癌研病院院長・武藤徹一郎さんが言明する
日本の再発がん医療への提言

文:武藤徹一郎 癌研究会付属病院院長
発行:2004年11月
更新:2013年7月

  

武藤徹一郎さん

癌研究会付属病院院長
武藤徹一郎さん

むとう てついちろう
1938年生まれ。
東京大学医学部卒業。
70年よりWHO奨学生として2年間ロンドンのセント・マークス病院に留学。
帰国後、東京大学医学部第1外科教授、東京大学医学部付属病院院長などを経て、現在癌研究会付属病院院長。
著書に『大腸がん』(ちくま新書)など多数


「医者からもう打つ手がなくなったと言われ、見捨てられた」

最近このような声をよく耳にします。医師や病院から見放されて行くあてもなくさまようことから、彼らはいつしかがん難民と呼ばれるようになりました。

悲しい言葉ですが、これが再発・進行がん患者が置かれたがん医療の現実です。

国を追われた難民なら少しは世界から支援の手が差し伸べられますが、がん難民には国はもとより、社会のどこからも援助の手がありません。

むろん、対ガン10カ年計画の医療政策の中にも組み入れられていません。

再発がんの治療も確立していなければ、再発がん患者を診る病院や医師もほとんどなのです。

もう、ないないずくしの八方ふさがりの状況です。

この状況を少しでも打破し、がん患者の皆さんに一筋の光明を見出してもらうために、このシリーズ企画を考え出しました。

この企画が再発・進行がんの医療分野における楔となり、やがて大きなうねりとなって“見放さない医療”の時代が来ることを願ってやみません。

初発がんと再発がんの治療目的は異なる

日本では、再発がん、難治がんをまじめに、専門的に治療してくれる病院がほとんどありません。そのため、再発がん、難治がんの患者さんはどこの病院に行っても相手にされず、きちんとした治療を受けられません。再発がん患者さんは行き場がなく、見捨てられているのが現状です。非常にミゼラブル(惨めで不幸なさま)な状態です。日本のがん治療の中で最大の問題点は、再発がん治療が欠落していることです。

再発がんの治療は、初発がんや早期がんとはかなり異なります。再発がんと初発がんは、まったく違うと考えたほうがよいほどです。

初発がんは腫瘍を切除できれば、治るチャンスがあります。しかし、再発がんは切除できない場合のほうが多くなります。そこで、治療法としては手術ではなく、化学療法や放射線治療が登場してきます。治療の目的も、症状の緩和やQOLの向上、延命になります。再発がんでは治るチャンスはゼロではないにしても、非常に厳しくなります。その点が大きな違いです。

日本では腫瘍内科医が圧倒的に不足している

ですから、当然、再発がんでは治療の考え方を変えなくてはなりません。また、再発がん治療の主役は、化学療法に精通した腫瘍内科医です。ところが、日本では腫瘍内科医の人数が非常に少ないのが現状です。つまり、再発がん治療を専門的にしてくれる病院がない原因の一つは腫瘍内科医の圧倒的な不足にあるのです。

日本では日本臨床腫瘍学会が発表した臨床腫瘍専門医を教育する暫定的な指導医(抗がん剤の治療経験が10年以上)は全国で442名です。米国では米国臨床腫瘍学会に、約8500人の腫瘍内科医が集まります。日米の人口から換算すると、日本では米国の半分、約4250人は必要です。ところが、現状では必要な腫瘍内科医の10分の1に過ぎないのです。日本の腫瘍内科医の人数はアイルランドの約400人とほぼ同じです。アイルランドの人口は日本の10分の1です。日本の腫瘍内科医がいかに不足しているのか、おわかりいただけると思います。

また、再発がんの治療を遅らせている原因は、大学病院にもあります。大学病院は日本の医療のリーダー役です。しかし、その大学病院は再発がんの治療を行わないのが現状です。再発がん患者さんは入院期間が長くなります。大学病院は教育機関ですから、外科では手術そのものも教えなければなりません。再発がん患者さんの入院を受け入れると、手術などを教える時間、機会が減ってしまいます。それが再発がん患者さんを受け入れない大きな原因です。

それなら、外科以外の他の科で再発がん患者さんを受け入れればよいのではないかと思いますが、日本ではがん治療は外科が行っているのです。結局、大学病院では再発がん患者さんをいわゆる大学の関連病院へ送ってしまいます。ところが、その関連病院でも大学病院と同じ理由で、再発がん患者さんの入院を嫌がります。外科医は手術をしたいので、再発がん患者さんばかりみるのは嫌なのです。結局、大学病院とその関連病院では、再発がん患者さんを治療する医師がいないというミゼラブルな状態になるわけです。たまたま運良く、化学療法が得意な医師に当たれば一生懸命やってくれると思います。しかし、外科医は所詮、化学療法は片手間です。限界があります。この構造こそが問題なのです。

初発がん患者を外科医が治療するのはよいでしょう。ただし、再発がん患者さんは腫瘍内科医のいる病院やがんセンターに移していくようにしなければなりません。ところが、腫瘍内科医があまりにも少ないため、きちんとした再発がん治療が受けられないのです。

米国ではがん治療は、腫瘍内科医、外科医、放射線治療医、診断医、看護師などが集まって、集学的カンファレンスを開きます。医師の中では腫瘍内科医が一番多くいます。外科医は手術をしたら、その後は内科医に渡します。外科医は手術しか行いません。日本は米国とはまったく逆です。手術をする外科医が多くて、そのあとをフォローする腫瘍内科医が少ないのです。全国各地のがん拠点病院ですら腫瘍内科医がいないのが現状です。この日本の現状を何とか変えていかなければなりません。

カンファレンス=患者の治療をめぐって議論する検討会

最新治療の全てを提示し、患者自身が治療を選択

写真:外来治療センターでの治療風景
写真:外来治療センター

外来治療センターではリクライニングチェアーで横になり、備え付けのポータブルテレビでリラックスした状態で、抗がん剤の点滴治療を受けることができる

腫瘍内科医を増やすために、最近、日本臨床腫瘍学会(内科系)と日本癌治療学会(外科系)が腫瘍内科医の資格をつくるということで動き出しました。専門医制度はつくらないよりはつくったほうがよいでしょう。将来的には専門医の資格を持たない医師は抗がん剤治療はやるべきでないという形になると考えられます。

しかし、腫瘍内科医が養成されて、がん拠点病院などで再発がん治療がきちんとできるまでには10年から20年はかかるでしょう。現状では目の前で困っている再発がん患者さんに対応できないのです。そんな現実の中で、まだ数は少ないですが、腫瘍内科を標榜する科を設けて、再発がん患者さんの治療を行う病院も出てきました。腫瘍内科医のいる病院がまったくないわけではないのです。私が病院長を務める癌研究会付属病院の腫瘍内科医は、再発がん患者の治療に一生懸命取り組んでいます。

私は2002年2月に癌研病院の病院長になりました。就任時、再発がん患者さんの治療は絶対に必要だと思い、再発がん治療に取り組み始めました。そして、昨年、癌研病院では再発がん患者さんの外来治療を行うために、25ベッドのスペースを確保しました。

畠清彦部長(化学療法科癌化学療法センター臨床部)が中心になって、毎日70人ほどの再発がん患者さんの治療を行っています。外来治療センターで再発がん患者さんの治療を続けて、延命のために努力しています。現在、患者さんがどんどん増えています。今までどこへ行ってもまともに扱ってもらえなくて、悔しい思いをして亡くなっている患者さんが多かったと思います。

外来治療センターでは最新の治療をすべて患者さんの前に出して、「あなたはどの治療を選びますか」と聞いて、選んでいただきます。レストランと同じです。調理できるメニューをすべて出して、「シェフのお勧めはこれですよ」と言って、説明するのです。「この化学療法は副作用として下痢もありますが、治療成績はこうなっています」とよく説明して、選んでいただきます。

昔は1年しか延命できなかったのが、2年、3年と一生懸命頑張っています。きちんとした再発がん治療を受けられることに、患者さん本人も家族も感謝しているようです。

ただし、一つの病院だけが一生懸命に取り組んでも、再発がん治療は成り立ちません。そこで、各地のがん拠点病院などとの協力、連携が必要だと思っています。癌研病院では再発がん患者さんの治療方針をきちんと決めて、患者さんを協力病院に預けて治療を続けていただきます。そして、最期は癌研病院が引き取って、看取りを行いたいと思います。再発がん治療をきちんと行って、本人、患者さんの家族が「ベストを尽くしてもらった」という満足感を得ていただけるようにしたいと思います。


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