小児がん看護で先進的なトータルケアを実践する聖路加国際病院
ナースはあくまでも患者さんとその家族の側に
吉川久美子さん
小児がんの患者さんは子どもであり、そのケアにはさまざまな苦労がつきまとう。
小児がん看護で先進的なケアを行い、注目を浴びているのが聖路加国際病院だ。
同病院の副看護部長で、小児病棟・小児総合医療センターナースマネージャーの吉川久美子さんに話をうかがった。
トータルケアにおいて職種の上下関係はない
聖路加国際病院では、小児がんの治療で入院している子どもたちへの看護はトータルケアの考えをもとに行っている。トータルケアとは、「医師が治療し、看護師がケアするというだけではなく、薬剤師、栄養士、ソーシャルワーカーなど子どもの治療や入院生活に関わる全ての職種のメンバーが一体となって、患者さんである子どもとその子どもをとりまく家族や兄弟をも含めて総合的に行うケアです」と、小児がん看護のチームリーダー的な立場にある、副看護部長の吉川久美子さんは言う。
もともと聖路加国際病院では、現在副院長・小児総合医療センター長の細谷亮太さんが1980年代にアメリカ留学していたときに、現地で行われていたトータルケアのシステムに着目し、いち早くそれを導入して以来、毎週金曜日に医師、看護師などさまざまな職種の職員が一堂に会して、患者さんのことについて話し合う会議を開いており、日々の小児がん介看護の現場にもトータルケアが行き届いているのだ。
吉川さんは、「トータルケアにおいては、職種の上下関係はありません。私たち看護師が考えてもいなかったような見方を、ソーシャルワーカーが提言することもありますし、医師が提案したことについて、看護師が異なる意見や考えを言うこともあります。違う職種の人間が、1人ひとりの患者さんについて、さまざまな意見を述べ、それを総合的に患者さんの治療やケアに生かしていくのです」と、トータルケアのメリットを語る。
小児がん看護に必要な時間・労力・集中力
聖路加国際病院の小児病棟は36床、季節による変動もあるが、常時ほぼ90パーセント前後、埋まっている。約半分ががん患者さんである。もちろん、どの患者さんにも平等にケアを行っているが、がん患者さんと風邪の患者さんとでは、おのずからケアの仕方が違ってくる。
「がん患者さんの中には、手術をする子もいますし、抗がん剤治療を行っている子もいますから、医師との連絡も密にしなければなりませんし、抗がん剤投与の時間や投与量に間違いは許されませんので、ダブルチェック、トリプルチェックと詳細な確認をしています。慢性期の患者さんと、急性期の患者さんとでは、別々にケアのチームを編成して対応していますが、とくにがん患者さんのケアにはそれだけ時間、労力、集中力を要します」と、吉川さんは言う。
聖路加国際病院では、子どもにうそをつかないという方針から、原則として7歳以上の子どもには、父母同席のもとに、病気の説明を行っている。7歳以下の子どもでも、たとえば白血病の場合、「血の工場が壊れていて、治さないと大変なことになるので、しばらくここに泊まって病気を治そうね」などと、わかりやすく説明している。
プライマリーナースとアソシエートナース
病気や治療の説明する場には、医師、看護師、ソーシャルワーカーなどが同席する。そのとき、看護師の役割は重要だ。
「医師が説明しているとき、とくに初めて説明をする場面では、私たちは父母の表情や言動などから、この家族はどんな家族だろうか、医師の説明が理解されているかなどを見ます。そして、父母の仕事、住所、兄弟の有無、患者さんの年齢、通学している学校など、さまざまな配慮した上で、早めにその患者さんの入院から退院まで責任を持つプライマリーナース(*)を決めるのです」(吉川さん)
プライマリーナースは、スタッフからの希望を優先して決めており、場合によっては、手助けをするアソシエートナースをつけ、2人1組で1人の小児がん患者さんを全身全霊でケアする。その場合、ケアの対象は患者さんだけでなく、家族、兄弟を含めてとなる。基本的には、病棟看護師は入院中を主に担当し、外来治療に移行すると、外来のプライマリーナースが責任を持って担当する。
「患者さんはナースを治療する側の人間と見なしがちですが、私たちの立場はあくまでも患者さん側であり、患者さんの不安や心配などが何でも遠慮なく相談できる立場にいることが大事です」と、吉川さんは力説する。
聖路加国際病院小児病棟では、年間10人近く子どもが亡くなる。その場合、看護師は親身にケアしてきただけに、自責の念にかられ、燃え尽きる看護師もいる。
「初めて受け持った子が亡くなった場合は、ナースも大きな衝撃を受けます。そのあたりは私たちベテランが十分配慮します」と吉川さんは言う。
*プライマリーナース=入院から退院まで一貫してみる看護師
病院一丸となってトータルケアを実践
患児が待ちわびる犬と触れ合う時間
聖路加国際病院は24時間、家族の見舞いをフリーにしているために、小児病棟にはほとんど毎日、父母や祖父母が見舞いに来る。乳幼児の場合は、終電まで家族の誰かが付き添っているケースも珍しくない。
「乳幼児の場合、お母さんが毎日来て、看護師と一緒に沐浴させたり、離乳食を食べさせたりしています。離れていたのでは、そういう経験ができないわけですが、ここは家族はフリーで入れますから、そういうことも可能です」と、吉川さんは微笑む。
聖路加国際病院の小児病棟では、病棟で入学式、卒業式を行ったり、第2・第4木曜日に4~5匹の犬が遊びに来る動物介在活動を行い犬との触れ合いの時間をもったり、夏祭り、クリスマス会、バーベキューなど、毎月行事を催したりしている。学童期の子どもは墨東特別支援学校の訪問学級で、週3~4回の授業を行っている。また、訪問看護ステーションを併設しており、末期の小児がん患者さんやその家族が、最期は家庭で過ごしたいと希望した場合には、在宅看護も行っている。
吉川さんは、「こうした行事には、医師、看護師をはじめ、栄養士や施設課職員など、病院で働くすべての職員が協力してくれます」と誇らしげに言う。まさに病院一丸となって、トータルケアを実践する姿がそこにある。聖路加国際病院の小児がん看護のあり方は、1つのモデルケースと言えよう。