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必ずしも「肛門温存のほうがいい」というわけではない
直腸がんの手術前に知っておきたい人工肛門と肛門温存療法の長所・短所

監修:森田博義 東京逓信病院人間ドックセンター長・消化器一般外科兼務
取材・文:斉藤勝司
発行:2010年6月
更新:2013年4月

  
森田博義さん 東京逓信病院
人間ドックセンター長・
消化器一般外科兼務の
森田博義さん

誰しも、残せるものなら肛門を残し、自然な排便を願う。しかし、肛門を温存できたとしても肛門機能に失調が起こるとすれば、どうだろうか。人工肛門と肛門温存療法のメリット・デメリットをまとめてみた。

人工肛門と肛門温存どちらがいいの?

[大腸の構造]

図:大腸の構造

直腸がんが、肛門に近いと人工肛門を造設する必要がある。がんの下端が肛門縁から5センチ程度離れていれば肛門を温存できる

森田博義著『大腸(直腸)・肛門・痔の病気 これで安心』(小学館)

「人工肛門を造設します」と医師から告げられると、大抵の患者さんはショックを受けるのではないでしょうか。それまでごく当たり前にやってきた肛門からの自然な排便ができなくなり、腹部に備えられた人工的な肛門から便を出すことを想像しただけで、治療後の生活に大きな不安を感じる患者さんも少なくないでしょう。

しかし、たとえ肛門を温存することができたとしても、がんの位置が肛門に近いと、肛門の機能が著しく損なわれることもあります。また、吻合部再発の危険性にも常にさらされます。

一概に人工肛門がQOL(生活の質)を下げ、肛門温存療法がQOLを高めるとは言えないようです。そこで、人工肛門、肛門温存療法のメリット、デメリットについて東京逓信病院人間ドックセンター長・消化器一般外科兼務の森田博義さんに伺いました。まず人工肛門について森田さんはこう説明してくれます。

「がんが肛門に近いと、肛門を閉じる肛門括約筋も切除しなければならないため、肛門の温存は難しくなり、人工肛門の造設を選択します。左下腹部にS状結腸の一部を引き出して人工肛門を造り、そこから便の自然排泄を促すことになります。ですから、患者さんにはその管理をしていただくことになります」


[直腸がんの手術に伴う人工肛門の造設]

図:直腸がんの手術に伴う人工肛門の造設

直腸切断術(マイルズ手術)を行うと肛門が失われるため、
S状結腸を用いて左下腹部に人工肛門を造設する。肛門があったところは、縫い閉じる

人工肛門の管理は決してむずかしくない

人工肛門の写真(矢印)
人工肛門の写真(矢印)

装具の装着に慣れるのにそう時間はかかりません。また、食事やアルコール、香辛料や水分の補給などで自分の便の状態がどうなるかを把握すれば人工肛門管理はさらにくみやすいです。

人工肛門の管理法は「パウチ法」と「洗腸法」に分けられます。パウチ法は、人工肛門に、粘着性の皮膚保護剤を塗ったリング状の装具を貼り付け、そこに袋(パウチ)を取り付けて人工肛門から出てくる便をためておきます。便が出たらトイレに流し、パウチは洗って再利用するか、ごみ袋に密封して廃棄します。

人工肛門の管理の仕方は決して難しいものではありませんが、パウチにある程度の量の便が溜まる度にトイレで処理する必要があるので、仕事や家事で忙しく動いている現役世代にとって、人工肛門の管理は面倒なものと感じられる人も少なからずいるでしょう。

とくに立ち仕事が多いと、パウチに溜まった便の重みが装具に直にかかるため、装具が皮膚からはがれやすくなります。また体の曲げ伸ばし動作が多い人、あるいは人工肛門が作成された時点で皮膚にしわがよってしまう人などでは皮膚と装具の間に隙間ができやすいので注意が必要です。しかも、人工肛門から排出される便は直腸まで達していないために水分の吸収が十分ではなく、汁状の便(便汁)になっている場合が多いのです。そこで装具の管理が不十分だと、便汁が漏れがちになります(現在では、水様便のときに固形化する水分吸着剤も使用することができます)。

また、太った人が人工肛門を造設した場合、腹部の皮下脂肪により人工肛門の周囲が盛り上がって、皮膚と装具の間に隙間ができることがあります。人工肛門が陥没していても利用できるようにと、装着面が盛り上がった凸面装具が販売されていますが、皮下脂肪は装具と皮膚への密着性を損なわせる原因になるため、太った人はダイエットをする必要があります。

森田さんはこう続けます。

「固形便ではない便汁には消化酵素が含まれていて、これが漏れて皮膚に付着すると、皮膚のタンパク質を溶かすためにパウチ装着部の皮膚炎を起こします。人工肛門の周囲が皮膚炎になると、装具を取り付けにくくなったりはがれやすくなるので、管理が大変になってしまいます。またいくら適切な管理をしていても、本人の意思とは関係なく便が出てくるので(自然排泄)、匂いや便の排泄時の音を周りの人に気付かれるのではないかと思い悩み、うつ状態に陥ってしまう人もいます」

それにより、がんが再発する兆候がなく良好な経過を辿っていっても、外出を敬遠してしまうオストメイト()もいるようです。現在では装具も進歩し、便汁が周囲に漏出しにくくなってはいますが、人工肛門の管理に手間がかかることは変わりありません。そこで森田さんは、人工肛門を造設する場合は洗腸法をお勧めしています。

オストメイト=人工肛門・人工膀胱保有者

[人工肛門に使われる装具やパウチ]

写真:人工肛門に使われる装具やパウチ

単品系(ワンピース)と2品系(ツーピース)があり、使用者の割合は半々。
(右)単品系は腹部に貼付する面板とパウチが一体化しているため、柔軟で装着中の違和感がなく手間が少ない。
(左)2品系は面板とパウチが別々で、装着の手間、装着中の違和感が多少あるが、面板を腹部に貼ったまま(最大1週間)用途に合わせてパウチだけを選択できる

(写真提供:アルケア株式会社)

1~2日間排便の心配がない洗腸法

森田さんが勧める洗腸法は、その名が示す通り大腸を洗浄して便を出す方法で、専用の器具を用いて行います。柔らかい管を人工肛門の中に差し入れ、人肌程の温度のぬるま湯1.5リットル程度をゆっくり流し込みます。流し終わった直後から30分ほどで、湯と便が混じりあって流れ出てきます。大腸の洗浄を行うと、24時間から48時間は便が出ることはありません。

「私が診た患者さんの中には、職場から帰宅して夜に大腸を洗浄すると、翌日は便が漏れ出る心配がないので袋を着けずにすごしている方がいらっしゃいます。2日目は、袋を着けていますが、これで人工肛門管理の手間は大幅に軽減されます」

ただし、この洗腸法はちょっとしたコツが必要です。ぬるま湯をゆっくり流し込んでいれば、まず問題はないのですが、慌てて短時間で入れようとすると、大腸の中の固形物が流れをせき止め、奥までぬるま湯を入れられず、便が残ってしまうことがあります。したがって、ゆっくりと、30分以上時間をかけて流し込んでいくのがコツです。そうすれば、たとえ大腸に固形便が詰まっていても、お湯がしみ込むように入っていくので、右側の大腸にある固形便も流し出すことができるのです。

大腸を洗浄すると、便だけでなく大腸に住み着いている細菌も9割程度除去されます。その細菌の中には、おならを発生させるガス産生菌も含まれるため、おならの発生も大きく抑えられるという利点もあります。

患者さんによりますが、大腸洗浄後、最大48時間程度は人工肛門から便汁が出てくる心配はいらないので、装具をつけずに入浴することも可能です。むき出しの人工肛門でお湯に入ってもいいのかと心配されるかもしれませんが、お湯の圧程度では人工肛門から腸管内にお湯は入りませんし、仮に少量入ったとしても腸管は粘液で覆われさらに免疫機能が備わっているので、体外から細菌が入り込んで感染症を引き起こすという心配も無用です。


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