乳がん手術の最新情報 乳房温存手術、乳房再建手術から予防的切除手術まで
乳房温存手術では根治性と整容性の両立を目指す手術が行われるようになり、乳房切除手術では患者さんが希望すれば乳房再建が行えるようになっている。
また、術前薬物療法の進歩により、手術の前にがんが消えてしまうことも少なくないという。進歩し続ける乳がんの手術療法。その最新情報を紹介していただいた。
乳房温存術は事前の画像検査が大切
乳がんの手術には、乳房をすべて取り除く「乳房切除手術」と、乳房を部分的に切除する「乳房温存手術」があり、腫瘍の大きさや広がりが同等で両方の手術の適応があれば、どちらの手術を選択しても生存率が変わらないことは、大規模臨床試験によって確認されている。
乳房温存手術の利点は、部分的には切除するが乳房が残ることと、手術の傷が小さいので痛みやしびれの範囲が狭くてすむことである。欠点は、残した乳房に再びがんができる可能性があることと、再発予防の放射線治療が必須であること。放射線治療は週5回、5週間(標準25回)にわたって行われる。
できれば乳房を残したいと考える患者さんは多いが、誰にでも温存手術が適しているというわけではない。乳房温存手術が適しているかどうかの判断について、聖マリアンナ医科大学外科学乳腺・内分泌外科主任教授の津川浩一郎さんは次のように話している。
「従来は腫瘍のサイズが重視されていて、温存手術ができるのは3㎝以下とされていました。現在は、腫瘍の大きさよりも、がんがどこまで広がっているかをくわしく調べて判断するようになっています」
乳がんは乳管という管の中に発生するが、がんが乳管から外に出て広がる浸潤がんの成分と、乳管の中に止まっている非浸潤がんの成分がある。どちらも取り残すわけにはいかないので、手術前にどこまで広がっているかを調べることになる。そのために行われるのが、マンモグラフィ、超音波検査、造影MRIといった画像検査である(画像1)。
「ある程度の大きさになった腫瘍は、マンモグラフィや超音波検査で画像化することができますが、がんが乳管内のどこまで広がっているかは、写し出すことができません。正確なことは組織を採取して顕微鏡で見ないとわかりませんが、造影MRIでは乳管内進展している部分も造影され、ある程度見えるようになります。乳管内の広がりについては、造影MRIが最も有用な画像検査です」(津川さん)
腫瘍の大きさや乳管内進展の広がりを調べることで、手術で切除する範囲が決まってくる。その切除範囲が乳房の20~30%以下であれば、温存手術が適していると考えられている。乳房の大きさに対して切除範囲が20~30%を超えていると、手術後の乳房が変形したり、左右の大きさのバランスが悪くなったりして、整容性(アピアランス)の面から患者さんが満足できないことが多くなるという。
「切除範囲が20%以下であれば、ほとんどの患者さんが満足できる乳房温存手術が行えます。切除範囲が20%を超えていても、30%以下であれば、乳房の周囲の脂肪組織を使って乳房の形を整える手術を行うことで、整容性の面からも手術が可能といえます。このように、がんの根治性と乳房の整容性の両立を目指す手術をオンコプラスティックサージャリーと呼んでいます」(津川さん)。
ただ、乳房の整容性に関しては個人差が大きく、わずかな変形でも気になる人がいるし、多少の変形があっても気にしない人もいる。20~30%以下というのは、あくまで目安でしかない。手術を選択する際には、医師とよく話し合い、本人が納得できる手術方法を選択することが大切だという。
整容性以外にも、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)の患者さんには、乳房温存手術は推奨されていない。BRCA1、BRCA2という遺伝子の異常が陽性の患者さんである。残した乳房に再びがんが発生する可能性が高いので、温存手術が可能な大きさだったとしても、乳房切除手術が勧められることがあるのだ。
「ガイドラインでは、必ず乳房切除手術にしなさいといっているわけではなく、検討してくださいということになっています。45歳以下で乳がんになった人や、近親者に乳がんの人がいる場合には、遺伝学的検査を受けたほうがよいでしょう」(津川さん)
乳房切除手術と乳房再建手術を同時に行う
切除可能な乳がんでは、乳房切除手術を選択することもできる。また、乳房温存手術が適さない場合も乳房切除手術の対象となる。乳房切除手術の利点は、乳腺を残さないので、局所に再び乳がんができる可能性が低いことである。そのためリンパ節転移がなければ、手術後の放射線治療は必要ない。ただし、リンパ節転移があった場合には、乳房温存手術の後と同様に放射線治療が行われる。乳房切除手術の欠点は、乳房温存手術に比べると傷が大きく、手術後の痛みやしびれが比較的強いことである。
乳房切除(全切除)手術では、患者さんが希望すれば、乳房再建手術も行われている。乳房再建には2つの方法がある。人工物を入れるインプラント法と、腹部や背中の脂肪と筋肉の一部を移植する皮弁(ひべん)法である。皮弁法での乳房再建は以前から保険で行うことができたが、インプラント法は2013年に保険適用となっている(図2)。
「皮弁法による再建のよいところは、柔らかくて、温かい血の通った乳房ができる点です。ただ、背中や腹部の健常な部分にメスを入れなければならず、そこに傷が残るという欠点があります。インプラント法ですと、がんの手術による傷だけですむのですが、人工物を入れるので、触った感じが自然な柔らかさとはやや違っています。また、やせた人の場合、皮下脂肪と人工物の間に段差ができ、それを気にする人もいます。皮下脂肪が厚めの人だと違和感がありません。どちらの方法にも利点と欠点があるので、よく検討するとよいでしょう」(津川さん)
インプラント法の場合、乳房再建には長い期間がかかる。がんと共に乳房を切除したときに、筋肉の下にエキスパンダー(皮膚を伸ばすための組織拡張器)を挿入する。3~6カ月かけて、このエキスパンダーに生理食塩水を注入して膨らませていき、インプラントを入れるためのスペースを作る。皮膚が伸びて十分にスペースができたら、エキスパンダーをインプラントに入れ替える手術を行い、乳房再建が終了となる。この方法を「1次2期再建」という。2回の手術が必要となるわけだ。
「まず乳がんの乳房切除手術を行い、数カ月から数年後に改めて乳房再建を行う『2次再建』という方法もあります。ただ、この方法だと手術が1回増え、計3回の手術が必要になります。1次再建か2次再建か、どちらを選択するかは、ご自身の病状や手術後の治療のことも考慮して、患者と医療者が相談して決めていく、シェアード・ディシジョン・メイキング(SDM)が推奨されます」(津川さん)