肝っ玉弁護士がんのトラブル解決します 27
夫がうつで飛び込み自殺。賠償責任はあるか
多彩な弁護士活動の中でも家族、相続などの問題を得意とする。2003年より「女性と仕事の未来館」館長。2児の母。2005年男女共同参画社会作り功労者内閣総理大臣表彰を受賞。『子宮癌のおかげです』(工作舎)など著書多数。
渥美雅子法律事務所 TEL:043-224-2624
50歳の夫が、鉄道に飛び込み自殺しました。夫は進行肺がんの治療経過が思わしくなく、精神的に落ち込み、うつの治療も受けていました。私も家族もあまりのことに何も手につかない状態ですが、追い討ちをかけるように、親族から「遺族が鉄道会社から巨額の賠償金を請求されることがあるようだ。対応を検討しておいたほうがいい」と忠告されました。うつが原因の自殺でも賠償責任があるのでしょうか。
(40代、女性)
賠償責任はある。賠償額によっては相続放棄も
飛び込み自殺によって鉄道会社に損害を与えた場合、鉄道会社は基本的には損害賠償請求権を行使できることになっています。民法709条には「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」とあるからです。
ご主人はうつの治療中だったとのことですが、こうした病気が原因と考えられる自殺でも「自殺者に責任能力がなかった」と立証するのは非常に困難で、よほど例外的なケースを除いて、自殺によって生じた損害賠償責任を免れることはできないでしょう。自殺者の損害賠償責任は、その相続人が引き継ぐことになります。
鉄道会社側に生じた損害とは、たとえば、次のようなものです。
●車体を傷つけたとすれば、その修理費、非常ブレーキ摩擦費。
●振り替え輸送のバス代、タクシー代、他の鉄道に振り替えたのであれば、その会社からの請求額。深夜で他に交通手段がなく、乗客に宿泊施設を提供した場合、その宿泊費。
●特急料金の払い戻しを伴った場合はその料金。
●人件費(超過勤務手当、非番の職員を動員した場合の手当など)。
これらを積算すれば、数千万円に上ることもあります。ただし、こういう事態に備えて、鉄道会社も保険に入っているのが普通ですし、実質的には保険で損害がカバーされる場合が多いのではないかと思います。
もちろん、保険は保険として、鉄道会社側から遺族に対して何がしかの損害賠償請求をするということも考えられますが、遺族側に資力がない場合も多く、数万円から数10万円程度の迷惑料を支払って示談にしてもらうこともあるようです。
とはいえ、遺族側は損害賠償請求される可能性を念頭において、“相続放棄”も考えなければなりません。相続放棄をするなら、妻や子は事故より3カ月以内に 家庭裁判所に赴いて手続きをします。もし親(どちらか一方でも)が健在なら第2順位の相続人なので、第1順位の妻子の相続放棄を知ったときから3カ月以内 に同様の手続きをします。親が相続放棄すると、次は兄弟姉妹がいれば第3順位の相続人として3カ月以内に同様の手続きをしなければなりません。
注意していただきたいのは、相続放棄すると「ご主人名義の家屋敷、預貯金などプラスの財産があっても、それも相続できない」ということです。それで本当に いいのか慎重に検討してください。できれば早めに鉄道会社と折衝して先方の出方を見極めてから、相続するか放棄するかを決めるのがいいでしょう。