適切な検診システム構築を目指す
前立腺がんの死亡率を減らしたPSA検診
前立腺がんの検査指標(マーカー)である前立腺特異抗原(PSA)の測定により、前立腺がん患者を絞り込むPSA検診は、初期の無作為化比較臨床試験(RCT)で前立腺がんの死亡率を低下させないとの結果が出たが、その後のRCTでは検診群で死亡率の低下が認められている。PSA検診の意義と課題について専門医にうかがった。
PSAは感度の高い前立腺がんマーカー
2008年に日本の厚労省研究班は前立腺がん検診を対策型検診として推奨しないとのガイドラインを発表し、2011年には米国予防医学作業部会(USPSTF)が前立腺がんに対するPSA検診に中止勧告案を発表した。一方、米国や日本の泌尿器科学会はPSA検診の有用性を支持する声明を発し続けてきた。
つまり現状は、泌尿器科専門医対公衆衛生専門家、検診を費用対効果で考えている人たちと専門医側が対立する構図となっている。
「ただ、泌尿器科専門医も、いわゆる対策型検診、つまり全ての男性を対象にPSA検診を行うべきだと主張しているわけではない」と東邦大学医学部泌尿器科学講座教授の中島耕一さんは言う。
「インフォームドコンセント(受診者に検診の趣旨を十分説明し、同意を得ること)をきちんと行った上で、50歳以上の男性に1度はPSA検診を受けていただきたいという考え方です。
前立腺がん自体は、元々進行が遅いものが多いと考えられており、がんが見つかっても治療する必要がない場合がありますが、根治療法の適応である早期がん(限局性前立腺がん)の発見に寄与することは間違いありません。PSAがなかった時代は、そもそも特有の自覚症状に乏しいために、進行がん(とくに骨転移)で発見されることが多かったのです。
しかも、ほかの臓器のがんに対するマーカーに比べ、PSAは前立腺がんに対して比較的鋭敏で特異性の高い検査法です。PSA値は前立腺に中空の針を刺して組織を採取する生検や、直腸壁越しに前立腺に触れて調べる直腸診などの刺激でも上昇しますが、それにはがんの進行によるPSA値上昇と区別する方法があります。PSAは他のがんマーカーに比べ、前立腺がん以外の他のがんとのリンクがない優れたマーカーです」
PSA検診普及で前立腺がんの死亡率が低下
PSA検診に対する批判のもう1つの根拠は、PSA検診を行ったグループと行わなかったグループを比較した臨床試験で、その後の前立腺がんによる死亡率に差がなく、PSA検診では前立腺がんによる死亡を減らせないのではないかとの懸念である。
「米国で行われた前立腺・肺・大腸・卵巣がん検診比較試験(PLCO)は55~74歳の男性約76,000人に対して年1回PSA検診と直腸診を受けるように勧めた群と非検診群を比較して前立腺がんによる死亡が減るかどうかを平均7年間追跡した臨床試験。
2009年のNew England Journal of Medicine誌に掲載された報告で、2つのグループの前立腺がんによる死亡率および前立腺がん以外の病気も含めた全死亡率には全く差がありませんでした。さらに13年間追跡後のデータでも、両群間に有意差は認められませんでした(図1)。
このような結果になった原因は、PLCOの実施方法に問題が多かったためと考えられます。この試験は本来、初めてPSA検査をして一定の値を示した人たちを対象にするはずでしたが、非検診群では試験開始前の3年間に44%がPSA検査を受けており、その結果、前立腺がんを起こすリスクの少ない人を対照群にしてしまった可能性があります。
実質的には適格者85%のグループと52%のグループの比較になってしまいます。臨床試験は決められた条件を守らないと正確な結果が得られないので、この臨床試験は、スタート時点で既に破綻していたとも言えます。そういう背景があって、検診実施群と非実施群の差が出なかったと考えられます。
PSA検診を受けた人と受けていない人の比較になっていません。元々米国ではPSAが日常的に測定されているので、こういうことが起きやすいのです。実際に非検診群でのPSA検査実施歴を調整した結果では、非検診群に比べ検診群で前立腺がんによる死亡率が44%低下していました。
また、米国のがん統計でもPSA検診普及後の1992年をピークに前立腺がん死亡率は低下傾向にあり、2005年には1990年に比べ、死亡率が36%低下しています(図2)」
前立腺がん死亡数比較
年間年齢調整がん死亡率の推移(1930-2005)
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