仕事をしながら療養する
乳がんにより政治活動を断念。高額療養費制度を利用しての治療。
通院しながら地域活動に取り組む

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
(2006年9月)

山川令子さん 山川令子さん

地域で政治活動をしていた山川令子さん(63歳)は、59歳のとき、乳がんを告げられた。手術はできない状態で、化学療法を受ける。高額療養費制度を利用して治療を続けた。治療に専念するため、政治活動を始めることは断念したが、化学療法を受けながら、地域での子育てや、町づくりのために、多忙な毎日を送っている。


山川さんは、24歳で結婚し、埼玉県草加市で暮らし始めた。江戸時代に日光街道の草加宿として栄えた街だ。2歳上の夫の実家は日光街道沿いの旧家だった。1男3女に恵まれ、子育てに夢中の日々を過ごした。PTA活動に熱心に取り組んでいるうちに、子育てと地域起こしなど、数多くのボランティア活動の先頭に立つようになっていた。大学の非常勤講師を務めたこともある。

56歳のとき、地域の人たちに後押しされて、1999年4月の県会議員選挙に立候補した。「市民や地域のためにとの思いで、さまざまな活動をしてきました。それが政治にかかわることにつながったのです。普通の市民の声を政治に反映させたいと思いました」と山川さん。しかし、落選した。

一時、気落ちしたものの、支持してくれた周囲の声に耳を傾けて、再挑戦を誓った。都市工学の専門家で教員の夫からさまざまなサポートを得ながら、より精力的に地域活動に取り組んだ。2度目の選挙を視野に入れて、多忙な日々を送っていた。

県会議員選挙の6カ月前、乳がんと診断

ところが、02年10月、59歳の頃、身体に異変を感じた。左の胸が赤黒くはれ上がっていた。左の腋の下と左の首筋のリンパ節も膨らんできた。最初は「乳腺炎かな」と軽く考えていた。都内の総合病院で診察を受けた。「85パーセント、乳がんです。大きすぎるため、手術はできません。抗がん剤でがんを小さくしてから手術で切除したいと思います」と言われた。医師の話を聞きながら、6カ月後に迫った2度目の選挙のことが1番気になった。

「乳がんの治療をしていたら選挙に出られなくなる。初志を貫徹できない。そうした思いが1番強かったです。選挙までの6カ月間、乳がんを何とか隠し通すことはできないかと思いました。とにかく、手術は受けたくありませんでした」(山川さん)

しかし、長女の意見を聞き入れて、がん専門病院にセカンドオピニオンを求めた。都内の総合病院の医師は、必要な検査データをすべて貸してくれた。CT検査などをした結果、肝臓への転移も判明し、手術はできないと言われた。HER-2陽性とわかり、その1年ほど前に転移性乳がんに保険適応になっていた、分子標的薬のハーセプチン(一般名トラスツマブ)の治療を受けることになった。02年12月に入院。ハーセプチンとタキソール(一般名パクリタキセル)の併用療法を受けた。幸い、副作用はほとんどなく、食欲も旺盛で、久々にのんびりと2週間を過ごせた。

政治活動を次女に引き継ぎ、治療に専念する

ただ、入院中も山川さんは、「選挙はやめるにしても誰に引き継いだらいいか」と思い悩んだ。支持者と家族と何度も相談をした。その中で「次女に引き継いでもらったらどうか」という意見が出た。当時、次女は国際人道支援を行うNPO法人職員で、たまたま、インドネシアでのNGO活動を終えて東京に戻っていた。

そこで、支持者は山川さんの病状を説明し、次女に立候補を勧めた。次女は、説得に応じて、立候補を承諾した。「自分の身体は自分でしか守れません。選挙は次女に引き継いでもらって、治療に専念することにしました」と山川さんは言う。

4人部屋での2週間の入院費は15万円ほど。当時、山川さんは、夫が加入中の共済組合の被扶養者で、自己負担額は3割。入院費はそれほど高額とは感じなかった。退院後は、週1回外来に通院して、ハーセプチンとタキソールを受けた。1回4~5時間ほど。点滴を受けながら眠った。休憩時間のようなものだった。しかし、外来の窓口で請求された金額に驚いた。

「外来通院なので1万円で十分だと思っていました。ところが、窓口で5万円近い請求をされてびっくりしました」(山川さん)

病院の外来通院で支払った自己負担額は、1回目4万9470円、2回目3万1580円、3回目5万6680円……と続いた。 「高額療養費という制度を使って、窓口で支払った自己負担額の一部は戻ってきましたが、外来通院の治療費はかなり大きな負担でした」(山川さん)

山川さんは、外来治療を続けながら次女の応援をした。03年4月、県議会選挙で次女は当選。身体中が喜びでいっぱいだった。

しかし、外来通院は続いた。ハーセプチンを6カ月間。4カ月間経過観察後、3週間に1回のタキソテール(一般名ドセタキセル)を4カ月間続けた。乳がんの告知を受けてから3年後の05年11月頃、頭痛に見舞われた。検査の結果、小脳に5センチほどの楕円形の転移が見つかった。

5日間通院して、全脳への放射線照射を受けた。1回の治療時間は10分ほど。06年1月の検査では脳転移は縮小していた。06年3月からは1カ月に1回ペースで、アドリアマイシン(一般名ドキソルビシン)、エンドキサン(一般名シクロホスファミド)など3剤併用の抗がん剤治療を受けている。06年6月末に病院の窓口で支払った自己負担額は1万1390円。

さまざまな地域活動に取り組む

山川さんは、乳がんになって政治活動は断念した。しかし、地域での子育てや、町づくりの活動にはパワフルに取り組んでいる。「乳がんになったことは受け入れるしかありません。がんになって自分の生きがいについて考えました。結局、人のためになることが私の生きがいであり、よろこびなのです。振り返ってみると、これまでもそうだったし、これからもそうしたいと思っています」(山川さん)

今、山川さんは、小学校を利用した市民のふれあいの場「平成塾」の運営や、草加宿を再生して新しい「今様・草加宿」づくりをめざす地域活動などに取り組む。「長年住み慣れた地域のために少しでも役立ちたい。病気のことを忘れるほど忙しい毎日を送っています」と笑顔で語る。

キーワード

高額療養費
同一月内に、同じ医療機関で保険証を使用して診療を受けたとき、窓口で支払う自己負担額が一定の限度額を超えた場合に、その超過分が支払われる制度です。限度額は、所得と年齢(70歳未満かどうか)によって違います。また、高額療養費が支払われるまでの間、支払い見込み額の8割程を無利子で貸し付ける高額療養費貸付制度もあります。国民健康保険に加入中の人は、市区町村に問い合わせて下さい。