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驚くべき奏効率で承認された抗HER2薬「エンハーツ」 HER2陽性再発乳がんの3次治療で期待される新薬

監修●原 文堅 がん研有明病院乳腺内科医長
取材・文●柄川昭彦
(2020年11月)

「エンハーツの効果は非常に高いですが、間質性肺炎には注意が必要です」と語る原 文堅さん

HER2陽性乳がんの薬物治療では抗HER2薬が使われるが、日本では2020年5月に新しい抗HER2薬「エンハーツ」が登場した。国際共同第Ⅱ相試験で驚くほどの奏効率と無増悪生存期間を示し、第Ⅲ相試験を待たずして承認されたのだという。

現時点では、標準的な1次治療、2次治療を終えた後、3次治療で使用する薬剤と位置づけられている。がん研有明病院乳腺内科医長の原文堅さんに、エンハーツの優れた効果と、治療時に注意すべきことについて解説していただいた。

HER2陽性乳がんの標準治療

HER2陽性乳がんの細胞の表面には、成長促進タンパクのHER2が過剰に存在している。

「かつてHER2陽性乳がんは予後不良とされていたのですが、1990年代にハーセプチン(一般名トラスツズマブ)が開発され、治療に使われるようになってからは、予後良好な乳がんと考えられるようになっています。抗HER2薬の登場によって、それまでの治療からがらりと変わったのです」(原さん)

最初に登場した抗HER2薬はハーセプチンで、その後、タイケルブ(一般名ラパチニブ)、パージェタ(一般名ペルツズマブ)、カドサイラ(一般名トラスツズマブエムタンシン:T-DM1)が承認され、実際の治療で使われてきた。

2020年にエンハーツ(同トラスツズマブデルクステカン)が登場してくるまで、HER2陽性の転移・再発乳がんに対しては、次のような治療が標準治療とされていた。

1次治療は、ハーセプチン+パージェタ+タキサン系抗がん薬の3剤併用療法である。2次治療ではカドサイラが標準治療となっている。そして3次治療以降は、抗HER2薬と抗がん薬の併用療法を、順次行っていくことになっている(表1)。

このような治療が行われていたところに、新たにエンハーツが登場してきたことになる。

ハーセプチンと抗がん薬が結合した薬剤

抗HER2薬のハーセプチンとパージェタは、抗体医薬品である。この抗体が、がん細胞の表面に現れているHER2の受容体を見つけ出して結合することで、治療効果を発揮する。ハーセプチンもパージェタも、抗がん薬による化学療法と併用するのが基本である。

カドサイラはちょっと変わった薬剤だ。

「カドサイラはハーセプチンに抗がん薬のエムタンシンを結合させた薬で、このタイプの薬剤を抗体薬物複合体といいます。抗体であるハーセプチンががん細胞のHER2受容体と結合すると、細胞の中に取り込まれ、そこで抗がん薬のエムタンシンを放出してがん細胞を攻撃するのです」(原さん)

実はエンハーツもカドサイラと同じ抗体薬物複合体である。抗体として使っているのはやはりハーセプチンで、そこにトポイソメラーゼⅠ阻害薬のデルクステカンを結合させた構造になっている。ハーセプチンががん細胞のHER2受容体に結合し、がん細胞内に入り込んだ抗がん薬が、がん細胞のDNAを切断して治療効果を発揮する。エンハーツは、抗HER2薬と化学療法薬の両方の効果が期待できるのが特徴である(図2)。

第Ⅱ相試験の結果で承認へ

エンハーツの臨床試験は、第Ⅰ相試験、第Ⅱ相試験が終了し、現在、第Ⅲ相試験が行われているところである。普通なら第Ⅲ相試験が終了し、その結果、有用性と安全性が証明された場合に承認となるわけだが、エンハーツは例外的に第Ⅱ相試験の結果で承認された。

「第Ⅱ相試験において、あまりにも高い有効性が示されたので、第Ⅲ相試験の結果を待たずに承認となったのです。エンハーツは日本で開発された薬剤ですが、第Ⅱ相試験の結果で承認したのは日本だけではありません。世界の多くの国で承認されたのです」(原さん)

その驚くべき結果を出したのが、国際共同第Ⅱ相試験の「DESTINY-Breast01試験」である。どのような結果が出たのか、見て行くことにしよう。

まず用量設定のための試験が行われ、結果的には5.4㎎/㎏が承認用量となった。そこから先の試験は、すべて5.4㎎/㎏の用量で行われている。

この試験は世界中で行われたが、5.4㎎/㎏の用量で計184人が登録されている。そのうちアジア人が38%を占めていた。日本で開発された薬なので、アジア人が多く含まれている。国別で見ると、日本が16.3%、韓国が17.9%だった。

どのような患者さんだったかというと、前治療のレジメン数の中央値が6.0となっている。

「かなり多くの前治療を行っている患者さんが参加されていたのです。すでに6レジメンの治療を経験している患者さんだとすると、エンハーツは7レジメン目ということになります。普通なら大きな効果は期待できない状況と言ってよいでしょう」(原さん)

前治療で使用された薬剤を調べると、ハーセプチンとカドサイラは100%の人がすでに使用しており、パージェタは65.8%の人が使用していた。やるべき治療をやりつくした患者さんたちが対象だったのである。