人工肛門のほうが良いケースも。手術選択は慎重に
究極の肛門温存術「ISR」 治療成績とその適応は?
冷静に判断することが大切です」と語る船橋公彦さん
たとえ肛門に近い部位にがんができたとしても、肛門を温存することができる手術法がある。それが、肛門括約筋の一部を切除する「内肛門括約筋切除術」、いわゆるISRと呼ばれる手術だ。「究極の肛門温存術」とも言われるが、どんな人にも向いているわけではない。その適応は?治療成績は?専門家に話を聞いた。
肛門近くの直腸がんでも 肛門を温存できる手術法
直腸がんの手術が必要となった場合、肛門を残せるかどうかは、患者にとっては大きな問題である。がんのできている部位が肛門に近い場合には、たとえがんが早期であっても、肛門を残せないことがある。ところが最近では、肛門のかなり近くにがんができていても、手技的には肛門を残せるようになっているという。
東邦大学医療センター大森病院一般・消化器外科教授の船橋公彦さんは、次のように説明してくれた。
「肛門近くにがんができている場合、以前から行われているのは、肛門をがんとともに切除する腹会陰式直腸切断術(APR)という手術法です。この場合、腹部に永久の人工肛門を造設し、そこから便を排泄することになります」
この手術法は、再発を防ぐという点では優れているが、肛門が失われるのが最大の問題点だった。そこで、肛門を温存する手術法が開発され、かなり肛門に近いがんでも、肛門を残す手術が可能になってきた。しかし以前は、残した肛門をしっかり機能させるためにも、肛門括約筋を切除することはできない、と考えられていた。
「肛門括約筋には、内肛門括約筋と外肛門括約筋という2つの筋肉があるのですが、外肛門括約筋を残せば、内肛門括約筋の一部を切除しても肛門機能は温存できることがわかってきたのです。こうして、内肛門括約筋の切除を伴う肛門温存手術が行われるようになりました」(図1)
この手術法は、外肛門括約筋と内肛門括約筋の間を切ることになるため、専門的には括約筋間直腸切除術(ISR)と呼ばれているが、ここではわかりやすく「内肛門括約筋切除術」と呼ぶことにする。
「この手術法が日本に導入されたのは2000年ごろで、それ以来、様々な施設で行われるようになってきました。最近になって、長期的な成績も出てきています」
大森病院でも手術件数は増えてきている(図2)。また、『大腸癌治療ガイドライン』(大腸癌研究会編)には、2014年版からこの手術法に関して記載されるようになった。
肛門から始める手術法なら 男性や肥満者も手術しやすい
内肛門括約筋切除術では、腹部からの操作と肛門側(会陰側)からの操作が必要になる。例えば腹部側を先行させれば、腹部からアプローチして肛門近くのがんを内肛門括約筋とともに切除し、後で会陰側からアプローチして、肛門と結腸をつなぐ手術を行うのである。日本では、多くの医療機関がこの方法で手術している。しかし、大森病院では、肛門側からの手術を先行させる方法を採用しているという。
「お腹側から手術すると、がんを取り除く細かな作業を、骨盤の奥深くで行わなければなりません。骨盤の幅が狭い男性や、肥満の人だと、この作業は大変です。その点、肛門側から手術を始めると、がんを取り除くまでの繊細な作業を近くで見ながら行うことができます。そこでがんを内肛門括約筋と共に切除しておいて、後からお腹側の手術を行ってつなげるわけです。欧米では、肥満者が多いことも関係していると思いますが、肛門操作先行の手術法が増えているようです」
どちらのタイプの手術だったとしても、すぐに温存した肛門が使えるわけではない。肛門部と結腸を縫い合わせた部分の回復のために、一定期間の安静が必要となる。そこで、一時的に人工肛門を作り、一定期間はそこから便を排泄することになる。大森病院では、6カ月後に元の状態に戻し、肛門からの排便が可能になるという。
5年生存率は人工肛門の場合とほぼ同じ
(東邦大学医療センター大森病院消化器センター)
「内肛門括約筋切除術には、乗り越えなければならない課題が2つありました。1つは再発率です。苦労して肛門を残しても、再発率が上がってしまっては意味がありません。人工肛門にすれば再発しなかったはずなのに、内肛門括約筋切除術にしたがために再発してしまった、ということでは困りますから。もう1つは機能の問題です。内肛門括約筋を切除しても、本当に肛門として機能するのだろうか、という心配がありました」
再発の心配に関しては、手術が行われるようになってから年数が経つことで、かなりデータが揃ってきた。東邦大学医療センター大森病院のデータを見ても、5年生存率は、内肛門括約筋切除術が88.0%、腹会陰式直腸切断術が87.5%で、ほとんど変わらなかった(図3)。5年無病生存率(DFS)は、内肛門括約筋切除術が85.0%、腹会陰式直腸切断術が80.8%である。
「統計学的に有意な差はなく、どちらでも変わらないという結果です。5年無病生存率で、腹会陰式直腸切断術のほうが低くなっているのは、対象となった患者さんに、病気が進行している人が多かったことが影響しているのではないかと考えられます」
これは大森病院のデータだが、他の医療機関が出しているデータも、同じようなものだという。 適応となる人(後述)をきちんと選んで行えば、内肛門括約筋切除術で再発が多くなることはないと考えられるのである。
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