見*6)が多く、その使用には抵抗が強い。

「麻薬を使うのは最後の最後の段階じゃないのか」「麻薬を使って痛みが取れても、次に痛みが出たらどうなるのか」「麻薬を使うと廃人にならないか」

このような患者、家族からの疑問に対して担当医は、オピオイドは安全であることを時間をかけて説明し納得してもらった。

Nさんにまず処方されたのは、オピオイド鎮痛薬のMSコンチン錠(硫酸モルヒネ徐放剤)。WHO方式の第3段階で使用される経口剤だ。量はそれほど多くなく、10ミリグラムを1日2回服用する。これはすぐ効果を現し、痛みは取れた。ところが、それと引き換えに強い吐き気*7)が起こり、Nさんはこの薬を飲みたくないと言い出した。吐き気を抑える制吐剤も同時に処方されたが、それでも吐き気は消えなかった。

投与経路を変えれば吐き気が抑制されるかもしれないと考え、同じモルヒネ系鎮痛薬で坐薬のアンペック(塩酸モルヒネ坐薬)に切り替えられもしたが、それでもNさんの吐き気は治まらず、逆に、便秘まで加わる始末。

ついに吐き気の苦しみが消えた

ここに至って、Nさんへの治療はがん疼痛治療を専門に診療している緩和ケアチームが引き継いだ。緩和ケアチームでは、リン酸コデインやフェンタニルパッチなど、いくつかの新旧鎮痛薬を試してみたが、やはり痛みは取れるもののNさんの吐き気は消えなかった。

そこで当院で新規採用されたばかりのオキシコンチン錠*8)の投与をNさんに提案することにした。この新しい鎮痛薬の出現によって、日本でも欧米のようにオピオイド・ローテーション*9)が可能になり、これをNさんに適応しようと考えたのだ。

[オキシコチン酸により痛みがコントロールできたNさんのケース]
[オピオイド鎮痛薬の種類]
薬剤 投与経路 効果発現時間 最大効果時間 効果持続時間 処方間隔
デュロテップパッチ 経皮 1~2時間 17~48時間 72時間 72時間
モルヒネ錠・末・水
オプソ
経口 10分以内 30分~1時間 3~5時間 4時間
モルヒネ徐放剤
 MSコンチン
 カディアン
経口
経口
1時間
30分~1時間
2~4時間
6~8時間
8~14時間
24時間
12時間
24時間
オキシコンチン錠 経口 1時間 2~4時間 8~14時間 12時間
モルヒネ坐薬
 アンペック
直腸内 20分 1~2時間 6~10時間 8時間
モルヒネ注射剤 静注
皮下注
硬膜外
ただちに
数分
30分
ただちに
10分~20分
1時間以上
8~12時間 8~12時間

「新しい薬が出たのですが、どうでしょうか」

最初、Nさんと家族は新しい薬に抵抗を示した。

「実験台になるということですか」

「いいえ、日本でもすでに承認済みで使用されており、効けば非常にいい薬なんです」

緩和ケア医師は丁寧にゆっくりと説明していくと、やがてNさんも了解した。投与量は1日5ミリグラムずつを2回。これが見事に当たった。痛みはまったく起こらず、あれほど苦しめられてきた吐き気も出なかった。

「いままでの苦痛がウソのよう」

Nさんは満面に笑みを浮かべて喜びを表した。こうしてこの新薬を飲み始めて10日後、ついにNさんの入院生活にピリオドが打たれ、退院できたのである。

[疼痛コントロールの基本]


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