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前立腺がんのホルモン療法
精巣だけでなく、副腎からの男性ホルモンも抑制するMAB療法の効果と課題

報告:植村天受 近畿大学泌尿器科教授
発行:2005年10月
更新:2013年4月

  
植村天受さん

うえむら ひろつぐ
1983年奈良県立医科大学卒業。
1989年同大学泌尿器科学教室助手。
1991~94年オランダ、ナイメヘン大学(文部省在外研究員)。同大学でPhD。
95年博士号取得。
97年奈良県医大学泌尿器科講師。
2003年同大学泌尿器科助教授、04年近畿大学医学部泌尿器科教授で、現在に至る。
専門領域は泌尿器腫瘍学、がんワクチン免疫療法。泌尿器科専門医


前立腺がんの治療には様々な方法があります。他のがんの治療ではあまり行われない、慎重に経過を観察していく待機療法や、積極的に治療を行う手術療法、放射線治療、そしてホルモン療法があります。残念ながら、前立腺がんを根治できる有効な抗がん剤はありませんが、その代わり、前立腺がんが男性ホルモンによって増殖するという性質を逆手に取ったホルモン療法は他の種類のがんと比べてよく効きます。また、放射線治療の中にも、通常の外照射法以外に、原体照射法や小線源療法、IMRT(強度変調放射線治療)、陽子線治療という種類の違った方法がいろいろとあります。

このように、治療の選択肢がたくさんあることは、患者さんにとって自分の希望や価値観に沿った治療が選べるという利点が生まれる反面、たくさんあることによってどうやって適切な治療法を選んでいくのか悩んでしまうという欠点も生まれます。そこで、前回の放射線治療に引き続き、今回はホルモン療法にフォーカスをあて、最新成果を紹介していきます。

男性ホルモンの分泌を抑制する

前立腺という組織は男性の生殖器で、男性ホルモン(アンドロゲン)によって細胞が増殖します。したがって、男性ホルモンがなくなると前立腺が萎縮します。このことは動物実験でも実証されていますし、昔の中国で精巣(睾丸)切除の去勢を受けた宦官で、前立腺が小さかったことでも知られています。

この前立腺にできる前立腺がんも同様に、男性ホルモンの影響で増殖します。とすれば、男性ホルモンの分泌を抑制することで前立腺がんの増殖・進行も抑制できるのではないか。このことに着目したのは、アメリカのチャールズ・ハギンズ博士で、男性ホルモンの分泌源である精巣を摘出するという手術を行い、効果を確認しました。これは、1940年代のことで、今日の前立腺がんに対するホルモン療法の原点となりました。

今ではホルモン療法もいろいろな方法が開発されています。そのひとつひとつは後で詳しく説明していきますが、その前にホルモン療法はどんな患者さんに適しているかについて解説します。ホルモン療法は、基本的に全身のホルモンの分泌をコントロールする治療ですから、手術でがんが取り切れない局所進行している場合や遠隔に転移している場合、つまりがんの進行状態で言えば、病期(ステージ)A、Bのような早期がんではなく、病期C、Dに適応していると言われています。ただし、わが国ではホルモン療法を受けている患者さんが多く、2001年の日本泌尿器科学会の調査によれば、新規患者さんの57パーセントがホルモン療法のみで治療されています。その中には早期がんの患者さんも少なくありません。欧米では、ホルモン療法によって勃起障害(ED)が起こるのが問題になるのですが、日本ではさほど問題にならないという国民的な性格の違いもあり、前立腺がん治療にホルモン療法が多く選択される要因の1つとなっています。

ホルモン分泌の司令塔、LH-RHがキー

[体内のホルモンの作用メカニズム]
図:体内のホルモンの作用メカニズム

さて、ホルモン療法には前に挙げた精巣摘出術以外にも以下の方法があります。手術で精巣を摘出するという方法は体への侵襲があり、精神的な痛手もこうむります。そこで、開発されたのがホルモン剤によって男性ホルモンの分泌を抑制する方法です。

体内のホルモンの作用メカニズムの研究が進み、精巣から分泌される男性ホルモンは脳から指令が出て分泌されることがわかっています。もう少し詳しく説明すると、精巣から分泌される男性ホルモンは、脳の視床下部と呼ばれる部位から出される指令によってまず、黄体形成ホルモン放出ホルモン(LH-RH)というホルモンが放出されます。このホルモンは下垂体を刺激して、黄体形成ホルモン(LH)の分泌を促します。するとこのLHは血液中を流れ、精巣を刺激して男性ホルモンの分泌を促すというように2段階のホルモン刺激によって分泌されるのです。ここで、鍵になるのがLH-RHというホルモンです。

このホルモンの作用メカニズムの研究により、男性ホルモンの分泌を抑制する新たな方法が開発されたのです。LH-RHアナログ剤(アゴニストともいう)という薬を注射する方法です。アナログとは、類似の化合物という意味で、LH-RHと同様の作用を持つ合成ホルモンです。そのためこれを投与すると、下垂体でのLHの分泌がほとんどなくなります。その結果、精巣から男性ホルモンが分泌されなくなり、前立腺がんも縮小することになります。ただし、初めて注射をした最初のうちは逆にLHが増加して、男性ホルモンの分泌が促進されるため、一時的にがんによる症状が悪化することもあります。この症状をフレアアップと呼びますが、一般的にはまれにしか見られない症状であり、2~3週間ぐらいで改善されます。LH-RHアナログ剤を注射する方法は、手術で精巣を摘出する方法(精巣摘出術)と同じ効果が得られることが、臨床研究によって証明されています。LH-RHアナログ剤の出現により、手術で精巣を摘出することによる患者さんの精神的な痛手を回避することが可能となったのです。

しかし、LH-RHアナログ剤を注射し、去勢の状態を維持しても、2、3年すると前立腺がんの状態を把握するために血液を採取して行う検査である腫瘍マーカーのPSA(前立腺特異抗原)が再び上がり始め、がんが再燃してきます。完全には消滅し切れなかったがんが再び活発に増殖してくることを再燃と言います。これに対して再発は、一旦がんが完全に消滅したのに再び出現してくる場合を言います。すなわち、再燃してくるということは、がんが消えたように見えても少し残っている状態といってよいでしょう。この消滅し切れなかったがん細胞が男性ホルモンで再び増殖するのです。

実は、抑制したはずの男性ホルモンは、少しですが精巣以外から分泌されています。男性ホルモンの95パーセントは精巣から分泌されていますが、残り5パーセントは副腎で作られており、さらに前立腺内では男性ホルモンの約40パーセントがその副腎から供給されていることが新たな研究により指摘されたのです。しかも、精巣を摘出したり、LH-RHアナログ剤の投与をしたりして精巣からの男性ホルモンを抑制すると、この副腎由来の男性ホルモンの働きが活発になり、これが再燃をもたらす原因の1つと考えられています。


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