仕事をしながら療養する
会社の健康保険組合の傷病見舞金制度を利用して高額な治療を乗り切った

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
(2004年10月)


猪野俊さん。退職後、国民健康保険
ではなく会社の健康保険に加入して
恩恵を受けた。

会社を定年退職、年金で生活

猪野俊さん(61歳)は、33歳のときに中途採用で大手電気メーカーA社に就職。以来、製造現場で働き続けてきた。40歳のとき、糖尿病と診断され、食事療法・運動療法と飲み薬を服用しながら血糖値のコントロールに心がけた。

53歳頃、胃潰瘍も発見された。慢性病の影響で、体調はよかったり悪かったりを繰り返していた。50代半ば頃からとくに疲れがひどくなり、有給休暇を利用しながら働き続けた。

A社の定年は60歳の誕生日(03年6月中旬)。定年を目前に、猪野さんは定年後に、どんな仕事をするのか、健康保険組合と国民健康保険のどちらに加入したらよいのかなど、さまざまな決断と選択を迫られていた。

定年後、猪野さんの大きな収入源は年金だが、60歳から62歳までは月約6万円(報酬比例部分)しか支給されない。62歳からは満額の年金が支給されるが月約12~13万円ほどだ。住宅ローンの支払いは終えていたから生活はできるが、実は、老老介護に直面していた。猪野さんの母親(95歳。要介護5)は特別養護老人ホームに入所中で、介護費用が月7万円ほどかかる。母親の年金は月3万円ほどだから毎月約4万円が不足する。猪野さんがその不足分を負担し続けていた。母親の介護費用を捻出するために、定年退職後も働き続けるつもりだった。猪野さんは知人の運送会社と契約して軽トラックの運送業をやるつもりで、その準備も始めていた。

国民健康保険ではなく特例退職被保険者を選択

健康保険については、A社健康保険組合の特例退職被保険者になるか、国民健康保険の被保険者になるか、選択を迫られていた。猪野さんは両者の毎月の保険料と医療費負担、給付内容などを比較検討した。保険料は国民健康保険のほうが月1000円ほど安かった。医療費負担は30パーセント負担で同じ。

ただし、給付内容で特例退職被保険者には国民健康保険にはない傷病見舞金という保険給付金(一人1カ月の一部負担金合計額から2万円を控除し、100円未満の端数切捨て)があった。

慢性病で苦しんできた猪野さんは傷病見舞金に魅力を感じて、特例退職被保険者になった。また、民間生命保険の退職者向け疾病保険(60歳~69歳)にも加入し、病気に備えた。保険料は月額4650円だ。

さらに、55歳の誕生日に支給された退職金も定年後に備えて、銀行預金より金利のよいB海上火災保険に預金し、55歳から75歳まで毎月分割払いできるようにしていた。定年後の新しい仕事、年金の手続き、特例退職被保険者への手続き、民間の疾病保険に加入、退職金の分割払いなど、定年後に向けてさまざまな備えをしていた。

傷病見舞金制度を利用して治療費を捻出

ところが、猪野さんは定年を待たずに病気に見舞われた。定年直前の03年6月初め、大学病院で胃カメラの検査を受けた。空腹時の胃痛に苦しんでいたからだ。7月下旬、胃がんと診断され、8月下旬にがん専門病院に入院。9月4日、胃の4分の3を切除する手術を受けた。術後、糖尿病の影響で腹膜炎を併発。9月16日、再び開腹して腹膜炎の治療を受けて、11月に退院。

[高額療養費算定基準額]

入院中の治療費は、8月は14万7879円、9月は2回手術をしたため206万7440円、10月は70万5860円、11月は29万5700円で、治療費総額は321万6890円。自己負担額は8月4万4367円、9月は62万0232円、10月は21万1758円、11月は8万8710円で合計96万5067円だったが、健康保険組合が高額療養費の還付申請手続きをしてくれて、自己負担額は28万4726円に減った。そして、A社健康保険組合からは傷病見舞金として合計約88万円、民間の疾病保険からも約40万円が支給された。

「定年後は病気が心配だったのでさまざまな備えをしました。その備えがピタリ的中した感じです。とくに傷病見舞金の支給は大変助かりました」と猪野さん。

胃切除をしてから1年が過ぎた。現在、猪野さんは無理のない生活を心がけて、体力の回復に努めている。猪野さんは「体力と気力が回復したら、定年後の新しい仕事に決めていた軽トラックの運送業をやってみたい」と言う。

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特例退職被保険者
厚生労働大臣の認可を受けた健康保険組合(特定健康保険組合。全国で70組合:00年4月現在)の退職者で、健康保険組合に申請して受理されると特例退職被保険者になれます。加入期間が一定以上(例えば20年以上とか)あって、公的年金制度から年金支給を受けていて、年齢が75歳未満などの加入資格があります。傷病手当金を除いて、在職中とほとんど変わらない医療保障と保健サービスが受けられます。扶養家族も在職中の被扶養者と同じように取り扱われます。老人保健法の医療を受けられるまで加入できます。自己負担額から一定金額(1万5000円、2万円など)を差し引いた額を健康保険組合が給付する制度があります。

高額療養費
窓口で支払う一部負担金(薬剤に係わるものを含む)などの額が一定額(高額療養費算定基準額)を超えた場合に、その超えた分を保険給付として支給します。70歳未満の高額療養費算定基準額は上の表のような計算をします。ただし、窓口で支払う一部負担金が60万円とか20万円になると資金繰りが大変です。そこで、高額療養費の8割相当額を無利子で融資し、家計の負担を軽減するために「高額療養費貸付制度」があります。政府管掌健康保険組合と船員保険に加入している被保険者と家族が利用できる制度です。