KRAS遺伝子検査で分子標的薬の効果・副作用を事前に知る 大腸がんの個別化医療を支える遺伝子検査とは?

吉野孝之さん
がん治療はより個別化医療に突入した。それは、大腸がんにおいても例外ではない。分子標的薬アービタックスやベクティビックスの効果、さらにはイリノテカンの副作用を事前に知るために、どのような検査が行われているのだろうか。
期待される抗EGFR抗体薬
近年、大腸がんなどにおいて、分子標的薬治療が大きな注目を集めている。分子標的薬はがん細胞だけを攻撃することが期待されているがんの治療薬で、大腸がんでは、アバスチン(*)、アービタックス(*)、ベクティビックス(*)が承認され、使われている。
大腸がんの増殖には、EGFR(上皮細胞増殖因子受容体)というタンパク質が関与している。EGFRは細胞の表面に並んでいて、細胞が増殖するスイッチの役割を担っている。EGFRは正常な細胞にもあるが、がん細胞には非常に多くのEGFRがあるため、がん細胞の増殖が促されてしまう。
そこで、EGFRの働きを抑えて、細胞増殖のスイッチが入らないようにしようと開発されたのが抗EGFR抗体薬で、分子標的薬の一種だ。アービタックスとベクティビックスは抗EGFR抗体薬である。
アービタックスもベクティビックスも、切除不能の進行・再発の大腸がんの患者に対して1次治療(最初に行う治療)として行えるが、日本では現在、2次治療(2番目に行う治療)、3次治療(3番目に行う治療)として行われることが多い。
*アバスチン=一般名ベバシズマブ
*アービタックス=一般名セツキシマブ
*ベクティビックス=一般名パニツムマブ
抗EGFR抗体薬とKRAS遺伝子の関係
EGFRからはがん細胞を増やす、いわばシグナル(信号)が出るが、そのシグナルが伝わる途中に「KRAS」と呼ばれる遺伝子が関わっている。KRAS遺伝子には「野生型」と「変異型」がある。野生型は「正常型」、つまり変異がない型といえる。
ちなみに、日本人の約60パーセントが、KRAS遺伝子野生型である。
アービタックスやベクティビックスを投与すると、EGFRの働きは抑えられ、その結果、がんの進行を抑えたり、がんを小さくしたりする効果が期待できる。
ただし、この期待される効果には条件がつく。それは、アービタックスとベクティビックスはKRAS遺伝子に変異がある大腸がんの患者には効果がまったくない点だ。つまり、アービタックスとベクティビックスは KRAS遺伝子が野生型の患者にだけ効果を発揮する。しかし実は、この表現も少し不正確だ。国立がん研究センター東病院消化管腫瘍科上部消化管科内科外来・病棟医長の吉野孝之さんは次のように話す。
「正確にいうと、アービタックスとベクティビックスは、KRAS遺伝子が野生型の患者さんには『効果を期待できる』、あるいは『効く可能性がある』ということです。では、効果を発揮する割合はというと、アービタックス、あるいはベクティビックスをイリノテカン(*)(一般名)と併用で投与した場合、がんが半分以下になる割合は約30パーセント、がんの成長が止まる割合はそれプラス約50パーセントです」
つまり抗EGFR抗体薬は、KRAS遺伝子が野生型の患者のおよそ8割にがんを抑制する効果を発揮することになる。
また、切除不能の進行・再発の大腸がんに対し、対症療法の場合と対症療法にアービタックスを投与した場合の比較試験が行われた。
それによると、KRAS遺伝子が野生型の患者に限ると、生存期間の中央値は、対症療法だけでは4.8カ月だったのに対し、アービタックスを併用した場合は9.5カ月に延びていた。
一方、ベクティビックスについても、進行・再発の大腸がんに対し、KRAS遺伝子が野生型の患者さんのほうが、変異型の患者さんと比べ、生存期間の延長などがみられるという結果が出ている。
セツキシマブの効果(全生存率)]

セツキシマブの効果(無増悪生存率)]

パニツムマブの効果(無増悪生存率)]

パニツムマブの効果(生存率)]

*イリノテカン=商品名カンプト/トポテシン