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基本は抗がん剤治療。アバスチンなど新たな分子標的薬が有効とのデータも
決してあきらめないで。トリプルネガティブ乳がんの最新治療

監修:戸井雅和 京都大学大学院医学研究科外科学講座乳腺外科学教授
取材・文:繁原稔弘
(2009年3月)

戸井雅和さん
京都大学大学院医学研究科
外科学講座乳腺外科学教授の
戸井雅和さん

乳がんを引き起こし、増殖に関係する主要な3つの因子、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2。
これら3つの因子とは全く関係なく乳がんが発生している場合がある。それが、「トリプルネガティブ」と呼ばれるタイプの乳がんだ。
この「トリプルネガティブ」の乳がんは、一般的に予後が悪いとされ、治療においても打つ手が全くないと思われてきた。
しかし、今は異なる。化学療法が功を奏す場合もあり、また現在、新たな分子標的薬も開発中だ。
トリプルネガティブ乳がんの最新治療を紹介する。

「トリプルネガティブ」は乳がん患者全体の約2割

今や乳がんは「日本の女性の20人に1人が罹る」ほど増えており、とくに30代に入ると、子宮がんよりも乳がんのほうが何倍も確率が高い、最も女性が注意すべきがんとなっている。

その乳がんにおいて、最近、マスコミなどでも取り上げられることが多くなったものに「トリプルネガティブ(3重陰性)」がある。

そもそも臨床経験的に、従来から標準治療が効きにくい乳がんがあることは分かっていた。それが2006年、アメリカで若いアフリカ系米国人女性に、ある種類の乳がんの発症頻度が偏って増加していたことが判明。その後の研究により、確かに若いアフリカ系の米国人女性やヒスパニック系女性に多く見られる、ある特定の乳がんのタイプがあることが分かった。

これらが、がんを引き起こす主要な3つの因子とは関係なく乳がんが発生している「トリプルネガティブ」というタイプだった。その実態について、長年に渡って乳がんに取り組んできた京都大学大学院医学研究科教授の戸井雅和さんは次のように解説する。

「トリプルネガティブは、一般的に、乳がんの発生と増殖に関する因子である女性ホルモンのエストロゲン受容体と、がん遺伝子であるHER2に関係しない発がんメカニズムを持つ乳がんを総称するものとして使われています。この2つに属さないことから、これらの乳がんを『ダブルネガティブ』と呼ぶ専門家も多くいます。これにエストロゲン受容体と同じホルモンの一種であるプロゲステロン受容体を加えて“トリプルネガティブ”と、一般的には呼びます。しかし、決して特殊な乳がんではなく、現在、乳がん患者全体の15パーセント~20パーセント弱をトリプルネガティブの患者が占めています」

[トリプルネガティブ乳がん患者の割合]

  ホルモン +
HER2 -
ホルモン +
HER2 +
ホルモン -
HER2 +
ホルモン -
HER2 -
(トリプルネガティブ)
日本 67% 7% 9% 18%
米国 68% 4% 8% 20%
日本乳癌学会登録14,749 cases(2004)
Anderson WF et al: SEER program; Breast Cancer Research and
Treatment 2008

これら3つの因子は、いわゆる「ドライバー」とも呼ばれる。乳がんの治療薬は、一般的にこれらドライバーの役割を止めることでがん細胞を殺したり、細胞分裂を停止させ、がんの増殖を抑える。そのため、これらのドライバーが欠如しているトリプルネガティブの乳がんには、手がかりとなる原因が不明であるため治療が難しくなる。

「受容体を標的とするタモキシフェン(商品名ノルバデックスなど)やハーセプチン(一般名トラスツズマブ)などの薬剤によって制御することができないため、通常の乳がん患者に用いられる効果的な治療を用いることができません」と戸井さん。

さらに「現在でも、まだトリプルネガティブの増殖因子が何かよく分かっていません。おそらく複数のタイプが混合していると考えられますが、それを解明するために、世界各国で今も研究が進められています」。

[トリプルネガティブ乳がんと他の乳がんの特徴]

特徴 他の乳がん
(全体=1421)
数(%)
トリプルネガティブ乳がん
(全体=180)
数(%)
有意性
p値
年齢 57.7 53 p<0.0001
腫瘍の大きさ 2.1cm 3.0cm p<0.0001
腫瘍の大きさ  T1(≦ 2cm) 880 (62.7) 65 (36.5) p<0.0001
T2(> 2cm ~ ≦ 5cm) 61 (32.8) 99 (55.6)  
T3(> 5cm) 64 (4.6) 14 (7.9)  
不明 16   2    
リンパ節転移 陽性 510 (45.6) 87 (54.4) p=0.02
陰性 609 (54.4) 70 (44.6)  
不明 302   23    
腫瘍グレード 1 237 (19.9) 15 (9.8) p<0.0001
2 616 (51.8) 37 (24.2)  
3 336 (28.3) 101 (66.0)  
Dent, R. et al. Clin Cancer Res 2007

トリプルネガティブでも化学療法は有効

トリプルネガティブで取り上げられた因子のエストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2とは、具体的には、次のようなものである。

エストロゲン受容体は、コレステロールから合成されるステロイドホルモンの一種で、卵胞ホルモンや女性ホルモンと呼ばれている。一般的にはエストロン、エストラジオール、エストリオールの3種類が知られていて、女性の性活動、2次性徴を促進する働きがある。卵巣の顆粒膜細胞や胎盤、副腎皮質などで作られ、思春期以降分泌が増加し、プロゲステロンとともに月経周期に応じて濃度が変化する。

プロゲステロン受容体もステロイドホルモンの一種で、一般的には黄体ホルモンと呼ばれる。成人女性では、卵巣の黄体から分泌される。主な働きとしては、女性の身体、とくに妊娠準備のために子宮を変化させて月経周期を決める。そして、もし妊娠が起こった場合には、出産まで妊娠を維持させる役目を果たすなど、代謝作用に必要不可欠な物質の1つだ。

HER2は、細胞表面に存在する糖タンパクの総称であり、正常細胞において細胞の増殖、分化などの調節に関与している。心臓や神経の発達、維持を行い、その他の細胞でも細胞増殖、分化などを調節する。ちなみに、このHER2遺伝子は代表的な“がん遺伝子”としても知られており、多くの種類のがんで、遺伝子増幅が起こることが確認されている。乳がんだけでなく、唾液腺の腺がんや胃がん、卵巣がんなどで、その遺伝子増幅が見られる。

「この3つ全てがマイナスの反応を示すと、ホルモン治療も、HER2を攻撃する分子標的薬のハーセプチンも効きません。ただ、だからといって治療法が全く無いということではありません。ひとくくりにトリプルネガティブと言っても、実際にはそれぞれの患者で発症の要因が異なりますから、それを見極めて抗がん剤を投与することが大切です」と戸井さん。