仕事をしながら療養する
1度目は生活保護を受給 2度目は100億円の借金を抱えながら治療を受ける

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
(2006年3月)


有限会社虎プロダクション
小島虎之介さん

胃がん手術後、生活保護を受給

小島さんは、国内初の搾乳機販売、美人製造機販売、焼鳥屋経営など数々の商売を始めて、成功と失敗を繰り返してきた。商売がうまくいかなくなったとき、がんに見舞われた。

1981年夏、43歳のときだった。トイレで下血。緊急入院し、翌日、胃の4分の3と十二指腸を切除した。手術の際、担当医から胃潰瘍との説明を受けたが、のちに外来で別の医師から胃がんだったと言われた。手術当時、小島さんは焼鳥屋の経営をやめて、不動産業界に転職していた。20店舗まで拡大した焼鳥屋の経営が傾き始めたのは自らの交通事故がきっかけだ。小島さんは、飲酒運転などで76年12月から77年7月頃までの約7カ月間、交通刑務所に入所。その間、信頼していた焼鳥屋の支配人の使い込みで借金を背負った。

その借金返済のために店舗を売却し、新たな人生を不動産業に求めた。宅地建物取引主任者の免許はすでに取得していた。4つの不動産屋で働きながらアパートの賃貸、マンションの売却と賃貸、店舗の賃貸などの仕事を覚えた。しかし、新しい仕事に馴染めなかったようだ。「仕事が自分に向いているという確信がなかなか持てませんでした。不動産業界に転身して3年ほどで、かなりのストレスをため込んでいたと思います」と小島さん。

胃がんの手術後、小島さんは42度の高熱が続き、危険な状態だった。入院期間は4カ月もの長期になった。入院前98キロだった体重は52キロまで減少。無事に退院できたが、体力回復のリハビリ生活が続いた。仕事も収入も失っていた。妻が働きに出たが、子供2人の4人家族の家計と小島さんの医療費を維持することは難しかった。親戚からの借金も限界に達して、妻は区役所に駆け込んで生活保護の申請をした。

「暮れに区役所からみかんともちが届いたので、不思議に思って職員に聞いたら『生活保護を受けているでしょ』と言われて気づきました。女房は私に心配をかけまいとして、何も言いませんでした。私の葬式代も出せないような貧乏だったと思います。まさに、どん底でした」

退院して3カ月後、月約15万円の生活保護の受給中だった。リハビリの散歩の途中、いつものように友人の不動産屋に立ち寄った。お茶を飲みながら友人が「売れなくて困っている物件がある」とこぼした。その物件の場所を聞いた瞬間、小島さんはある会社の営業部長の顔が浮かんだ。すぐに電話をした。直感は的中。その営業部長は電話口で「ほしかった物件だよ」と言った。その3日後、20億円の物件の売買契約が成立。仲介役になった小島さんには手数料として、売主と買主からそれぞれ3パーセントずつ合計6パーセント、1億2000万円が入った。「この売買契約でそれまでの迷いが吹っ切れました。不動産は自分に向いている仕事だ。商業ビル用地の売買をやっていこうと決めました」(小島さん)

生活保護の受給は半年程で終わった。

バブル崩壊で100億円の借金  続いてS状結腸がんを発症

バブル景気の走り頃の1986年、小島さんは不動産会社を創業。不動産業に本格的に参入。体力も回復し、バブル景気の波に乗って大成功。91年、6階建ての自社ビルを建てて移転。しかし、バブル景気は87年から89年までの3年ほど。バブル崩壊後の91年、小島さんは100億円の借金を背負う。自社ビルの収入は月約130万円。夫婦の生活費25万円を引いた105万円を毎月8社に返済。現在も返済を続けている。

「借金王」になって約2年後の93年7月、55歳のときだった。血便が出た。糖尿病の治療で月1回通院中の外来で相談し、触診と内視鏡検査を受けた。その結果、S状結腸がんとわかり、2週間後、8時間に及ぶ手術を受けた。「法人は大借金をしていましたが、個人では300万円ほどの預金があったので、何とかやりくりできました」と小島さん。

手術後、小島さんは健康に気を遣うようになった。朝6時頃起床。近所の公園でラジオ体操をしてから8時頃まで散歩。1度自宅に戻ってから自転車で毎朝9時に出勤。万歩計が1日2万歩を記録する日も多い。糖尿病治療のため、毎日3回、インシュリンの自己注射も行う。「もうがんにはならないだろう。3回目はないな」と思っていた。ところが、3回目は妻に降りかかった。

05年1月17日、妻(67歳)が胆管がんで手術して約40日間入院。幸い、治癒できた。介護する立場になって、小島さんは男の弱さを痛感した。「電気釜も使えないし、魚の焼き方もわかりません。豆乳を温めて飲もうとして、電子レンジの中に入れていたらパーンと破裂して、レンジの中が真っ白になりました。洗濯機も使えないし、本当に困り果てました。

食事はコンビニでお世話になりました。女房にはそばにいてあげることしかできません。自分のがんのとき以上に精神的にきつかったです」(小島さん)

さらに、05年12月5日、妻が今度は肺がんで手術。入院期間は1週間。妻の2回の手術代と入院費用は毎月25万円の生活費のやりくりで何とか乗り切れたという。「これでもか、これでもかと次々と試練が訪れます。それでも、大借金も病気も、神様からいただいたものと受け入れています。『おまえならできるだろう』と優等生として選ばれたのです。人生の最高の栄誉、勲章だと思っています。そして、毎日歩いて体力をつけて、心から笑うようにしています。健康の源は笑いですよ」と言って、笑顔を見せた。

小島さんのところには借金に苦しんで相談に訪れる人も多い。がん患者もいる。小島さんは、近々、「そんな人たちが悩みを語り、支え合える『借金寺』を立ち上げたい」と言う。

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生活保護制度
最後のセーフティネットと呼ばれています。生活保護の受給者は国民の1.5パーセント(03年)ほどで年々増加中。費用は国が4分の3、地方自治体が4分の1を負担しています。生活保護費や受給世帯数は、地域差があるようです。都道府県別の受給世帯数では大阪府、北海道などが多いようです。事前審査などが厳しく、なかなか申請が受理されないとの声もあります。

有限会社虎プロダクション

〒170-0005東京都豊島区南大塚2-31-11-6F共栄大塚ビル   電話:03-5976-4324 FAX:03-5976-7377
小島さんは全国各地で講演会活動にも取り組んでいる。
ホームページ:http://www.bless.ne.jp/tora.html