ようこそ!!がん哲学カフェへ 10
「よけいなお節介」より「偉大なるお節介」❷

医師のお節介が煩わしい

樋野興夫 順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授
取材・文●常蔭純一
発行:2014年8月
更新:2014年12月

  

半年前にステージⅡの乳がんが見つかり、手術を受けました。それまで、ほとんど病気もしたことのなかった自分が、30代後半の若さでがんになったことがショックで、しばらくは落ち込む状態が続きました。もっともいつまでも、そうしてはいられないので、以前と同じように家庭と仕事を両立させたいと思っています。そのためにも今、受けているホルモン治療を無事に、終えたいと思っているのですが、担当の先生との相性があまりよくありません。

私より若い30代はじめの男性ですが、顔を合わせるたびに「家庭はうまくいってるの?」「旦那さんと話している?」と、個人的なことを質問するのです。病気や治療の話ならありがたく聞くけれど、私生活について干渉されたくありません。おかげで最近は病院を訪ねるのがうっとおしく感じられるほど。先生に「自分のことは自分で考えます」と、はっきりいうべきでしょうか。

(H・Eさん、38歳)

キーワードは「共感と信頼」

ひの おきお 1954年島根県生まれ。順天堂大医学部病理学教授、医学博士。(財)癌研究会癌研究所病理部、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォクスチェースがんセンター、(財)癌研究会癌研究所実験病理部部長を経て現職。2008年より「がん哲学外来」を開設し、全国に「がん哲学カフェ」を広めている。現在32カ所の「がん哲学カフェ」での対話をはじめ、全国で講演活動を行っている

私が主宰しているがん哲学カフェにも、H・Eさんと同じように医師の言葉に傷ついたり、苛立ちを感じた人が、よく訪ねて来ます。そのなかで、とくに多いのが、まだがんを患って間もない人たちの相談です。

そうした人たちは程度の差はあれ、がん罹患のショックから立ち直り切れないでいます。そのため医療者の言葉に過敏に反応してしまうこともあるのです。H・Eさんのケースもそうした一例かもしれません。

そんな場合に、がん患者さんが、医療者の言葉でもっとも傷つくのは、「がんばれ」というひとことです。がん患者さんは、落ち込みがちな自分自身を叱咤激励し、何とか持ちこたえている状態です。にもかかわらず「もっとがんばれ」といわれるのだから、腹立たしさや苛立ちが募ります。

とくによくないのが「あの人はこんなにがんばった」と、他の患者さんが引き合いに出されるケースです。そうした言葉を聞くと、患者さんは「どうせ自分はダメな患者だ」と、自信をなくし、落ち込みを募らせていくこともあります。そして、それが医療者への不信感につながっていくことも決して少なくありません。

H・Eさんの場合も、言葉は違えど、基本的には同じパターンといっていいでしょう。

自分で一生懸命、生活のことを考えているのに、年若い医師にあれこれと同じことをたずねられる。もちろんその医師に悪気はまったくないでしょう。

しかしH・Eさんにすれば、医師の若さも手伝って「よけいなお節介」に感じられるのでしょう。

がんという病気を扱う医療者にとっては、そうした患者さんの心理を考えることも治療を進めるうえでの不可欠の要素といっていいでしょう。

では、医療者が患者にとって意味のある言葉がけをするには、言葉を替えると、「よけいなお節介」ではなく、患者さんの実になる「偉大なるお節介」を実践するにはどうすればいいのでしょうか。

「共感と信頼」に基づく関係を

まず考えたいのが、医療者と患者さんの理想的な関係についてです。キーワードは「共感と信頼」です。

医療者が患者さんに共感し、患者さんは医師を全面的に信頼する。そうした人と人との関係が構築されていれば、少々のことでは、患者さんの気持ちが揺らぐことはありません。医療者が発した言葉はそのままストレートに受け止められます。
見方を替えると、患者さんが医師の言葉に疑心暗鬼になるのは、もともとその人との間で、盤石の関係が構築されていないことによるものなのです。

では、どうすれば患者さんとの間に信頼関係が構築できるのか。

そのためには医療者には純度の高い専門性と人間的な側面での大きな包容力が求められます。そのうち専門知識は、勉強を積み重ねて身につけられますが、包容力は人間としての経験を積み重ねなければ高められません。

言葉を替えると、1人の人間として、患者さんの視点から病気や人の生きざまについて考える必要があるのです。もっとも、じっさいにはこれがなかなか難しい。

私はカフェを訪ねてこられた医師から、同じことを聞かれたときには、患者さんへの手間を惜しまないようアドバイスしています。

たとえば、それまでは歩きながらで済ませていた患者さんとの話を、30秒でもいいから立ち止まって耳を傾ける。患者さんがつらそうなときには、黙って肩に手を置き背中をさする。それだけのことで、患者さんのつらい気持ちがひしひしと伝わってくるのです。

そして、そうした経験を重ねることで、医療者は成長し、患者さんの信頼を得られるようになるのです。そのときには、その医療者の言葉は患者さんにとって大きな意味を持つ「偉大なるお節介」に変わっていることでしょう。

質問に話を戻すと、H・Eさんの担当医が、患者さんの力になりたいと考えているのは間違いないでしょう。それならもう少し時間をかけて、その医師との関係を育てることを考えてはどうでしょう。その間にH・Eさんにも落ち着きが戻り、その医師もさらに成長していることでしょう。

そのときには「共感と信頼」に基づいた、理想的な関係が築けるかもしれません。

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