仕事をしながら療養する
雇用保険をフル活用し、再就職活動で天職に巡り合えた

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
発行:2010年10月
更新:2019年7月

  
石井京子さん 石井京子さん

障害者の人材紹介事業を行うテスコ・プレミアムサーチ(株)代表取締役の石井京子さん(56歳)は、大手通信会社勤務中の46歳のとき、直腸がんで手術を受けた。約1年4カ月後に退職。雇用保険の支給を受けながら職業訓練校に通学。1年間の充電期間を経て再就職、障害者専門の人材紹介という「天職」に巡り合った。

人生の残りの時間を意識した

きっかけは知り合いの看護師さんのひと言だった。腸の不調について話すと、「ポリープかもしれない。病院に行ったほうがいいわよ」。2カ月後に受診。大きさ3センチほどの直腸がんが見つかった。2000年、46歳のときだ。

夫は37歳で他界。それ以後、12年間同居した姑を胃がんで見送ったばかり。当時、勤務中の大手通信会社は合併直後で、職場環境も大きく変化していた。ネットワークサービス部門の管理職で、部下は派遣社員を含めて32名。上司に相談して入院した。内視鏡治療では腫瘍を取り切れず、開腹手術が必要になり、1週間後に再入院。手術後、腸閉塞を起こして2回目の開腹手術を受けた。入院期間は予定より延びて4週間ほど。治療費は健康保険組合の付加給付制度と医療保険の入院給付金を利用。入院中の休暇は年次有給休暇でカバーした。

「がんになったことと手術は怖くなかったが、息子を亡くした母親の悲しみを知っていたので、とにかく、両親より早く死ぬことはできないと思いました。人生の残りの時間を意識しました」という。

術後の抗がん剤治療はしなかったが、体力は驚くほど落ちた。ラッシュアワーで押されるのがつらかった。早朝6時に自宅を出て、駅から座れる電車で通勤した。次第に仕事へのモチベーションも見つからなくなった。「私はこれで終わってよいのだろうか。このままこの仕事を続けてよいのだろうか。何かもっと自分がやりがいを感じられることがしたい」と思うようになった。そのころ、早期希望退職者の募集があった。退職後の計画は何もなかったが応募した。

社会に出て働きたいと思った

02年の春。26年勤務した会社を退職。雇用保険の基本手当を受けながら、職業訓練校に通って、掛け軸や屏風などの表装の技術を学んだ。以前から興味を抱いていた仕事だ。訓練手当と交通費が支給され、学生割引も使った。表装の仕事も考えたが、再就職活動に入った。やはり、社会に出て働きたいと思った。

約1年間の充電期間を経て、たまたま、知人から「障害者専門人材紹介事業を立ち上げた。手伝ってもらえないか」と声がかかり、大手人材派遣会社グループの子会社に再就職。仕事は、障害者雇用を進めたい企業と就職したい障害者とのマッチングだ。企業と本人との雇用契約までの相談と支援をする。すべてが初めてだったが、やりがいがあった。「この仕事は天職だと思いました。企業勤務の経験、お客様対応の経験、病気の経験など、過去の経験すべてが生かせたからです」という。

障害者と同じ目線で考えることを心がけた。北は札幌から南は福岡まで、職を求めるさまざまな障害を持つ人と面談した。3?4年後、3名で始めた1事業部は分社化して社員数18名の会社になった。

手術後の経過も順調で、年1回の定期検査の結果は異常なし。1つだけ、就労相談の中で無念な思いがあった。会社の方針で、就労支援は、障害者手帳を持つ人に限られていた。「がん患者さんを含めて、障害者手帳を持っていない方々の就労相談、就労支援もしたい」と思い始めた。

ボランティア活動にも積極的に参加

08年4月、障害者雇用のコンサルティングサービスを提供するテスコ・プレミアムサーチを設立。09年6月、代表取締役に就任。設立理由の1つは、障害者手帳を持っていない、がんや難病などの患者の就労相談も受けることだ。「がん患者さんには、通院時間の確保と通勤時間などの調整が大切。就職先の会社にはきちんと配慮してもらえるようにしています。直腸がんでストーマ(人工肛門)を造設したとき、骨などの腫瘍や喉頭がんなどの場合、障害認定され、障害年金が支給されることがあります。こうした情報提供もしています」。

アスぺルガー症候群やADHDなどの発達障害()の人の就労支援にも取り組む。10年7月、著書『発達障害の人の就活ノート』を出版。大学の就職課などからの問い合わせが数多いという。

会社経営と並行して、患者会の活動やボランティア活動にも積極的に参加し、(社)日本オストミー協会(JOA)理事を務める。JOAは、40年の歴史を持つ患者団体で、人工肛門・人工膀胱造設者(オストメイト)のQOL(生活の質)の向上を目指して、現在の福祉制度の確立に尽力してきた。石井さんの役割は、09年6月に発足した「JOA20/40(にいまるよんまる)フォーカスグループ」という若い世代のグループの交流促進、女性患者団体「ブーケ若い女性オストメイトの会」の運営サポートなど。

難病の人のためのボランティア活動も行う。09年9月、難病と闘う仲間とともに、さまざまな体験を通して、巡り合いの場を提供するイベント「難病克服ウォーク&ランフェスタ(ナンフェス)」に参加。「しごと検定」コーナーでキャリアカウンセリングなどを担当する。10年8月には、障害者の雇用促進支援などを行う(社)日本雇用環境整備機構を設立し、代表理事に就任。武蔵野大学で、人事・就職担当のための発達障害者支援講座の講師も務める。

週末は職業訓練校で習得した表装の制作に取り組むことが多い。腕前はセミプロ。依頼されて、作品を軸に仕立てることもある。「がんを体験してからたくさんの人と出会い、ネットワークが広がっていると感じます。一生に1度しかない出会いを大切にしていきたい」と語る。

発達障害=主として心理面の発達が不全な状態。アスペルガー症候群は、他人とのコミュニケーションがうまくできない病気。 ADHD(注意欠陥・多動性障害)は注意力が低下し、秩序ある行動がとれない病気

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雇用保険
雇用保険を受給できる方は、基本手当、訓練手当、交通費の支給を受けながら職業訓練を受けられることがあります。09年7月、厚生労働省は「緊急人材育成支援事業」を創設し、雇用保険を受給できない方への職業訓練(基金訓練)、生活保障のための給付制度(訓練・生活支援給付金)、融資制度(訓練・生活支援資金融資)の提供を始めました
詳しくは最寄りのハローワークの窓口へ


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