仕事をしながら療養する
アスベストによる悪性胸膜中皮腫 労災保険の認定を受けて傷病手当金を休業補償給付に切り替えた

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
(2005年9月)


アスベスト被害により悪性胸膜中皮腫
を発症した中村實寛さん


03年2月、中村實寛さん(現在57歳)は、健康管理センターで年1回の職場の健康診断を受けた。その10日後、同センターから「右肺に胸膜肥厚が見つかりました。再検査に来てほしい」との電話連絡を受けた。実は、02年の健康診断でも「右肺の末端が少し丸くなっています。1年ぐらい様子をみましょう」と言われていた。1年間、顕著な症状はなかった。

同年3月4日、大阪市内のA病院で検査を受けた。その後、紹介された呼吸器外科で検査を受けた結果、「中皮腫の疑いがあります。診断のために胸膜生検が必要です」と告げられた。

当時、中村さんは、勤務中の建設会社(社員10人)で現場監督として約5000万円の建設工事を担当していた。しかし、仕事を続けられないと判断して、その建設工事の引継ぎをした。そして、会社に病気休暇を願い出て、健康保険法の「傷病手当金」(給料の60パーセントほどが支給)の申請手続きをした。同年4月16日から1年半、傷病手当金が支給されることになった。

中村さんは同年4月30日に入院し、5月2日に胸膜生検を受けた。その結果、悪性胸膜中皮腫と判明。病期は1期(片側の胸腔内にとどまっているもの)だった。担当医から「このままだとあと2カ月の命です。手術が必要です」と告げられた。一時退院後、再入院して、同年5月27日に手術を受けた。午前9時から午後11時まで、14時間にも及ぶ大手術だった。入院期間は約1カ月で、6月25日に退院した。

中皮腫=胸部、腹部などの膜の表面を覆っている中皮に発生した腫瘍のこと。認定基準の改正(03年9月)によって、アスベストとの関連が明らかな疾病の範囲が広くなった。現在、アスベストとの関連が明らかな疾病は、(1)石綿肺(2)肺がん(3)胸膜、腹膜、心膜または精巣鞘膜の中皮腫(4)良性石綿胸水(5)びまん性胸膜肥厚の5つ

将来への不安から自殺を考えたことも

退院後、中村さんは、傷口の痛みに耐えながら毎日を送った。将来への不安で、眠れない日々が続いた。うつ状態になっていた。「マンションの8階のバルコニーの手すりを飛び越えたら、どんなに楽だろうかと思いながら、階下を見たことがあります」と中村さん。

03年の夏から秋にかけて、中村さんはインターネットで情報収集をし、自分の病気と向き合った。「現在の体力では職場復帰は当分見込めない。傷病手当金の支給はあと1年しかない。そのあと、どうしたらよいのだろうか」という不安でいっぱいだった。情報を集める中で、中皮腫の多くはアスベスト(石綿)が原因で起こる労働災害で、労災保険の適用になることを知った。

中村さんは1964年に木造建築の職人として仕事を始めた。その後、2つの建設会社で現場監督などとして働き、3つ目の建設会社で中皮腫を発症した。現場ではアスベストを含む石膏ボードや天井に使う化粧ボードなどを使っていた。新築の現場では鉄骨に耐火被覆のためにアスベストを吹きつける作業を行っていた。その横で仕事を続けた。改修工事では天井・壁を解体する際に、アスベストを含んだ建材から飛散した粉じんを吸い込んでいた可能性があった。

中村さんは「自分の病気は、アスベストによる職業病ではないか」と思った。インターネットで関西労働者安全センターという団体が労災保険の申請手続きのサポートをしてくれることを知り、電話をかけた。

労災申請が認定され、生活保障を得る

03年11月、同センターに出向いた。相談に応じてくれた古川和子さんの夫も悪性胸膜中皮腫(のちにアスベスト肺がんと判明)だった。残念ながら数年前に死亡し、古川さんは遺族補償年金(年金額は遺族が1人の場合、1日平均賃金の153日又は175日分)を受給中だ。労災保険申請で苦労した経験を持つ古川さんは、中村さんの労災申請手続きに全力を尽くしてくれた。

04年1月、中村さんは、古川さんのサポートを得て、労働基準監督署に労災申請を提出。同年7月末、労災認定を受けた。傷病手当金の支給を受けてから1年3カ月が経過し、同年10月末には支給がストップする。かろうじて、生活保障が得られた。

中村さんは傷病手当金の支給を受けた日から労災保険の適用となり、労災保険から「休業補償給付」(キーワード参照)、「療養補償給付」(診察・薬剤などが全額支給される)などの支給が受けられることになった。中皮腫という同じ病気で、労災保険と健康保険の両方から支給を受けることはできない。保険制度間の調整が必要だったが、中村さんは、労働基準監督署と相談しながら調整手続きを行った。

労災保険の認定を受けた結果、中村さんは働くことができない限り、傷病手当金よりも多い休業補償給付を支給されるようになり、医療費も全額支給されることになった。「労災認定によって期間を限定されず、休業補償はずっと支給され、ある程度の生活が保障されます。また、医療費の負担も少なくなりました。重荷に感じていた2つの問題が解決されて、精神的に非常に楽になり、安心できました」と中村さんは言う。

現在、中村さんは診察を1カ月に1度、CT、MRIなどの検査を3カ月に1度のペースで受けている。幸い、手術後の2年間の経過は順調で、再発の疑いはない。中村さんは体力の回復を目指して、1日5~6キロを約2時間かけてゆっくりと歩く。自宅から800メートル近くで淀川の堤防にたどり着く。高さ8メートルほどの堤防をゆっくりと昇って、川岸を散歩する。それ以外は、自宅で植木や草花を育てたり、インターネットでブログを作成したり、メールの交信をしたりして過ごす。疲れたらすぐ横になる。

「体力が回復したら、建築現場を訪ねて、アスベストによる中皮腫の怖さを訴えたいと思います。いま、建設現場で働いている人の多くはアスベストについてほとんど知らされていないからです。自分の体験を建築現場での安全衛生に役立てたい」と中村さんは語る。

キーワード

休業補償給付
仕事上の病気やケガで働くことができず、療養する期間(期限の限定なく)、1日平均賃金の約80パーセント(特別支給金を含む)が支給されます。また、退職後であっても継続して支給されますが、労災保険の傷病補償年金、障害補償年金に切り替わったときは、そのときまでです。

中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会事務局

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