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手術やラジオ波治療ができなくてもあきらめない 難治性の肝細胞がんに対するナノナイフ治療(IRE)

監修●杉本勝俊 東京医科大学病院消化器内科准教授
取材・文●半沢裕子
(2021年3月)

「ナノナイフ治療は、手術やラジオ波治療などができないなど、治療に難渋する患者さんにとっては非常にいい選択肢の1つだと思います」と語る杉本勝俊さん

「ナノナイフ治療」 (IRE)とは、患部に複数本の針を刺して高電圧電流を流し、がん細胞膜に極小の穴を開けることにより、がん細胞を死滅させる局所療法だ。

手術やラジオ波焼灼療法(RFA)が困難な場合に、安全かつ有効に治療できる治療法としていま注目されている。

日本では2019年7月、ナノナイフ治療による肝がん治療が先進医療Bの承認を受けた。欧米では2008年頃から肝がん、膵がん、前立腺がんなどに対して行われ、2018年には米国食品医薬品局(FDA)により、「21世紀治療法の先進的な医療機器」に指定されている。日本でも先進医療Bの枠組みの中で始まった臨床試験の現在と、今後の可能性について、東京医科大学病院消化器内科准教授の杉本勝俊さんに話を聞いた。

ターゲットは肝がん・膵がん・前立腺がん

東京医科大学病院は、日本で最も早くから「ナノナイフ治療」(IRE)に取り組んできた施設だ。2014年2月に国内第1例目となる肝細胞がんの治療に成功し、2カ月後には日本初の膵がん治療に成功した。

以来、肝細胞がんで症例数を積み重ね、2019年7月、保険と自己負担の混合診療ができる先進医療Bとして認められた。これを受け、同年11月に45人の患者登録をめざし、ナノナイフ治療の多施設共同臨床試験が開始されている。東京医科大学病院消化器内科准教授の杉本勝俊さんはこの臨床試験の研究代表者である(画像1)。

■画像1 エコーを確認しながら治療する杉本さんと東京医大肝がん治療グループ

ナノナイフ治療の〝ナノナイフ〟とは治療機器の名称で、正式名称は「不可逆電気穿孔法治療」(Irreversible Electroporation:IRE)という。

「ナノナイフ治療は、今日では肝がん、膵がん、前立腺がんで治療効果が高いと考えられています。世界的にもこの3つのがん種がおもなターゲットです」と杉本さんは説明してくれた。

先進医療Bの対象となっているのは、肝がんのなかでも肝臓原発の肝細胞がんで、とくに「切除およびラジオ波焼灼療法(RFA:ラジオ波療法)による治療が困難な難治性肝細胞がん」だ。

手術やラジオ波、マイクロ波などの治療が適用にならない肝細胞がんを対象とするのは、まさにそうした症例でナノナイフ治療が有効であるからだ。

手術は、肝機能が悪い場合には適用にならない。また、ラジオ波やマイクロ波は、体の表面から特殊な針を刺し、通電して針の先に高温を発生させ、がんを焼く(焼灼)治療法だが、肝臓には胆管・門脈・静脈などの太い脈管が網の目のように走行している。

また、胆嚢(たんのう)や消化管も近くに存在している。そうした構造の近くのがんを治療する際には、それらの組織を損傷する危険性が高く、ラジオ波やマイクロ波では治療を行えない場合がある。そこで、ナノナイフ治療の出番となるわけだ。

では、ナノナイフ治療とはどういう治療法か、現在行われている臨床試験は具体的にどのような患者さんに行われているのか、詳しく見てみよう。

がん細胞膜に穴をあけて細胞死に導く

ナノナイフ治療は、ラジオ波やマイクロ波と同じ穿刺的局所療法だが、最も違うところは熱を発しない点だという。

太さ1.1㎜(19ゲージ)、長さ15cmの電極針と呼ばれる針を複数本(2~6本)、病巣部を取り囲むように刺し、その先端1~2cmの通電領域(調節可能)に最大3,000V(ボルト)の直流電流を1万分の1秒という超短時間で流す。すると、がん細胞の細胞膜にナノサイズ(1ナノメートル=10万分の1㎜)の穴があく(画像2)。

■画像2 治療に使用する針

太さ1.1㎜、長さ15cmある。治療にはこの針を2本から6本使用する

「ナノナイフのナノは、がん細胞にあく穴の大きさです。よくミクロの針を刺すと勘違いされがちですが、針自体はラジオ波などに使う針より若干細い程度ですね」

ラジオ波治療ではがん細胞は熱の力で即死(凝固壊死)するが、ナノナイフ治療では穴があいたがん細胞は恒常性が失われ、徐々にアポトーシス(細胞死)に導かれる。その後、死骸は体内の異物を捕食するマクロファージによって貪食され除去される。そのため、治療後数カ月もすると治療した部分がわかならくなることを経験する。いっぽうラジオ波では治療部位は明瞭な痕跡として残る(画像3)。

■画像3 ラジオ波(RFA)とナノナイフ(IRE)の治療後比較

治療1年後、上のRFA治療した箇所は治療1年後まで瘢痕として残るが、IRE治療した箇所はがんが死滅した領域に正常な肝細胞が再生している

「胆管や門脈などの脈管は膠原(こうげん)線維という結合組織で覆われていますが、それらの線維はナノナイフでは破壊されません。がん細胞は死滅しても線維という枠組みは残るので、そこの(内皮)細胞は数日で再生します。ちょっと乱暴な例えですが、ラジオ波やマイクロ波を『ミサイルでビルを攻撃するようなもの』とすると、ナノナイフは『ビルを壊さず、毒ガスでビルの中にいるゲリラをやっつける』という感じですね」

熱による治療でないことは、血流の冷却効果に左右されないことも利点だ。がんの近くに太い血管があると、血流の冷却効果によりラジオ波療法などを行っても、がん細胞の温度が充分上がらず、結果として治療効果が上がらず、再発率が高くなるのだという。そうしたリスクもないということだ(画像4)。

■画像4 ナノナイフ治療翌日のMRI画像(左)と造影エコー画像(右)

造影エコーは血流感度が高く、ナノナイフの治療評価に有用。腫瘍部の血流が欠損しており、治療効果は良好と考える

全身麻酔下で約2時間の治療

現在、試験の対象となるのは、ミラノ基準(腫瘍径3cm以下が3個以内、または腫瘍径5cm以下の単発例)を満たす原発の肝細胞がんで、手術とラジオ波療法が適用外であり、肝機能のChild-Pugh (チャイルド・ピュー : A、B、Cの3段階に分けられる)分類でAかB、PS(パフォーマンス・ステータス:全身状態0~4)は、0~2となっている。

そのほか、心筋梗塞、不安定性狭心症、心不全、治療を要する不整脈がある人、ペースメーカーが挿入されている人は試験に参加できない。その理由は、治療時に高圧電流を流すため、不整脈を誘発させやすいからだ。これを防ぐために心電図を確認しながら、不整脈の起きにくい心臓周期の不応期(筋肉を刺激して収縮させるとその後しばらくは刺激しても反応しない時間のこと)に電流を流す。

また、電流が流れると筋肉が収縮して体が痙攣(けいれん)する。そこで、筋弛緩剤を注射する必要があるため、治療は全身麻酔下で行われる。治療時間は麻酔も含め、2時間程度で終わる。

「全身麻酔は欠点でもありますが、通常局所麻酔で行うラジオ波治療と異なり、治療時に全く痛みを感じないので、患者から喜ばれることも多々あります」と杉本さん(画像5)。

■画像5 4本の針を刺して治療中