大腸がん治療薬5剤を用いて30カ月の生存期間延長が可能になった 目覚ましい進歩をとげる大腸がんの分子標的治療
化学療法科副部長の
水沼信之さん
手術による治癒が難しい進行・再発の大腸がんに対する化学療法が、ここ数年の間に目覚ましい進歩をとげ、生存期間を大幅に延長できるまでになってきた。立役者となっているのは、アバスチン(一般名ベバシズマブ)、アービタックス(一般名セツキシマブ)といった分子標的薬である。
第1治療の薬にアバスチン
「ここ数年、進行・再発の大腸がん治療は、新薬の登場で大きく様変わりしています。とくに変化が大きいのはこの1~2年。何しろ世界の標準治療で第1治療、第2治療が入れ替わるほどで、画期的といってよいでしょう」
と語るのは、癌研有明病院化学療法科副部長の水沼信之さんだ。
大腸がんは早期に発見すれば手術や内視鏡などで完全に治すことができる。しかし、発見が遅れて遠隔転移を起こしていたり、再発して手術による完治が難しくなるケースも少なくない。そのような場合に選択されるのが抗がん剤による治療だが、これまで、治療成績は必ずしも満足できるものではなかった。
そこに登場したのが、07年4月に厚生労働省から治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸がんの治療薬として承認されたアバスチンである。
現在、進行・再発の大腸がんに対して、最初に選択される第1治療として行われているのはFOLFOX療法、FOLFIRI療法という2つの多剤併用療法。使われる薬剤の頭文字をとってこう呼ばれるが、FOLFOXは5-FU(一般名フルオロウラシル)+5-FUの働きを増強するアイソボリン(一般名レボホリナート)+エルプラット(一般名オキサリプラチン)の3剤併用療法であり、FOLFIRIは5-FU+アイソボリン+カンプト(またはトポテシン、一般名イリノテカン)の3剤併用療法のこと。これにアバスチンを上乗せして使う方法が世界的に推奨されていて、日本でも、FOLFOX+アバスチンあるいはFOLFIRI+アバスチンをファーストラインとして使う施設が増えている。
がん細胞の血管新生を阻害
- 血管新生阻害剤
- モノクローナル抗体
- 投与量は5mg/kg、10mg/kg
- 単剤では無効で、化学療法に上乗せ
- 奏効率は10%、奏効期間は6カ月延長
- 副作用は高血圧が多い
- 重篤な血栓症、消化管穿孔(1%)に注意
- 第1、第2次治療で用いる
アバスチンは、がん細胞の血管新生を阻害するという新しい作用メカニズムを持つモノクローナル抗体。「モノクローナル」とは、「特定の物質だけに結合する抗体を選び、人工的に作り上げたもの」といった意味合いだが、体内の特定の分子を狙い撃ちにして、その機能を抑える働きをするため、分子標的薬と呼ばれる。
アバスチンが標的とする分子は、VEGF(血管内皮増殖因子)というタンパク質だ。
がんは増殖するに伴って、がん自身に栄養を供給するために血液を送り込む血管を新しく作っていく。これを血管新生というが、この血管新生を促すためにがん細胞が分泌するのがVEGFだ。VEGFが細胞表面にある受容体と結合すると、細胞内にシグナルが送られ、血管新生が促される。
ところが、アバスチンがVEGFと結合してしまうと、受容体との結合ができなくなってしまう。するとシグナル伝達もできなくなり、その結果、血管新生が抑えられ、がんに栄養が行き渡らなくなり、増殖のスピードは低下することになる。
使い続けると効果も大きい
FOLFIRI | FOLFIRI +アバスチン | mIFL* +アバスチン | |
---|---|---|---|
奏効率 (RR)% | 47 | 58 | 54 |
無増悪生存期間 (月) | 7.8 | 11.2 | 8.3 |
全生存期間 (月) | 23.1 | 未到達 | 19.2 |
さらに、アバスチンにはもう1つの働きがある。がんそのものの異常血管を修復して正常化する働きがあるのだ。がんの血管は正常な血管に比べ、いびつで未成熟な血管。アバスチンがVEGFの働きを抑えると、がんの血管は逆に正常化されるので、抗がん剤ががんに届きやすくなって治療効果を大きくさせるという。
「アバスチン単独ではがんを小さくする作用は弱いですが、抗がん剤と併用することでよい治療成績が得られています。また、最近の海外の臨床試験では、アバスチンを長く使ったほうが生存期間に寄与するとの結果が出ています。
たとえば、FOLFOX+アバスチンの治療を行って、それが効かなくなったら、FOLFIRI+アバスチンの治療を継続したほうが、生存期間が延長されるというわけです。抗がん剤の場合は使い続けると薬剤耐性の問題が出てきますが、どうも抗体は違うようです」
10年ほど前まで、進行した大腸がんに対して有効な治療法としては、50年ほど前に開発された5-FUの単独投与があるのみで、奏効率は20パーセント以下だった。投与方法の工夫で多少は改善されたものの、生存期間はおおむね半年から1年。FOLFOX、FOLFIRIによって奏効率アップや生存期間が延長されたが、さらにそれを上乗せするのがアバスチンとの併用療法で、海外の研究では、FOLFOXだけでは生存期間は16カ月ほどだが、アバスチンを加えて20~21カ月に延びたという。
重篤な副作用は1パーセント以下との報告
- 出血
腫瘍出血
粘膜出血(鼻血など) - 血栓塞栓症
静脈血栓塞栓症
肺梗塞など - 消化管穿孔・瘻孔
大腸穿孔
小腸穿孔
小腸皮膚瘻孔など - 創傷治癒遅延(創し開)
- 可逆性後白質脳症
- 蛋白尿
- 高血圧
血管に関する異常が起こる
副作用の心配はどうか。とくにFOLFOX、FOLFIRIと併用して使うとなると、相乗的な副作用も気になるところだが……。
「アバスチンは抗がん剤ではなく、薬の性格がまったく違うので、消化器毒性や血液毒性などの上乗せはないといわれていて、それがまた分子標的薬がフルに使えるところです。イリノテカンやオキサリプラチンをプラスしたときのように、吐き気が倍増したとか、白血球の減少がひどくなった、というようなことはほとんどありません。ただ、抗がん剤とは異なる特有の副作用があり、その点は注意が必要です」
アバスチンに特有な副作用としては、出血、血栓症、消化管穿孔、創傷治癒の遅延、血圧上昇などがいわれている。このうち血栓症や消化管穿孔などは、場合によっては命取りになりかねない副作用だが、市販後の全国調査(07年6月~12月)では、血栓症は0.9パーセント、消化管穿孔は0.4パーセントであった。
一方、アバスチンには薬剤費が高額になるという問題点もある。
保険なしで全額自己負担だと、薬代だけで月に80万円近くかかるという。アバスチンを使う場合、血液検査やCTの回数も増えるので、3割負担、2割負担だったとしても、トータルすると3カ月でざっと100万円ぐらいになってしまう。
もちろん、高額療養費制度が適用されるので自己負担限度額を超えた分は返ってくる。しかし、戻ってくるまでには数カ月かかり、国民医療費全体に及ぼす影響も大きいことは確かだ。
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