鎌田 實「がんばらない&あきらめない」対談

セックスへの思いがあったから放射線の組織内照射に辿り着いた 日本将棋連盟会長・米長邦雄 × 鎌田 實

撮影●板橋雄一
構成●江口 敏
発行:2010年2月
更新:2019年7月

  

将棋界の勝負師が前立腺がん治療で打ったこの一手

第51期名人で、タイトル獲得数19期を誇る永世棋聖、米長邦雄さんは、現在、日本将棋連盟会長として、将棋の普及・発展、後進の指導に当たっているが、平成20年に前立腺がんにかかり、同年暮れ、放射線治療の高線量率組織内照射を受けた。勝負師として一世を風靡した米長さんの、がん発見から放射線治療に至る過程で長考したあれこれに、「がんばらない」の鎌田實さんが迫った。がんの場所が前立腺だけに、話は男の本質にまで迫っていく――。

 

米長邦雄さん


よねなが くにお
1943年、山梨県生まれ。永世棋聖。73年棋聖戦で初タイトルを獲得以降、タイトル獲得数19期は歴代5位。93年には史上最年長で第51期名人となる。2003年には史上4人目の1100勝を達成した。その後引退し、現在は日本将棋連盟会長として、将棋の普及・発展、後進の指導に当たっている。2008年、PSA検査で前立腺がんが見つかり、放射線治療を受けた。2009年10月、ホームページに連載した治療記を『癌ノート』(ワニブックス)として上梓した。

 

鎌田 實さん


かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、高齢者への24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)等多数

ほとんどの仲間が聞く「アレはどうなんだ」

鎌田 ぼくは内科医ですが、ぼくを含めて日本の医師はセクシャルなことに触れるのが苦手。避ける傾向があります。

米長 ありますね。

鎌田 あるとき、60歳ぐらいの女性から、お手紙で相談を受けました。「すごくやさしい主人だったのに、最近、精神的にとてもイライラしている。セックスも強かったのに、まったくしなくなった」というのです。ご主人は定年退職の間際に軽い脳出血を起こして、私の患者さんになっていた人です。私は「定年退職を迎えた男性は、精神的にイライラしたり、気分が鬱々としたりすることがありますよ。また、男の60歳というのは、セックスにも淡白になる時期ですから、長い目で温かく見守ってやってください。少し時間が経てば、元気になられるかもしれません」と答えていたのです。
しかし、その後、また奥さんから手紙が来て、「どうもおかしい。やさしくしていた孫にもイライラをぶつけ、孫が怖がるようになった」という。よくよく調べてみると、ご主人は泌尿器科で前立腺がんが見つかり、ホルモン療法を始めていたのです。私はそのことが頭に入っていなかった。「定年退職前後の男にはよくあることですよ」などと説明していたわけです。本当に申し訳ないことをしたと思って、奥さんに謝りました。同時に、主治医の私も、泌尿器科の医師も、セクシャルな部分にあまり正面から触れようとしなかったことを反省しました。イライラもセックスを欲求しなくなったことも、この方の場合、薬と関係していました。薬を代えてもらったら元の夫に戻りました。この頃、「セックスはどうですか」って日本の医師はなかなか聞きません。
米長さんが前立腺がんの経験を書かれた『癌ノート』(ワニブックス)を読むと、セクシャルな部分がきちんと書かれている。セクシャルなことは大事なことなんだ、と改めて認識しました。

米長 私の知り合いはほとんどセックスの話題に触れますね。たとえば、PSA(前立腺特異抗原)検査で数値が4になった、6になった、生検をやることになった、というような場合、体験者の私にいろいろ聞いてくるわけです。そのときに、「アレはどうなんだ」と、全員が聞きますよ。

治療を始める前に男性ホルモンを抑える

鎌田 患者さんとしては、そこがいちばん心配なんですね。

米長 そういうことを聞いてくる知り合いの中には、大病院の部長クラスもいるんですよ。科が違うと何も知らないんですね(笑)。「同僚の泌尿器科の医師に聞いたらどうだ」と言っても、私に聞いてくる(笑)。当人は医師ですから、まるきり素人ではない。前立腺を全摘したらアレができなくなることは理解しています。しかし、全摘しても性欲を取り切ることはできない。性欲があるのにアレができないのは、拷問に遭っているようなものではないか、というわけです。しかし、私自身はそういう状態にはなっていないわけですから、答えられないのです。
拷問に等しいという人がある一方、お釈迦さまだと言う人もいます。

鎌田 お釈迦さま?

米長 アレでもってセックスをしようなんて男はダメだ、というわけです(笑)。相手の女性を悦ばせるのがセックスであり、悦ばせる方法はいくつもある。相手が悦ぶ姿を見れば、射精したのと同じ快感を得られる。それは愛と慈悲を持ったお釈迦さまのセックスであり、そこまで高めねばならぬ、と言うのです(笑)。

鎌田 米長さんの場合は……。

米長 私はまだできますから(笑)。年々、歳をとってきていますから、時にはダメだということはあると思うんです。しかし、摘出でダメになったのと、自然に衰えるのとは、違うと思いますね。歳をとっても、相手がいれば、男にはミエがあるわけです。先ほどのお話のご主人が怒りっぽくなったのは、セックスに対する負い目があったからではないかと思います。

鎌田 たしかにそういう面もあったでしょう。それと、治療に使っているホルモンによって、精神的に追い込まれる人がたまにいるんですね。米長さんはそういう症状はなかったですか。

米長 なかったです。治療を開始する前に、男性ホルモンを抑えるホルモン注射を、おへその下あたりに、1カ月に1回ずつ、2回射ちました。そうすると、400近くあった男性ホルモン・テストステロンの数値が、短期間で1ケタにまで下がりました。さすがに1ケタになると、ムラムラという気は起きません。もちろん女性を見て、いい女だな、色っぽいなと感じることはありますが、昂揚感がない。きれいな桜や紅葉を見ているようなものです(笑)。

鎌田 うまいこと言いますねぇ(笑)。イライラもなかったですか。

米長 まったくなかったですね。いずれにしても、私のアレは残されていて、かすかに息をしている状態です。このあと、だんだんできなくなると思いますが、今は、朝、ふとんから出る前に、自分で自分を触診します。まだ大丈夫そうだとわかれば、安らぎを感じますね。これが、爺(自慰)さんのススメです(笑)。

選択肢が多い場合はいちばん無難な手を選ぶ

写真:米長さんと鎌田さん

鎌田 昔は神経温存手術ができなかったために、前立腺がんは全摘することが多かったですね。全摘すると、勃起が難しくなり、尿漏れも覚悟しなければならない。人間としての、男としての生活レベルが相当落ちていました。

米長 最近は手術も進歩しているようですね。

鎌田 神経温存手術ができるようになりましたからね。それでも、神経温存手術を受けた人のうち、2割ぐらいは勃起不全になるようです。それが現実ですね。

米長 私も最初は全摘手術を受けることに決めていました。しかし、いろいろ調べているうちに、こういう方法もある、ああいう方法もある、という情報が入ってくるわけです。それを選ぶときは、将棋の手を選ぶのとまったく同じです。ある局面で、この一手しかない、間違いない、という手を選択できれば、それがベストです。選択肢が2つあって、良さそうだと思う手を選ぶのは、ベターな選択です。これも大体間違いはない。ところが、選択肢が5通りも10通りもあって、どうしたらいいのかわからないときがあります。このときは、結論は出ないという結論を出しますね。

鎌田 人生って、そういうことがありますよね。

米長 人生では、そういうことのほうが多いんじゃないでしょうか。そういうとき、自分は考えているんだろうか、迷っているんだろうか、この区別がつくかどうかが大事です。選択肢が5通りも10通りもあるときは、もう100点満点の手はないのです。にもかかわらず100点満点を求めようとすると、堂々巡りに陥り、ますます迷います。そういうときは、思い切って勝負するのはダメで、いちばん無難な手を使うことです。病気にたとえれば、薬をのんでじっとしているということです。

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