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乳がんサバイバーの職場復帰:外来通院中の患者さんを対象に意識調査 職場復帰には周囲の理解と本人の自覚が大切

監修●小野智恵美 帝京大学医学部附属病院看護師
取材・文●「がんサポート」編集部
発行:2014年10月
更新:2019年11月

  

「時間調整ができる職場のシステムが大切」と話す小野智恵美さん

「身体的負担でこれまでの仕事ができなくなるのでは‥」「雇用条件はどうなるの?」──乳がんは治療後に良好な予後が望めるがん種だ。仕事を持つ女性が乳がんになることも珍しくないが、彼女たちの大きな悩みに「就業をどうするか」ということがある。患者さんに職場復帰への本音を聞いた調査結果がまとまった。

働く世代も襲う乳がん

乳がんの罹患者数は、女性ではすべてのがん罹患の中で最も多いがんだ。罹患率は年々上昇し、年齢別にみると、30歳代から増加し始め、40歳代後半から50歳代前半にピークを迎える。最近の傾向としては、若い世代でも罹患者が増えている。

一方で、女性の乳がん罹患者数は、乳がんで死亡する人数の3倍以上である。これは、見方を変えれば、乳がんの生存率が比較的高いことを示している。社会復帰できるサバイバーが多いという側面を持つ乳がんだが、そこには医療だけではなく社会的な課題も見えてくる。

「今後、さらに働く世代の乳がん患者さんが増加していくことが予測されます。現状でも、就業を続けることができるのか、職務を変えなくてはいけないのか、といったことに悩む方が増えています」

帝京大学医学部附属病院の乳がん看護認定看護師である小野智恵美さんは、女性たちの社会復帰への不安や障壁をケアすることの大切さを強調する。

「乳がん患者さんは、手術などの治療で職務を遂行する能力は一時的に低下しますが、治療後には罹患前と大差ないまでに回復することができます。化学療法や放射線療法は外来通院で可能です。仕事を続けることは十分にできるのですが、治療の現場では、治療の前から『仕事は辞めなきゃいけませんよね』という心構えの声をとてもよく聞きます。実際に、周囲の認識やサポート不足で仕事を継続できないという事実も聞いてきました。彼女たちの本心を聞こうと今回の調査を行いました」

通院61人が職場に所属 ステージⅡが4割

「外来通院中の乳がんサバイバーにおける職業復帰に対する不安」と題した調査は、2013年5月に帝京大学医学部附属病院に外来通院していた乳がん患者さんを対象に行われた。自立した日常生活活動(ADL)のできる20~65歳、精神科疾患の既往歴がない、そして乳がんへの知識を平均化するためにNPO法人が作成したリワークノート(就職支援ツール)を読んでいることを条件とした。

110人にアンケートを依頼し、75人が回答(回収率68%)、うち61人が職場に所属(休職を含む)していた。病期では、Ⅱ期が4割ほどを占めた(図1)。

図1 職場に所属している乳がん患者の背景

質問項目は、在籍している職場や仕事の状況に関して、「身体的不安」「雇用条件」「職場の人との関係」について、それぞれ選択肢を提示し、複数回答可能とした。

8割超が何らかの不安を抱く 一番は身体への負担

図2 職場復帰に対する不安

図3 身体的負担による職場復帰への不安

図4 雇用条件による職場復帰への不安

結果は、仕事を持つ女性のうち、職場復帰に対し、「不安なし」としたのは18%で、82%が何らかの不安を訴えた。不安の内容としては、身体への負担(63.8%)、雇用条件(40.9%)、職場の人間関係(14.8%)の順に多かった(図2)。

「病期ごとに不安について確認しましたが、有意な差はありませんでした。Ⅰ期でもⅣ期でも働けるという乳がんサバイバーの特徴を示したとも言えます」

身体的不安では、「身体を使う仕事」が36%、「人手が足りない」28%、「時間的プレッシャーが高い」16%などが上位だった(図3)。

「腋窩リンパ節の郭清などによって、腕が上がらなくなるという不安を持って手術を受ける方も多いのですが、現在は昔のような拡大手術ではないため、個人差がありますが、ひどい後遺症は多くありません。勿論、重い物を運ぶなどの仕事は難しいかもしれませんが、不安の元にあるのは治療前の仕事量をそのまま続けられるかということにあります」

雇用条件では、「休暇が取りにくい」(26%)、「時間や業務の調整がしにくい」(16%)など治療継続のための通院に対する職場の理解やシステムに対する不安が上位にきた(図4)。

一方、職場の人との関係については、85%が「不安なし」とし、「相談相手がいない」(8%)などが挙がった。

「人間関係で不安の声は少なかったのですが、一概に大丈夫とは捉えていません。
今回の対象者にはいませんでしたが、上司に退職を促されるようなことを言われた患者さんもいたと聞いたこともあります。人間関係は働く意欲に影響することなので、今後も患者さんのお話を傾聴していきたいと思います」

自分の受けている治療を正しく理解する

小野さんに、この調査から分かることを聞いた。

「身体面の不安や体力的な影響を心配する方が多いことが浮き彫りになりました。体がだるくて仕事のペースを落としたいとか、1日の業務時間を短くしたいなどという気持ちがある一方で、その中で能率を上げなければというプレッシャーが大きいようです。雇用条件にも通じてきますが、体を使う重労働なら仕事内容や所属部署を替えてもらうなどの配慮で就労を続けられる可能性もあります」

小野さんは、まず患者さん自身が自分の治療に正しい理解をすることが必要だと話した。

「放射線治療は休職しなければできないと思い込んでいる方もいます。実際は短時間の通院で済ませられます。化学療法も支持療法が進歩して通院で対応できます。『家にいて寝たきりでやせ細ってしまうのでは……』と悩む方もいますが、ご自身の治療について医師や看護師、薬剤師にご相談いただけると良いと思います。乳がんは回復に期待がもてるがんです」

その上で、企業側にも理解を進めてもらう取り組みが必要だとしている。

「頻繁に休むことに引け目を感じて辞めてしまった方もいます。管理職になって、部下や後輩には結婚休暇や育児のための時短勤務を許してきたのに、いざ自分が病気になったら、通院のための数時間の遅刻や仕事量の調整がしにくいという現実にぶつかったという方もいました。1時間遅く出社するとか、1時間早く退社するなどといったことで十分、通院治療に対応できる方もたくさんいます。雇用側には、このような時間調整ができる職場のシステムと雰囲気作りをお願いできればと思いました。医療者側からも冷静に伝えていかなければとも思います」

今後に取り組むべき課題を聞いた。

「我々に何ができるかを考えなければなりません。一人ひとりの社会での状況、家族関係などを考慮して総合的なケアをしていきたいと思います。そして、患者さんの意識も大切です。がんに罹ったとしても、体調が悪くないときに長期間にわたり休むことなど権利だけを主張することは好ましくありません。多くの患者さんたちに、このような状況が起きると、社会のシステムとして成り立たなくなってしまいます。患者さんたちの中でも、モラルが確立できるような策を医療者側も考えていかなければなりません。私たちにとっては、働きたいと感じている乳がんサバイバーが、職場復帰できることが願いです」

「告知後コンサルテーション」の役割

小野智恵美 帝京大学医学部附属病院看護師

「乳がん看護認定看護師」とは

私は、日本看護協会の「乳がん看護認定看護師」です。この制度は、特定の看護分野での熟練した看護技術と知識を使って看護ケアの質の向上を図ることを目的としています。分野は20ほどあり、がん治療関係では「がん化学療法看護」「緩和ケア」などがありますが、がん種別では「乳がん看護」だけです。

患者さんの治療選択の意思決定を助ける

仕事の1つに、「告知後のコンサルテーション」があります。医師が患者さんに乳がんと説明した後に対応を行います。私からは患者さんに医師の説明が適切に伝わっているか、また医師からの説明をどのように捉えたか、など確認しながら治療を行いたい気持ちを支え、治療の選択ができるように努めています。

例えば「浸潤性乳管がん」という言葉がありますが、患者さんがその言葉を初めて耳にしたとき、全身転移や末期がんと間違ってしまうことがあります。患者さんは誤解したままショックを受けることがあり、その後は医師の話が分からなくなってしまったり、治療に対する考えがまとまらなくなったりします。

そこで、医師からの説明を受けた患者さんの誤解や疑問を1つずつ解決できるように対応します。患者さんは誤解や疑問が解決できると、治療に対する思いや考えを語るようになると臨床では感じています。

乳がんの治療は多様化しています。患者さんには医師から提案された治療のメリット、デメリットを丁寧に説明して、治療への道を整理していきます。対応する時間は15分で終わる方、30分お話して「また来週に来ます」という方もいます。

家族、長寿、仕事……大切なのは何ですか?

皆さん、考え方、家庭環境や社会での立場も異なるので、一番大事にしたいことも、家族であったり、長生きすることであったり、仕事であったりと様々です。乳がんの告知後、治療中や治療後の仕事についてとても真剣に悩んでいる方にも、たくさん出会ってきました。

私は、ある患者さんに「初期治療の早い段階で、職場復帰のことについて教えて欲しかった」と言われたことがあります。治療前では、乳がんと告知されたことのショックや治療選択の意思決定など、つらさや心配があるだろうと配慮しすぎて、社会復帰に対する情報を伝えることが遅れてしまうケースもあったと気づきました。

治療中や治療後の日常生活を見据えた支援ができるように、これからも患者さんの声を積極的に傾聴して、意思や希望を尊重していきたいと思います。

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