親や兄弟が見えるところで、安心して治療を
小児がんの子どものための「夢の病院」が欲しい

取材・文:繁原稔弘
発行:2010年5月
更新:2013年4月

  
写真:萩原雅美さん
NPO法人「チャイルド・ケモ・ハウス」
事務局長の萩原雅美さん

兄弟や友達と離された小さな病室で、病と闘う小児がんの子どもたち。また、その横で付き添う親もまた、身も心もつらい思いをしている。そんな子どもたち、親たちが望んでいるのが「夢の病院」だ。治療中も親と兄弟と一緒。家にいるような”普通の幸せ”を感じられる場所で治療ができたら――。


写真:付き添う親の簡易ベッドが置かれた、患児の小さな病室
付き添う親の簡易ベッドが置かれた、患児の小さな病室

小児がんの子どもたちの入院期間は、通常、半年から数年かかる。患児は、その期間、感染症の恐れもあることから病院の隔離されたわずか2坪ほどのスペースで病と闘いながら遊び、学び、そして心身ともに成長していかねばならない。

さらに、付き添う親に与えられるのは小さな簡易ベッドであることがほとんどであり、隣のベッドと隔てているのはわずか1枚のカーテン、というケースも多い。

そのため、隣を気にしながら寝る親は熟睡できなないまま、疲れた体で、わが子を案じ、いたわり、励ますことになる。さらに、離れて暮らしている家族の問題もある。

「治療を受けている子どもはもちろん、二重生活による父親と母親の絆や患児の兄弟・姉妹への心理的負担など、小児がんの治療は、親族も巻き込んだ、一種の”闘い”と言ってもいいと思います」と、NPO法人「チャイルド・ケモ・ハウス」事務局長の萩原雅美さんは言う。

当事者にとっては治療が最優先になるため、治療の最中は、そうした状況を当然のように感じるのも仕方ないことかもしれない。だが、それをいつまでも続けてはいけないという思いから、同会が立ち上げられた。

「家には、今の病室のような狭い空間にはない、本当は当たり前の”幸せなこと”がいっぱいあります。だから私たちは、『夢の病院は家です』と言って、家に住みながら治療が受けられる病院作りに取り組んでいます」

治療を振り返って感じたことが出発点

写真:付き添う親の簡易ベッドが置かれた、患児の小さな病室

お金を使わないおもちゃの交換プログラム「かえっこバザール」で、子どもたちが寄付活動を行った

「チャイルド・ケモ・ハウス」の設立は2005年(NPO法人取得は06年11月)。当時、大阪大学医学部付属病院の小児科に勤務していた医師の楠木重範さんを理事長に、子どもを小児がんで亡くした人や、考えに賛同した人たちが理事となって活動を進めてきた。

「当会は『夢の病院』の設立を目指しています。『夢の病院』とは、小児がん治療中の子どもたちとその家族のQOL(生活の質)に配慮した日本で初めての専門施設です」と説明する萩原さんも小児がんでお嬢さんを亡くし、治療中に感じたことがきっかけとなり、同会に参加するようになったという。

これまでにない新しい病院が必要だと訴える背景には、他のがんとは違う、小児がん特有の事情がある。

小児がんは罹る原因はよく分かっていない。だが、早期発見・早期治療が予後に大きな影響を与えることは、大人のがんと同じだ。

現在、医学の進歩によって、小児がんの治療成績は飛躍的に良くなっており、日本では約7割の患者は助かる。しかしその一方で、小児がんはほとんど自覚症状がないため、重症化してから診断されるケースも少なくない。それは、症例数が少ないことから診断も遅れがちになるということに加え、診察する施設も手一杯であり、CT(コンピュータ断層撮影)検査1つにしても時間がかかるからだ。

「でも、一般の人たちが思っているよりは、小児がんに罹っている子どもたちの数はずっと多く、決して特殊な病気ではないことは知っておいて欲しいと思います」

と萩原さんが言うように、根本から現在の体制を見直す必要があるのは確かだろう。

現在の治療環境がさらに負担を重くする

高度な医療が提供されている日本だが、欧米のように小児がんに特化した専門病院はいまだに無い。

「近年全国の子ども病院などでは、子どものQOLに配慮した治療がすすめられるようになり、がん患児のQOLについても重要視されてきています。ただ、化学療法中の抵抗力低下による感染予防や、病室の空気をきれいにするなどの一定の設備、化学療法中に食べやすい食事、兄弟や姉妹との面会への配慮といったケアを優先させるためには、がん治療中の子どもと家族の状態を重視した専門病院が必要です」と萩原さんは訴える。

また、たとえ患児が完治しても、長い治療期間、社会的な交わりが無いことから、勉学の面をはじめ、人間関係の再構築など社会復帰のためには相当の努力が必要となる事実がある。

「将来のある子どもたちが、病気の再発という不安を抱えながら、さらに社会との接点を再構築するために、大変な負担を強いられるという現状を何とかすることが、真の治療と言えるのではないでしょうか」と萩原さんは強調する。

一方、治療に当たる勤務医にしても、労働環境は一般に思われているほど良くなく、実績がある小児科医でも、「アルバイト」で夜間救急病院の当直をしながら生計を維持しているというのが現状。さらに、小児がんを専門とする看護師や病棟保育士、院内学級の制度も日本では十分な仕組みができていない。

「ですから、専門医や治療に関する情報をセンター化するなど、小児がん専門医が安心して治療に専念できる環境も整える必要もあります」

家が治療の現場でもある「夢の病院」

図:小児がん患児のための専門施設「夢の病院」
小児がん患児のための専門施設「夢の病院」設立を目指す

そこで考えられたのが、同会が提案している「夢の病院」である。

それは、診療所として、19床の個室を中心とした入院施設と診察室が一体になった病院だ。

「患児の親などから”感染予防のしきりはガラスにすれば、いつも家族が見守れる”とか”家族や見舞い客は病院に入らずに病室にいけたらいいね” ”兄弟用のスペースやプレイルーム、レストランも欲しい”といったような様々な意見を聞いてプランを考えました」と萩原さんは説明する。

それらの意見を基に、著名な建築家も参加して関係者がそれぞれの立場からプランを出しあい、感染を防ぐためにガラスの障壁はあるものの、住まいと治療室が一体となった、これまでにない、まさに「夢の病院」のプランが考え出された。

建設予定地は、関西で最も新しい街でもある北摂の丘陵地域に設けられたニュータウン「彩都」の一角。阪大病院にも近いことから、診察や外科治療などのバックアップを受けながら、小児がんと診断された患児の化学療法を行うことになる。

さらに、入院経験のある患児や家族の意見を取り入れて、病棟のアメニティを向上させるほか、小児がん専門看護師やアメリカの「チャイルドライフスペシャリスト()」を参考にして、病棟内での子どもの発達と、化学療法中に特有の心身の状態をサポートする専門人材の育成にも取り組む予定である。

「将来的には、ここでの経験をモデルに、この施設と同様の施設が全国にいくつか設立されることで、全国的な小児がんの治療成績が向上し、小児がんになったすべての子どもが、笑顔で家族と共に治療を進めることができるような環境作りを目指したいと考えています」

確かに病院が家になれば、たとえば、父親は朝、会社に行って夜に帰ってくるし、また、兄弟や姉妹もガラスの壁はあったとしても一緒に暮らせるなど、いわゆる”普通の生活”の中で治療ができるようになる。患児以外の家族にかかっている負担は、ほとんどなくなるはずだ。

チャイルドライフスペシャリスト=病院生活を送る子どもに、その成長に合わせて病気や治療についての理解を促し、ストレスを和らげる役割をもつ専門家

このハウスを日本の医療環境革新へのきっかけに

写真:夢の病院について考える

患児家族、医療者、チャイルドライフスペシャリスト、建築家が集まり、様々な意見をとり入れながら共に夢の病院について考える

さらに「夢の病院」の実現には、もっと大きな目標もある。

「実際に子どもと一緒に闘病した経験から、今の日本の医療現場が、あまりにも整備が遅れていることを痛感しました。ですから、小児がん患児だけでなく、どのような病気の方でも、この『夢の病院』のような環境で治療を受けることができるようにしたいと思っています」

治療のためとはいえ、1日のほとんどを暮らすには、今の病院は味気なさ過ぎるのは確かだろう。人間としての尊厳を守りながら治療が受けられることこそが、真の医療という意見は、決して間違ってはいない。

「医師や看護師などの医療関係者にとっても、働く環境が向上することになるわけですから、今のような、関係者の負担で回しているような医療現場の改善にもなるはずです」

ところで、小児がん治療中の子どもと家族のための「夢の病院」だが、「病院」として既存の補助制度を受けようとすると、子どもや家族に配慮した施設づくりはさまざまな制約を受けてしまう。そこで同会では、建設にかかる費用は寄付によってまかない、できる限り制約のない環境の中で設計・デザインすることで、子どもと家族にとって本当に必要な施設の実現を目指そうとしている。

「施設の建設にかかる費用は、現在の想定で8億円です。それらの費用に加え、設立後の日々の運営にかかる費用や、企業の方々からの日用品などのご寄付の申し出も受け付けています」という萩原さんの言葉に、是非、耳を傾けて欲しいと思う。


NPO法人「チャイルド・ケモ・ハウス」事務局
〒567-0046茨木市南春日丘7丁目5-10-207
電話:080-6148-1108 FAX:072-646-7073
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