仕事をしながら療養する
「残業なし」の働き方で健康を維持する
小坂聖さん(52歳)は44歳のときに精巣腫瘍を発症、手術を受ける。5年半後の50歳のとき、後腹膜リンパ節転移が判明。7カ月間休職し抗がん薬治療などを受けた。傷病欠勤や傷病休職など会社独自の制度に助けられて、給与の減額は少なく、経済面での打撃は少なかった。職場復帰後は残業しないという働き方で健康状態を保持し、仕事に取り組む。
精巣腫瘍と後腹膜リンパ節のがん転移を経験する
小坂聖さんは36歳のとき、番組の制作や購入を専門とするテレビ放送局子会社に中途入社。海外番組の国内ビデオ展開や番組に関連する商品化、出版化などを担当。入社当時、子会社の社員数は50人ほどだったが、その後、グループ会社との合併を経て約500人になった。
2004年秋、精巣腫瘍を発症。44歳のときだ。主治医から「盲腸みたいなもの。切ってしまえば終わり」と言われ、あまり深刻には考えなかった。入院予定は1週間。職場での仕事の引き継ぎはしなかった。ところが、運悪く切開痕が感染によって化膿し、入院期間は3週間に及んだ。病院の窓口で約30万円の医療費を支払ったが、2つの民間の保険会社から60万円ほどの支払いがあったので、医療費には困らなかった。
また、有給休暇消化の範囲内に収まったことで給料にも影響は出なかった。職場復帰後、半年に1回、腫瘍マーカーの検査を受けた。しばらくは異状なしの状態が続いた。
ところが5年半後、突然腫瘍マーカーの数値が急上昇。後腹膜リンパ節への転移が判明。約6cm大の腫瘍が見つかった。
今度は、入院して4カ月の抗がん薬治療を受けることになった。50歳のときだ。休職期間が長くなるため、仕事の引き継ぎが必要だった。上司に相談しながら引き継ぎをした。ただし、自分にしかできない日本語字幕の監修の仕事があり、これは闘病しながら続けることにした。
就業規則と高額療養費制度で負担を軽く
2010年8月、大学病院に入院。1クール=4週間の抗がん薬治療を4クール受けることになった。抗がん薬治療は、回数を重ねるごとにつらくなった。とくに、吐き気が強烈だった。4回目はふらふらの状態だった。
それでも休薬期間中には、外国のTV番組の日本語字幕のチェックに集中した。翻訳された原稿を修正して、携帯メールで担当者に送信した。良い作品に仕上がった。
抗がん薬治療は11月で終了、6cmの腫瘍は3分の1にまで縮小した。2011年1月、残った腫瘍を取り除くために後腹膜リンパ節郭清手術を受けた。その後、3週間の自宅療養を経て2011年2月中旬に職場へ復帰した。結局、7カ月間会社を休んだ。
小坂さんの会社の就業規則では「傷病欠勤は最大4カ月まで。それを超えた場合は、傷病休職扱いとなり、両方合わせて1年8カ月まで認める」と定められており、その間の給料カットも数%の範囲に留まるという。
この制度と高額療養費のお陰で小坂さんは、再発が発覚して7カ月に及んだ休職期間の間も経済的な影響をほとんど受けずにすんだ。
転移治療で入院中、小坂さんは、睡眠時間の大切さに気付かされた。大腸がんの患者さんから、次のようにアドバイスされたからだ。
「主治医によると、22時から深夜2時まではとても大切な時間。この4時間をしっかり寝るようにすれば、免疫力が維持できる身体になる。おろそかにすると免疫力は保てない」
夜10時に寝るために残業はしないと宣言
小坂さんはこのアドバイスを守った。病院では消灯時間が早く、また寝つきがいいほうなので、このリズムをすぐに取り込むことができた。そして退院後もこれを続けるようにしている。「再々発したら再び会社や同僚に迷惑をかける」と思うからだ。
会社の勤務時間は9時半から18時までだが、フレックスタイムが認められている。小坂さんの場合、通勤時間は片道1時間半。通勤時の負担を減らすべく、座れる急行電車に乗る。そのため、勤務時間は9時50分から18時20分。22時に寝るためには、残業はしていられない。
定時退社。22時に就寝し、起床は早朝4時半ころ。22時から深夜2時までの4時間は必ず睡眠時間に含めるように心がけている。
職場復帰後しばらくの間は、上司や同僚は気を遣ってくれた。17時ころになると、「小坂さん、そろそろ帰ったら?」と、声掛けをしてくれた。しかし時間の経過とともに声掛けは減っていった。そこで、がん患者だということを忘れないでもらうための方法を考えた。
頭髪を短いままにしているのもその1つ。また「残業はしません」と宣言し、「残業なしの働き方」を続けている。例の4時間を含めた睡眠時間をしっかりとり、大食いをやめて腹8分目。腹を立てない。ストレスをため込まない。焦らない。急がない。「命があるだけでありがたい」という気持ちが自分を楽にするという。
「短気で、せっかちなほうでしたが、今回の再発を機に性格も一変し、心にゆとりが持てるようになりました」
現在、小坂さんは4カ月に1回のペースで腫瘍マーカーのチェック、腹部と胸部のCT検査を受けている。現在までのところ異常は見つかっていない。
「最近、ある患者仲間が『患者スピーカーバンク』というNPO法人を立ち上げました。患者目線から、医療全般をより良いものにするための提言を行おうという活動です。私も機会があればこのような活動に参加し、役に立つがん体験者の1人になろうと思っています」