本来のがん種の性格が治療法を左右する
あくまでも大腸がんとの闘い! 大腸がん肝転移の治療法
胆膵肝外科3部門長診療部長の
山本順司さん
「再発・転移」と聞くと、一瞬、脳裏を「死」がよぎる。いや、そんなことはないのだ。
大腸がんが肝臓や肺へ転移しても、転移部位を完全に切除することで完全治癒も望めるのだから。
肝臓にできた直腸がん
「がんは再発・転移したら治らない」とか「再発部位への局所治療は意味がない」などと俗に思われがちだ。が、実際は再発治療も日々進んでおり、決してそんなことはない。防衛医科大学校病院の山本順司さんは「大腸がんの場合、肝臓や肺へ転移しても、転移部位に対する外科療法により完全治癒も望めます」と話す。それは原発の大腸がんが「比較的おとなしいがん」であるからだ。
数カ月前、直腸がんから肺転移、肝転移を経て現在も元気に活躍されている鳥越俊太郎さんも、肝転移を明らかにした際、「がんは肝臓にできたけれど肝臓がんではありません。原発が直腸がんなので、あくまでも直腸がんとの闘いなのです」と強調していた。
大腸がんは第2次世界大戦後、日本人に急に増えてきたがんで、現在は胃がん、肺がんについで3番目に多い。
大腸がんが進行すると肺、肝臓、リンパ節や腹膜などに転移する。最も多いのは肝臓への転移で、日本人の大腸がんの20~30パーセントに見られる。大腸からの血流は1度は肝臓を通るので、血行性の転移はここで最も発生しやすいわけだ。
「外国では大腸がんは進行がんで見つかることが多く、イギリスやアメリカの報告では、大腸がん症例の半数近くが肝転移に及んでいるといいます。ところが日本は国民の意識が高く、がん検診が発達しており、また医療費も安いことから、全体的に早期で見つかることが多いのです。そのため転移に至る大腸がんは欧米よりずっと少なくなっています」
本来、大腸がんに対しては外科療法がきわめて効果的だ。それは他臓器に転移した大腸がんも同じで、転移部位への局所療法が有効ということは、ずいぶん前から知られていた。
「アメリカでは1980年代の前半に、140例の症例から『大腸がんの肝転移を切除すると5年生存率が25パーセント上がる』と報告されています。強力な化学療法がなかった90年代までの成績でも、大腸から転移した肝臓の病変を完全に切除することで、約4人に1人は治癒するとされました。これが胃がんが肝転移した場合などは、生存率が大腸がんよりずっと低くなってしまうのです」
ただ、胃がんの肝転移でも肝切除を受けた患者さんの寿命は、大腸がん肝転移の患者さんと同じ。胃がんからの転移の場合、肝切除を受けられることが少ないのが生存率が低い理由なのだ。現在、日本での大腸がん肝転移の肝切除後の5年生存率は20~50パーセントとのこと。
根治性はラジオ波より手術
現在、肝臓原発の肝細胞がんへの局所療法としては、主に肝切除とラジオ波焼灼療法という2つの選択肢がある。ラジオ波焼灼療法は腹壁を通して腫瘍をめがけて針を穿刺し(突き刺し)、ラジオ波という電波を流してがんを焼き殺す方法だ。
お腹を大きく切り開かなければならない肝切除に比較して極めて体の負担が小さいうえ、条件を選べば治療成績も肝切除とほとんど変わらないところまできた。そして、大腸がんが原発の転移性肝がんの患者さんにも、同じく外科療法としてこの2つの選択肢がある。
「ただしラジオ波焼灼療法は、がんを根治させるパワーが肝切除に比較してかなり劣ります。転移性肝がんへの焼灼療法は長期生存の例もありますが、どの程度有効なのかという評価は定まっていません。『大腸癌治療ガイドライン2005』でも『根治可能な肝転移には肝切除が推奨される』とあります。
たとえば、肝がんの組織を豆腐の中にある羊羹に見立てると(右図参照)、焼灼療法ではこれに針を突き刺してから抜くことになるので、中のがんが針の刺し口に沿って外に出て、豆腐(体内)に散布される危険が常にあります。またラジオ波で焼いたといっても、100パーセントがんが死滅しているかどうかは確認できません。その点、肝切除は腫瘍を取り除いたことがその場でわかるのですから、理論的に肝切除の成績がラジオ波焼灼療法より優れていることは間違いないわけです」
もちろん肝転移のすべてに切除術が行われるわけではない。『大腸癌治療ガイドライン2005』では切除が適応されるケースが示されている。それは(1)手術に耐えられる体力や肝臓の条件が整っていること、(2)原発の大腸がんが切除されていたり、切除が可能であること、(3)肝臓の中の腫瘍巣を全部除去しても生命を維持できる肝機能が残ること、(4)肝臓の外への転移がないか、あっても切除が可能であること、とされている。要するに肝臓以外の病変がコントロールできて、安全に、かつ完全に肝臓の転移巣を切除できることが肝切除の条件だ。
部分切除有効の理由
肝がんの切除術には系統的切除と部分的切除とがある。系統的切除は、肝臓内の大きな血管ごと、まわりに散らばっているがんをごっそり切り取る方法。部分切除は、切り口にがんが露出しないようにある程度のマージン(ゆとり)を見てえぐるように患部を小さく取る方法だ。このマージンの大きさは1センチ以上がよいという考え方と、切れ目にがんが露出しさえしなければよいという考え方がある。
「肝臓外科医はだいたい5ミリ以上のマージンを設けますが、多くの検討を経て、今では1ミリのマージンでもそれほど治療成績に差はないといわれています。術者は手術前のCTやMRIで肝臓内の腫瘍の状況と血管との関係を頭に入れて、手術中に超音波で腫瘍の縁との距離を確認しながら切除ラインを考えてメスを入れます。がん以外の、肝臓の働いている実質をできるだけ残して患者さんの負担を小さくすることが大切です」
肝細胞がんの場合、肝臓内を走る門脈という血管に沿ってがんが進展する。そこで肝臓内にたとえば3センチくらいのがんがあった場合、それに栄養を送っている動脈と門脈を根元でしばって、そこから先を根こそぎ切除をしたほうが成績がよいことが知られている。これが系統的切除だ。ところが転移性肝臓がんの場合、こんなに大きく取る必要はないとされる。
「原発性の肝細胞がんは血管などに沿って肝内に散布する(散らばる)性質があります。ところが、転移性肝がんはもともと肝外から肝臓全体にばらまかれて発生しますし、そこから肝内で広がる傾向はあまりありません。これまでの多くの肝切除の経験から、転移性肝がんは部分切除で十分ではないかと見られます。基本的に肝臓の中から出てくる肝細胞がんと転移性の肝がんは発想を変えて対応する必要があります」
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