「できない」いい治療を患者の立場に立って「病診連携」で解決
再発乳がんの最先端治療を待ち時間少なく、快適に
がん治療の第一線に立つ
乳がん専門医
防衛医大第一外科の
佐藤一彦医師
再発乳がんの有効な化学療法が登場しているのに、なかなか臨床応用に踏み切れないという病院の悩みに、地域のクリニックが応えた。防衛医科大学校病院第一外科と、同地域にあるくにとみ内科外科クリニックは、日本ではきわめて珍しいがん治療の「病診連携」を実現している。大学病院からの指示により、クリニックが最先端の治療を外来で展開しているため、患者はQOLを維持しながら満足感の高い治療を受けることが可能となった。
歓迎される土・日診療や快適な点滴室
「仕事を続けながら治療を受けられるのはとてもありがたいです。高額な治療費を捻出するためにも働く必要がありますから」
ベッドに横たわって点滴を受けながら、渡辺弘美さん(43)はこう話す。渡辺さんは今年6月、防衛医大学第一外科の佐藤一彦医師(35)から、乳がんの再発を伝えられた。その1年半前に同外科で乳房温存療法を受け、その後術後治療を行なったが、腰に痛みを覚えるようになる。子どもを抱いたりすることが多い保育園の保育士なので、「職業病かな?」とあまり気にしていなかったのだが、腫瘍マーカーの推移などから骨に転移していることがわかった。
佐藤医師は、「治りにくい病気なので、長い戦いになります」と話し、分子標的薬のハーセプチン(一般名トラスツズマブ)にタキソール(一般名パクリタキセル)を組み合わせた最新の化学療法が有効である可能性が高いと説明した。そして、防衛医大と「病診連携」している所沢駅前のくにとみ内科外科クリニックで治療を受けてはどうか、と提案した。ここなら土・日も診療している。
「『このやり方なら、治療を受けられる』と思いました。防衛医大で治療を受けると、待ち時間も長すぎて、とても耐えられなかったと思います」(渡辺さん)
現在、再発乳がんに対して*ハーセプチンとタキソールの併用療法が最も有効とされている。しかし、従来の抗がん剤治療は3週に1度するのに対して、この療法は毎週するのが必須。それだけでも病院を訪れる患者数は3倍に増える。がんセンターや大学病院などでは、今でも患者が殺到し悲鳴を上げており、これ以上増えても対応しきれないというところが多い。「だからいい治療とわかっていても、現実にはできない」という施設もある。この問題を患者の立場に立って現実的に解決し、患者によりよい治療を提供しているのが、防衛医大とクリニックの病診連携である。
*ハーセプチンとタキソールの併用療法の適応はHER2が陽性、強陽性の場合です
平時はクリニックで、非常時は病院で
病診連携とは文字通り、大学病院などの病院と町の診療所の連携プレーをいう。地域の病院が、いわゆるかかりつけ医と連絡をとりながら、それぞれの得意な仕事を役割分担して、患者にとってより有益な医療を実現しようというものだ。
日本ではもっぱら糖尿病などの慢性疾患に病診連携が取り入れられてきた。たとえば糖尿病患者に対して、かかりつけ医は日頃から食事指導などで血糖値を管理し、合併症が現れたりして専門的な検査や治療が必要になったとき、病院や専門医を紹介する。逆に、病院では、病状が安定すれば地域のクリニックにフォローしてもらうということが行われている。
しかし、米国などではがん治療においても病診連携はごく普通のことのようだ。米国では日本では考えられないほど入院費が高額という事情もあって、病院で手術を受けても、ごく短期間で退院して、あとの化学療法などは地域のクリニックがサポートしていることが多い。
くにとみ内科外科クリニックは2001年の暮れに開院し、現在は佐藤一彦医師からの紹介で、約30名の再発乳がん患者の治療を受け入れている。さらに防衛医大の他の診療グループからも、大腸がん、胃がん、肺がんなどの患者の紹介を受けており、現在抗がん剤の点滴により治療中のがん患者は50~60人、飲み薬も入れると全部で70~80人のがん患者が通院中だ。
クリニック内は、ゆったりと寝ながら点滴を受けてもらえる環境を配慮し、全部で13台のベッドが用意されている。西武線所沢駅から徒歩3分という交通の便も好評だ。
「私は町医者ですが、現在はほとんどがん専門医のようなかっこうです。ただし、風邪を引いたお年寄りや子どもの急患など、地域の中での町医者の役割にはあくまでも対応するようにしています」(國富道人院長)
QOLを維持しながら最先端治療を
再発乳がんに有効なタキソールとハーセプチンの併用療法
佐藤一彦医師は、日本乳癌学会の評議員を務めるなど、がん治療の第一線に立つ乳がん専門医である。臨床試験などで、再発乳がんに対するハーセプチンとタキソールの組合せ投与の有効性については、十分認識していた。ところが、附属病院での臨床応用の環境には問題を感じていたという。
「従来の抗がん剤は3週間に1回ずつ投与するのに対して、ハーセプチンは毎週投与する薬で、しかもいったん開始すると長期間続けていく必要があり、患者さんの来院回数はうなぎ登りです。ところが、病院での私の診療日は月曜と金曜しかなく、とてもすべての患者さんに対応できないし、また、点滴に追われる看護師にもたいへんな負担がかかってくることになります。臨床試験に携わり、いい治療だと思いましたが、『自分では使えないな』と、二の足を踏んでいました」
入院せずに、QOLを維持する治療
さらに、患者のQOLの面からも、防衛医大病院の環境はなかなか厳しかった。
「再発乳がんの、治療の目的はできるだけ入院しないで、QOLを維持すること。それまでの生活に支障をきたさず、仕事を続けながら治療を進めることが大切です。ところが、病院で点滴治療を受ければ、午前8時に来院して午後3時、4時までかかってしまいます。診療室も狭く、患者さんには椅子に掛けたままの点滴で我慢してもらわなければなりません」
こうしたことから、佐藤医師は、同じ防衛医大出身でなじみの先輩である國富道人医師に、「病診連携で治療を引き受けてもらえないか」と相談した。國富医師はこう話す。
「私は臨床ではがんの患者さんばかりを診ながら、ハーセプチンと同じようながんの標的療法を研究してきました。その過程でそういう先進的な治療が患者さんに有益であることを知り、町医者になっても、その研究を生かしたいと考え、化学療法を行うクリニックを目指したのです。しかし、自分一人では限界があり、チームを組む必要があったのです」
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