原発巣切除による生存期間延長効果の比較試験が進行中 試験結果が待たれるステージIV乳がんの原発巣手術の是非
「原発巣手術はHER2陽性ステージIV乳がん患者の生存率の44%上昇に関連しており、切除手術を検討すべき」との後ろ向きコホート研究結果が、今年(2019年)3月に開催された米国癌学会年次総会(AACR2019)で発表された。
日本では、現在、その有用性の解答を得るための前向きの比較試験である「ステージIVの乳がんに対する手術の是非」が進行中だ。試験の代表者である、愛知県がんセンター乳腺科部長の岩田広治さんに試験実施に至った経緯とその内容について伺った。
ステージIV乳がんの原発巣は切除したほうが良いか?
あらゆるがん種において、ステージ(病期)IVのがんとは、他臓器への遠隔転移があり、血流やリンパによってがんが全身に散らばっている状態で、根治(こんち)が見込めないと診断される。この場合、通常は延命目的の薬物療法を行い、がんとうまくつき合いながら生活していくことが大切になる。
乳がんの場合もしかりだ。ステージIVでは、骨、肺、肝臓、脳などに転移があることが多く、延命治療として、効果の期待できる薬剤を、様々な組み合わせで治療が続けられる(表1)。
しかし、近年では、たとえステージIVであっても、効果的な薬物療法の選択肢が増えたため、長期生存が見込める。
いま、ステージIVの乳がんに対して、局所療法である原発巣を切除する手術を行うことが、予後を延ばす可能性があるかどうかについて検討する画期的な臨床試験が進行中だ。*JCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)の乳がんグループが実施する、「JCOG1017」と呼ばれるランダム(無作為)化比較試験だ。
「現在まで、既に全身病となったステージIVの症例については、原発巣の手術を行わないというのが標準治療です。全身にがんが散らばっている状態では、原発巣だけ切除しても転移巣は消えないので意味がないですし、逆に手術で侵襲することによって、患者さんの免疫力が低下して、がんが活発化してしまうことも危惧されるからです。ただ、これだけ予後がよくなって、長期に元気な患者さんを見るにつけ、原発巣のがんを切除したほうが良いのではないだろうかと考える外科医も少なからずいたわけです。
実際に手術をしてみたら予後が良くなったというデータを論文化している例は、日本でも海外でも様々あるのです。ただし、これらはいずれも、予後が良さそうな症例を選んで手術したというバイアスが強くかかった、後向きの研究報告ばかりでした。そこで、もっとエビデンス(科学的根拠)の高い前向きの比較試験を行なって検証すべきだということが議論になり、実際に比較試験が行われることになったのです」
「JCOG1017」を実施することになった経緯をそう話すのは、同研究の代表者である愛知県がんセンター副院長兼乳腺科部長の岩田広治さんだ。
*JCOG=日本臨床腫瘍研究グループ(Japan Clinical Oncology Group)は、厚生労働省がん研究助成金指定研究班を中心とする共同研究グループ。がんに対する標準治療の確立と進歩を目的として多施設共同臨床試験を中心とした臨床研究活動を行っている
試験の登録は2018年に終了。結果は4~5年後に
まず、その「JCOG1017」の試験の内容について紹介しよう。試験の正式名称は「薬物療法非抵抗性Stage IV乳癌に対する原発巣切除の意義(原発巣切除なしversusあり)に関するランダム化比較試験」というものだ。
「全国の各医療施設で、遠隔転移のあるステージIVの乳がんと診断された患者さんに、こういう臨床試験があると試験の概要について説明し、その内容を理解して、了承してくれた患者さんのなかで、適格基準を満たした人たちに試験に参加していただきました。これが1次登録です」
1次登録は、2011年6月に開始された。参加施設は全国で44施設。1次登録の数は600名だった。登録者には、それぞれの乳がんのサブタイプに応じた、規定された初期薬物療法が3カ月間行われた。
1次登録後、初期薬物療法の効果があった407例が、薬物療法単独群と原発巣切除手術を追加する群にランダムに割りつけられた。原発巣切除群もその治療後、追加薬物療法として最初の薬物療法と同じ治療が継続された。
登録開始から7年かけて、2018年7月に登録は終了した。登録者の年齢は、最年少は29歳、最高齢は80歳で、年齢中央値は59歳だった。現在、その結果について追跡中だ。数年後にはデータ解析が行われ、最終結果が出るのは2025年の予定だ(図2)。
「結果の報告は、若干早まる可能性はあります。この試験の結果が出れば、ステージⅣ乳がんの原発巣切除の是非が明確になります。どちらの結果になるかは、今のところわかりませんが、出た結果が標準治療として、ガイドラインに記載されることになることは間違いありません」
試験結果は、メイン(主要評価項目)の全生存期間(OS)のみならず、サブ解析によって、サブタイプ別乳がんの全生存期間や、転移臓器別の全生存期間も報告される予定だ。
「このことによって、乳がんの原発巣を切除したほうが良いかどうかの結果が、どちらに軍配が上がったとしても、例えば、サブタイプ別では、HER2陽性タイプでは、原発巣切除群が有意に全生存期間が優ったとか、転移臓器別では、肝転移群では、化学療法単独群が有意に生存期間が優ったというようなことが細かく検証できることになります」