がん緩和ケアのコンセプトが未だに理解されていないのが問題です 特別対談・岸本葉子(エッセイスト) × 向山雄人(癌研有明病院緩和ケア科部長)

撮影:板橋雄一
構成/常蔭純一
発行:2007年7月
更新:2018年10月

  

がん患者さんの「苦痛」は終末期に限ったものではない。身体的苦痛や心理・精神的苦痛に対する治療・ケアなどがん治療の早期から、並行して行われることが大切である。今回は、エッセイストの岸本葉子さんががん体験者の視点で癌研有明病院緩和ケア科部長・向山雄人さんに向き合う。

 

岸本葉子さん


きしもと ようこ
1961年神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学教養学部卒業後、旅や日常生活、読書をテーマにしたエッセイが、同世代の女性を中心に支持されている。2001年に虫垂がんの手術を受ける。がんに関する著書として、『がんから始まる』(文春文庫)、『四十でがんになってから』(講談社)、がんと心の問題についての精神腫瘍学の医師との対談『がんと心』(晶文社)がある

 

向山雄人さん


むかいやま たけと
1955年東京生まれ。1981年東海大学医学部卒業。84年米国マサチューセッツ工科大学がん研究センターリサーチフェローを経て、91年より癌研究会附属病院化学療法科・癌化学療法センター医長。95年都立駒込病院化学療法科医長 。99年都立豊島病院緩和ケア科・腫瘍内科医長。2005年より癌研有明病院緩和ケア科部長。著書に、『最新「がん」の医学百科_告知されたその日から役立つ病院選び~手術~退院後の生活法』(主婦と生活社)など

緩和ケアは終末医療ではない。がん治療の初期段階から行い、QOL維持をはかる

岸本 がんという病気には、終末期に限らず、さまざまな苦痛が伴いますが、そのことがいまひとつ正しく認識されていないのではないでしょうか。
現状では、緩和ケアというと、終末医療というイメージが重なり合い、一般には看取りの医療と受け止められているのではないかと思います。そうした誤解は、患者の間にもあります。じっさい私の周囲でも、緩和ケア病棟に入ったら再び出て来られないのではないかという理由で、受診をためらっていた例もありました。
そんななかで向山先生は緩和ケアの大切さを訴えられ、がんを治療する積極的な治療との両立を標榜されておられますね。そこで緩和ケアの現状はどんなものなのか、これからどんな方向に向かっていこうとしているのか、お話をお聞きできればと、お訪ねさせていただきました。まずは先生が緩和ケアに力を入れ始めたご経緯からお聞かせいただけますか。

向山 私は以前(1983年から93年まで)癌研病院化学療法科(当時は大塚)で腫瘍内科医としてさまざまな転移・再発がん患者さんの治療に取り組んでいました。臨床では、抗がん剤や副作用に対する薬剤などの治験や臨床導入、自家造血幹細胞移植併用高用量化学療法という、究極と呼べる固形がん治療、基礎では、がん細胞の抗がん剤耐性のゲノム解析を世界に先駆けて開始しました。その一方、抗がん剤の効果が無くなった患者さんの心身の苦痛を何とか取り除くことができないかと考え、院内で緩和医療研究会を立ち上げ、がん緩和医療に取り組むようになったんです。
その後、都立駒込病院で腫瘍内科医として診療しながら、東京都のがん緩和ケアモデル事業に携わりました。これが、1999年に開院した都立豊島病院で、都立病院唯一の緩和ケア科の設立へと結び付いたのです。
本格的ながん緩和ケアに取り組みを始めてみると、現在のがん医療には、大きな課題がいくつもあることが浮かび上がってきました。端的な例をいえば、がん治療には「がんに伴うこころやからだの苦痛の緩和」が不可欠で、がん医療のもうひとつの柱になるべきです。この点は、患者さんからのニーズも非常に高いにも関わらず、ほとんどの医師はそのことを省みようともしていません。

緩和医療に関する多くの誤解

写真:緩和ケア病棟に併設されたテラスで
臨海エリアが一望できる緩和ケア病棟に併設されたテラスで

岸本 先生の今のお言葉からも察せられるのですが、やはり、現状では緩和医療は誤って認識されていることが多いのですね。

向山 そうですね。もっとも大きな問題はがん緩和ケアのコンセプトそのものが、未だに理解されていないということです。つまり、亡くなる直前の医療との誤解があります。「緩和ケア病棟に入ったら2度と出てこられない、すぐ亡くなる、治療をしない」と患者さんやご家族だけでなく医療者も誤解をしている。何10年か前にイギリスから我が国へホスピスが導入されましたが、結局は「看取りの場、亡くなる直前の医療」としてしか受け止められませんでした。
そのために患者さんはギリギリの段階まで、抗がん剤などの治療を受け続け、その間は緩和ケアを受けられないでいます。がんによる心身に厳しい苦痛を感じても、医師に告げられないでいる患者さんが大半を占めています。多くの患者さんは苦痛に関して訴えにくいものです。また、苦痛を訴えると、そのことで治療が中断される場合もあります。こうした状況は不幸としか言いようがありません。
実際にはがん緩和ケアとは病気のステージにかかわらず、患者さんに苦痛があれば、行われるべきもので、WHО(世界保健機関)のコンセプトもそう定義されています。幸い、日本でもこの4月に「がん対策基本法」が施行され、そこでは「がん緩和ケアの早期導入」が謳われています。これを機に緩和ケアのあり方が見直される可能性もあります。ともあれ、まずは緩和ケアに対する認識を改めてもらうことから始めなければならないでしょうね。

岸本 私たちがん患者から見れば、緩和医療、緩和ケアは当たり前の医療のように思えます。それがなぜ、一般の医療と並行して行われないのでしょう。患者の視点からすると、ちょっと不思議な気もするんですが……。

がん医療を構成する2つの医療

向山 がん医療は、大きく言うと「手術や抗がん剤などで腫瘍を攻撃する医療」と「がんによる痛みなどの心身の苦痛を和らげる医療」の2つに分けられます。岸本さんがおっしゃるように本来はこの2つの医療が、その時々の状況によって比重は変わるにせよ、シームレス(縫い目や継ぎ目なく)にボーダーレス(無境界)に進行されなければなりません。しかし、残念なことに日本の医療の実情は、そうはなっていません。
双方の医療現場とも実情に合ったがん緩和ケアを正しく認識していないのでしょうか。内科医や外科医の多くは、がんを攻撃することに手いっぱいで、患者の心身の苦痛は二の次になっています。一方、緩和ケアを手がけている医師のなかには、緩和ケアを積極的な医療とは別個の医療と捉える傾向があります。実際、都内の有名病院の緩和ケア病棟でも、初診時に「うちは輸血も抗生物質の投与も行いません」と、患者さんに一筆書かせるところもあります。緩和ケア病棟に入っても、患者さんの高度なだるさの原因が貧血であれば輸血をする、息苦しさが肺炎を原因とするなら抗生剤を投与するなど、病態にあった適切な治療を行うことは当然なことだと思うのですが……。
私自身も都立豊島病院時代にがん緩和ケアに並行して、抗がん剤治療を行った場合がありました。その時代は、多くの緩和ケア医からなぜ抗がん剤を使うのかと大変非難されました。抗がん剤が奏効することで、モルヒネを減量、中止できたり、様々な症状が緩和されたりするのですが。

岸本 そうですか……。この問題の根が深いことを初めて知りました。でも、だからこそ先生のような医師が先頭に立ち、状況を変えていく必要があるんでしょうね。


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