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ウイルス療法が脳腫瘍で最も悪性の膠芽腫で高い治療効果! 一刻も早いウイルス製薬の量産化技術確立を

監修●藤堂具紀 東京大学医科学研究所附属病院脳腫瘍外科教授
取材・文●伊波達也
(2020年4月)

「ウイルス療法薬が登場すると、悪性脳腫瘍はもちろん固形がん全体をウイルス療法により根治に導くことが大いに期待できます」と語る藤堂具紀さん

脳神経外科領域の疾患で、難治である悪性脳腫瘍。生命予後は極めて悪く、再発すれば延命が難しくなる。そんな悪性脳腫瘍に対して新しい発想の治療により希望の光が射している。ウイルス療法だ。がんをウイルスで治療するという考え方は、1950〜60年代からあった。それが遺伝子組み換え技術の登場により、研究が飛躍した。

1995年アメリカへ留学し、ウイルス療法の研究に励みウイルス治療薬を開発。2003年に帰国後も研究を続け、2019年2月独自で開発したウイルス療法薬による再発膠芽腫の患者に対する治療の臨床試験で極めて良好な成績を示した、東京大学医科学研究所附属病院脳腫瘍外科教授の藤堂具記さんにその進展について伺った。

ウイルスをがん治療に使う新しい発想

悪性脳腫瘍である神経膠腫(しんけいこうしゅ:グリオーマ)は、原発性脳腫瘍の約4分の1を占める。なかでも悪性度3、4を悪性神経膠腫と呼ぶ。さらにそのなかで最も頻度と悪性度の高いのが膠芽腫(こうがしゅ:グリオブラストーマ)だ。診断後、集学的治療(手術後、放射線治療、化学療法を行う)を経ても、平均余命は18カ月、5年生存率は10%程度。治療後、腫瘍が残存していたり、再発したりした場合には深刻な状況となる。

そのなかで、いま非常に注目されているのがウイルス療法だ。

「ウイルス療法とは、薬としてのウイルスが投与後に増えて腫瘍細胞を破壊するという新しい発想の治療法です。効率の良い腫瘍ワクチンとしても作用し、繰り返し行うことも可能です。安全性が高いことも大きなメリットです」

そう説明するのは、東京大学医科学研究所附属病院脳腫瘍外科教授であり、膠芽腫に対するウイルス療法を開発し、その安全性と有効性を臨床試験で証明した藤堂具紀さんだ。

ウイルス療法とは、感染すると細胞内に入り込んで、その細胞に自分のコピーを作らせるというウイルスの性質を利用した治療法だ。

がん細胞だけで増殖して、正常細胞では一切増えないウイルスを人工的に作って、がん病巣に投与する。するとウイルスはがん細胞で増えてがん細胞を壊し、増えたウイルスが散らばって他のがん細胞へ次々と乗り移る。その仕組みによりがんを叩いていくのだ(図1)。

■図1 ウイルス療法の仕組み

「私はそもそもウイルスの専門家ではなく脳神経外科医ですから、難敵である悪性脳腫瘍の治療を何とかしたいとずっと思っていました。そのためには従来の治療法とは全く違った発想の治療法が必要ではないかと、そんなことを考えていた1991年、同じ脳神経外科医である、当時米国のハーバード大学の准教授だったマルトゥーザ博士が発表した論文と出合ったのです。

口唇(こうしん)ヘルペスの原因としてよく知られ、脳神経外科医にとっては、ヘルペス脳炎の原因として馴染みの深いヘルペスウイルスを遺伝子組み換えの手段で、がん細胞だけで増えるウイルスを人工的に作るウイルス療法の概念の論文でした。漠然とウイルスを治療に使えないかと思っていたので、マルトゥーザ先生のもとへ押しかけました」

遺伝子組み換えウイルス薬の開発に成功

ヘルペスウイルスは大人の8割ほどの人が持っているウイルスだ。単純ヘルペスウイルスI型の特徴は、ヒトのあらゆる種類の細胞に感染できる、細胞を殺す力が比較的強い、抗ウイルス薬が存在するため治療を中断できる、患者がウイルスに対する抗体を持っていても治療効果が弱くならないなどで、がん治療に適しているという。

1991年以降、このような身近なウイルスを使って遺伝子組み換え技術により、ウイルス療法の研究が活発化した。

藤堂さんは、2001年、留学先の米国で、G47Δ(ジー47デルタ)という第3世代のがん治療用遺伝子組み換え型単純ヘルペスウイルスI型の薬の開発に成功した。これは、第2世代のウイルスゲノムのγ(ガンマ)34.5、ICP6の2つのウイルス遺伝子を変異させたものに、新たなα(アルファ)47遺伝子の変異を加えて、3つのウイルス遺伝子に人為的に変異を加えたもの。第2世代よりさらに安全性と有効性を高めたウイルス療法薬だ(安全性は第2世代の約1,000倍、効果100倍)(図2)。

■図2 G47Δの構造

あらゆる固形がんに対する抗腫瘍効果が期待

G47Δは、腫瘍細胞特異的なウイルス複製と殺細胞作用、特異的抗腫瘍免疫の惹起(じゃっき)力がいずれも増強され、脳腫瘍のみならず、あらゆる固形がんに対する抗腫瘍効果が期待できるという。

2003年、藤堂さんは脳神経外科医として「G47Δウイルス療法を実用化したい」と希望を持って帰国した。しかし、日本では前例がないなどと、現在に至るまでさまざまなハードルを乗り越えながら研究を続けてきた。

「G47Δの治療メカニズムは明確でしたが、ヒトに投与する場合、ヒトの免疫機能というのは強力で、投与後ある期間を過ぎると、免疫が全力でウイルスを抑え込みに来るのです。G47Δの場合それは投与後、おおよそ2~4週間で起こります。そのあたり前に起きる免疫反応を、いかに治療効果に結びつけるかが重要でした。

このウイルス療法の治療メカニズムの第1段階は、ウイルスが増えてがん細胞を破壊するというもの。第2段階は免疫がウイルスを排除する過程で生じる抗腫瘍免疫です。免疫は一般に、体内の異物を排除する際に、自己と非自己(自己とは異なるタンパク質:異物)を区別し、非自己を認識してさらに免疫で攻撃するようになります。

ウイルス療法の場合、がん細胞に感染したウイルスを免疫が排除する過程で、ウイルスと一緒に破壊されたがん細胞が免疫細胞に処理されますので、それまでは見かけ上自己と見せかけて、免疫の処理から逃れていたがん細胞が、初めて非自己として免疫に認識されるようになるのです。一旦免疫が、がん細胞を非自己として認識すれば、ウイルスを投与した局所のがん細胞のみならず、遠隔転移しているウイルスに感染していないがん細胞も免疫が攻撃するようになります」