「がん」を隠す政治家に「がん」を語る資格はない! 民主党「次の内閣」・仙谷由人さん
1946年徳島県生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験に合格し、71年弁護士活動を開始。90年衆議院選挙に初出馬・初当選。02年1月に胃がんの手術を受けた後、政界に復帰。以後、民主党憲法調査会会長、民主党「次の内閣」経済財政大臣・経済戦略会議座長、民主党「次の内閣」官房長官などの要職を経て、05年9月、民主党「次の内閣」厚生労働大臣に就任。がん患者としての立場から医療改革に取り組んでいる。趣味は料理やテニス、読書。『想像の政治 政治の創造』『焦眉』他、著書多数
国会開会の直前、突然「胃がん」が発覚。がんをひた隠しにする政治家が多い中、仙谷さんはあえて病名を公表することを決断する。がん経験者だから享受できる「特権」を最大限に活用し、政治家として医療改革に取り組み「考えるがん患者」の応援団長の役割を担う。民主党「次の内閣」の厚生労働大臣=仙谷由人。日本のがん医療を変えるための彼の闘いは、まだ始まったばかりだ。
政治家は大半が最低のがん患者
「永田町の常識」は世間一般の常識とかけ離れているといわれるが、その中でもとくにひどいのは「がん」に対する考え方ではないだろうか。
一言でいえば、永田町の常識では「がんはひた隠しにすべきもの」であるようだ。それ故、がんを必要以上にタブー視する傾向が生まれ、笑うに笑えないエピソードが次々に生まれることになった。
その典型的なケースが、首相のイスにあと1歩というところでがんに斃れた、渡辺美智雄・元副総理と安部晋太郎・元副総理のケースだろう。ミッチーも安部さんも膵臓がんに冒され、健康不安説が囁かれる中であっけなく他界した印象があるが、ミッチーの場合は闘病中、病名は「胆嚢胆管結石」ということにされ、訃報でもそれが死因とされた。安部さんの場合はたしか「心不全」というそっけないものだったと記憶している。
現役の首相では池田勇人元総理が在任中に咽頭がんで入院生活を余儀なくされているが、声がかすれたようなガラガラ声で、喉にがんがあることは明白なのに、主治医は「前がん段階」という発表を行っている。
こうしたウソを、斯界の権威といわれるような名の知れた医師に言ってもらうのはたやすいことではない。もし頭頸部がんの権威が末期の咽頭がんを「前がん段階」などと発表しようものなら、権威に傷がつくだけでなく、週刊誌の格好の餌食になるのは必至だ。そのため、歴代の総理をはじめとする有力政治家は、自分のコントロール下における町医者クラスに健康管理を任せる傾向があった。その結果、がんになっても表向きは別な病名で粉飾することができたが、その一方で、首相・副首相クラスが在職中や退陣直後に死去するという、笑うに笑えない現象が起きる原因にもなった。
政治家ががんをひた隠しにするのは、健康問題が「信用不安」を引き起こす最大のリスク要因であるからだ。主要政党の幹部クラスといえど所詮は個人事業主である。いくら地盤、看板があっても健康がともなわないと、事業としては成立しなくなる。企業が財務内容を粉飾して健康体であるかのように装うように、政治家も健康情報の粉飾に躍起になるのだ。とくに「がん」という病気は心理的なインパクトが大きいので、がんで入院することになった政治家は、本当の病名を知られないよう涙ぐましい努力をかさねることになる。
がんに対して歪んだ考えを持っているこのような政治家が、がん医療をレベルアップさせるような提言やプランを創出できるだろうか? 答えは言うまでもないだろう。最低のがん患者が最高のがん医療制度を考え出せるわけがない。
前置きが長くなったが、こうした中央政界の悪しき伝統に風穴を開けたのが、民主党きっての政策通として知られる仙谷由人さんだ。
がん医療改革の旗振り役に変身
仙谷さんといえば財政金融のエキスパートで、舌鋒鋭く政府首脳を追及する迫力満点の国会質問で知られるが、2002年に胃がんの手術を受けてからは、がん患者の声を政策に反映させるべく、既存の枠にとらわれない提言や主張を展開して注目されている。
胃がんで入院したことで仙谷さんは何を学び、どんな考えを持つようになったのだろうか。
「2001年12月26日に徳島に戻り、友人が院長をしている病院で人間ドック検診を受けたところ、胃の上部にがんがあることがわかった。で、その院長の勧めで2日後に国立がん研究センターで検査を受け、胃がんが確認されたんです。検査後、主治医の片井さんから『胃を全部摘出する手術になるが、早く切ったほうがいい。手術が成功すればかなり高いパーセンテージで治る』と言われたので、すぐに手帳を見て1月15日に入院、16日に手術を受けることになった。ショックはショックだったけど、国会の開会が迫っていたから、入院までは『どうすれば混乱を招くことなく、予算委員会の仕事(予算委員会民主党側筆頭理事)や民主党徳島の仕事を引継ぐことができるか』ということで頭がいっぱいでしたね。それと、手術までは変に騒がれたくない気持ちもあったから、党にも事務所のほうにも、とりあえず『胆石で入院』ということにしてもらったの。そのため入院後、地元の新聞には『仙谷議員、胆石の手術を受けるため入院』と出てしまったんだけど、ずっと隠すつもりは毛頭なくて、少し落ち着いたらころ合いを見て自分から公表するつもりだった。胃を全部取ってしまうわけだから、どんどん痩せていくのは目に見えているわけだし、隠そうとするとかえって虚実取り混ぜた憶測が独り歩きすることになるのもわかっていましたから」
すぐにがんを公表しなかった背景には「万が一のケース」もあり得るという思いもあったようだ。主治医の片井さんからは、手術が成功すれば高い確率で治ると言われていたが、その一方で、しばしば開腹したあとで悪性のがんであることが判明するケースもあると聞かされていたからだ。これは、開けてみないとハッキリしたことは言えないということなので、その意味でも最初からがんを公表することには無理があった。
同じカテゴリーの最新記事
- 人生、悩み過ぎるには短すぎてもったいない 〝違いがわかる男〟宮本亞門が前立腺がんになって
- またステージに立つという自分の夢もあきらめない 急性骨髄性白血病を乗り越えた岡村孝子さん
- がん患者や家族に「マギーズ東京」のような施設を神奈川・藤沢に 乳がん発覚の恩人は健康バラエティTV番組 歌手・麻倉未希さん
- がん告知や余命を伝える運動をやってきたが、余命告知にいまは反対です がん教育の先頭に立ってきたがん専門医が膀胱がんになったとき 東京大学医学部附属病院放射線治療部門長・中川恵一さん
- 誰の命でもない自分の命だから、納得いく治療を受けたい 私はこうして中咽頭がんステージⅣから生還した 俳優・村野武範さん
- 死からの生還に感謝感謝の毎日です。 オプジーボと樹状細胞ワクチン併用で前立腺PSA値が劇的に下がる・富田秀夫さん(元・宮城リコー/山形リコー社長)
- がんと闘っていくには何かアクションを起こすこと 35歳で胆管がんステージⅣ、5年生存率3%の現実を突きつけられた男の逆転の発想・西口洋平さん
- 治療する側とされる側の懸け橋の役割を果たしたい 下行結腸がんⅢA期、上部直腸、肝転移を乗り越え走るオストメイト口腔外科医・山本悦秀さん
- 胃がんになったことで世界にチャレンジしたいと思うようになった 妻からのプレゼントでスキルス性胃がんが発見されたプロダーツプレイヤー・山田勇樹さん
- 大腸がんを患って、酒と恋愛を止めました 多彩な才能の持ち主の異色漫画家・内田春菊さんが大腸がんで人工肛門(ストーマ)になってわかったこと