がんサバイバーが専門家に聞いてきました!
――美容ジャーナリスト山崎多賀子の「キレイ塾」
がんになっても快適に暮らすヒント Vol.14 男性がん患者のアピアランスケア
国立がん研究センターにアピアランス支援センターが開設されて4年が過ぎ、がん領域でアピアランス(外見)ケアという言葉が急速に浸透しています。このキレイ塾でも何度か取材させていただきました。
一般的にアピアランスケアは女性がん患者を対象としたものと思われがちですが、がん治療で外見が変わるのは男性も同じ。実際に男性からの相談数も増えているように感じます。では男性はどのようなことで悩み、どのようなケアが望ましいのでしょうか。アピアランス支援センター長の野澤桂子さんにお伺いします。
山崎 ご存知のように、私はがん患者さんの美容サポート活動をしていますが、最近は男性からの相談が少しずつ増えてきたと感じます。野澤さんのセンターではいかがでしょう?
野澤 アピアランス支援センターは開設当初から男性の相談もコンスタントに受けていますので、ここにきて急増という印象はありません。ただ他院の医療者から、男性のアピアランスケアに関する問い合わせが以前より増えていて、男女を問わず、全体が底上げされたのだと思います。
山崎 がん治療の副作用にもいろいろありますが、女性の悩みと言えば、脱毛です。もちろんがん種や治療法が異なれば副作用の出方も違い、男女を合わせると脱毛を経験するのは全体の半分より少ないでしょうか。脱毛の副作用は男性や子どももショックを受けるでしょう。ただ、男性は女性ほど外見に関して気にしないのでは、という先入観はあります。
野澤 たしかに大前提として、女性よりも男性のほうが外見は気にしないと思います。身体意識に関する男女差の研究があるのですが、たとえば、「自分の身体のことを考えてください」と聞かれたら、山崎さんは何を思い浮かべますか?
山崎 んー、ぽっちゃりしている、とかかしら。
野澤 そう、女性は体型や髪型といった外見を思い浮かべるのです。それに対して男性は、「走るのが速い」とか、○○ができる、というような身体機能を思い浮かべる人が多い。なかでも「男らしさ」につながる機能などはすごく重要で、外見の変化は二の次という傾向はあります。ただ、みんなが気にしないかと言うと、そうではありません。
山崎 女性の多くは外見の変化が気になるけれど、男性は個人差があるということですか?
野澤 そうですね。男性で外見の変化が気になる方は、もともとそこがチャームポイントだった場合が多いようです。たとえば60代、70代で髪がフサフサしている人。客観的にみればその年齢で、髪が薄くても少しも不自然ではありませんが、意外に気にされます。私の以前の男性上司によると、彼らは、同級生がどんどん髪が薄くなっていくなか、若々しい、羨ましいと周りから言われ続けてきた「勝ち組」なのだそうです。
その人にとって髪があることは自信であり、それも長く続くともはやアイデンティティに近いので、治療で髪を喪失することは身体の一部分を失うのと同じくらいの衝撃を受けるのです。
山崎 身体の一部……。脱毛でそこまでつらい思いをしている男性もいるのですね。
野澤 しかも社会的に女性が外見を気にするのは当たり前だけれど、男性や子どもは外見のことを口にしないと思われているので、女性が苦痛を訴えやすいのに比べ、男性は言いにくい。本当は自分の根幹にかかわる問題なのに、社会の足かせに捕らわれてしまうと余計につらいです。ただ、その足かせも最近はゆるんできて、男性が声を上げやすくなったのではないでしょうか。
外見の変化に対し女性は悲しいと感じ、男性は仕事に影響することを恐れる
山崎 男性が声を上げやすくなった理由はやはり、副作用に伴う外見の変化についての相談窓口があるという認知が広まったからでしょうか。
野澤 もちろんそれもあると思います。あと一昔前と今ではがんに罹患する年齢層の美意識が変わってきたこともあると思います。今の60代、70代の男性は若いころ、長髪や突拍子もないファッションをするなど、外見を楽しんでいた世代です。話を聞くと、若いころ、かつらをかぶっていたという方も意外に多いのですよ。
山崎 欧米の影響を受け、男女ともにオシャレを自由に楽しんできた世代は、外見にはこだわりがありますね。あとはがん治療の副作用対策が進化して、外見を気遣う余裕が出てきたこともあるかもしれませんね。
野澤 もちろんあります。治療しながら仕事を続ける人や職場復帰をする人は男女ともに確実に増えていて、「職場で病人に見られたくないんです」という相談はとても多いです。
山崎 男女では、外見の変化と仕事に関して感じ方も違うのでしょうか。
野澤 違う部分は多いですね。女性は外見が変わることそのものを悲しいと感じますが、男性はもっとロジックで、外見の変化によって信用問題に関わってくることを心配する傾向が強いです。職業のなかには身体能力や健康さ、一定の外見が求められる職業があって、それらを脅かすような外見は、まさに職業を脅かすことになるので、すごくつらいと思うわけです。
先日、国立がん研究センターの男性患者さん823名にアンケート調査をしたのですが、「仕事中に外見を以前と同じように見せることは重要だと思いますか?」という質問に対して75%の方がそう思うと答え(図1)、「外見が男性の仕事における評価に影響を与えると思いますか?」という質問に67%の人がそう思うと回答しています(図2)。
職場に復帰するときは、外見よりも以前と同様に仕事や交流ができることが重要
山崎 男性患者の7割近くが仕事に悪影響を与えると考えているのですか。意外に大きい数字ですね。具体的にどんな相談があるのですか?
野澤 化学療法が始まる前に外見のことで相談に見えたとき、「外見が変わってしまうと周りに気を使わせてしまうから、会社を辞めようと思っている」とおっしゃった方がいました。会社は治療をしながら勤務することを了承しているのに、です。話を聞くと、男性がつらいのは、外見が変わることによって職場で憐みや同情を受け、もう自分はあてにならない人間だと思われることでした。
山崎 気持ちはわかりますが、会社がいいと言っているのに辞めると言うのですか。
野澤 人はこの状況に耐えられないと思ってしまうと、適切な判断ができなくなり、急にすべてを変えてしまいたいという衝動に駆られがちです。
山崎 そんな時はどんなアドバイスをされるのですか?
野澤 「職場のみなさんは思っているほど気にしませんよ」、と言ってもその時点では信じてもらえませんから、仕事はいつでも辞められるから、とりあえず辞めないでくださいと説得します。そして外見のケア方法と一緒に、会社でのコミュニケーションの取り方をアドバイスし、とにかく騙されたと思って一度職場に戻ってくださいと言います。
山崎 職場でのコミュニケーション法を助言する?
野澤 そうです。外見の悩みの根源にあるのは、職場で周りからどう思われるかなので、職場と自分の関係性が変わらないようにするためには、仕事人としてどう評価されるかが一番重要です。どんなに前と同じように見た目をウィッグや化粧で整えてみても、仕事が手につかなくなったり、表情が暗くて腫れ物に触るような雰囲気になったら、職場での関係性は崩れてしまいます。
山崎 確かに、外見はすぐに慣れますが、職場で重要なのは仕事とコミュニケーションですね。
野澤 そう、外見は慣れるものです。変な話、かつらでも帽子でも、ヘルメットをかぶっていても、一緒に仕事をする仲間には関係がないのです。そのことをご本人に気づいてもらうことが大切です。
ですから職場復帰する方には、「たとえ短い時間であっても前と同じように仕事をしましょう」。「みんなが笑ったら、おかしくなくても一緒に笑ってください」。「前と同じような受け答えを心がけましょう。プライバシーのことは答えなくていいけど、それ以外のことは普通にやり取りしてください」、と助言します。
職場での問題は、仕事が以前と同じようにできる仲間かどうかなので、そこにフォーカスしてもらわないと、いくら外見を整えても、何の足しにもなりません。
山崎 本当にそうですね。で、その方は会社に戻られたのですか?
野澤 はい。戻ったら意外とみんなが温かく迎えてくれて、辞めなくてよかったと、報告に来てくださいました。
社会でバリバリ働いて、がんになったらお終いだと思っていた男性ほど、自分ががんになったときに、そう評価されてしまうのではないかと不安になり、完璧に隠したい、隠せないくらいなら仕事を辞めたいと思ってしまう傾向が強いですね。ですから、がんになってもそうではないことを体験していただくことで、自分自身のがんに対する偏見を払い、新しい自分になっていくことがよくあります。
山崎 外見の問題はその人の社会との関係性の問題を見ないと解決できないと、野澤さんは以前から強く訴えていましたが、外見を美容的にケアするだけではだめで、個々の社会背景に応じたアドバイスの両方が必要ということがよくわかりました。