がんと就労に関係する様々な立場の人たちに向けた、支援ツール(支援ガイドブック)の完成を、24年度までに目指す

がんと就労研究班、「がんと就労」シンポジウムを開催

取材・文●「がんサポート」編集部
(2012年2月)

12_content_0[1]「がんと就労」シンポジウムが1月28日に、東京で開催されました。

このシンポジウムは、平成22年度厚生労働省がん臨床研究事業「働くがん患者と家族に向けた包括的就業支援システムの構築に関する研究」班(班長:高橋 都 独協医科大学公衆衛生学准教授)が主催したもの。

会場では、医療従事者や学者、一般企業の人事労務担当者、患者さんやそのご家族など多数の参加者が集い、活発な意見交換がなされました。

働くがん患者と家族に向けた包括的就業支援システムの構築に関する研究

本事業は、①がん治療を受ける本人と家族の就業実態と情報ニーズ、至適な就業の関連要因を明らかにする②就業環境整備のキーパーソンである人事労務担当者、産業保健担当者、治療担当者の問題意識や支援実態を明らかにし、支援力強化への課題を明らかにする③本人・家族、人事労務担当者、産業保健担当者、治療担当者のそれぞれに向けた支援リソース(教材・教育カリキュラム)を開発、評価、広報する、また、その過程で様々な関係者に開かれた議論のフォーラムをつくることを目的とし、がん患者さんがより自分らしく働いていける環境をつくるために、患者さんや家族、企業、産業保健スタッフなど、関係する様々な立場の人たちに向けた「支援ガイドブック」を、24年度中に完成することを目指しています。

本事業(平成22~24年度の3年間のプロジェクト)2年目の研究成果報告となった今回は、治療を受ける患者さんまたはそのご家族に関する発表と、産業保健スタッフ・臨床スタッフの支援実態についての報告がなされました。

治療を受ける患者さんまたはそのご家族に関する報告

12_content_13[1]研究班班長の高橋 都独協医科大学准教授

まず、江川京子さん(東京医科歯科大学大学院)から「閉経前子宮頸がんの治療と患者の就労問題」に関して調査報告がありました。子宮頸がんの罹患者は、 様々な社会的役割を担う世代でもある20~50歳前後に多く、就労に関しては、術後化学療法や治療後の合併症(倦怠感、リンパ浮腫、排尿障害など)などが 問題になります。

調査によると、治療後の患者さんの64%が倦怠感を認識しており、うつ・不安に対する心理支援や、心身への負担を考慮した就労形態・就業 内容のアドバイスが必要との報告がありました。

高橋さんからは、「乳がん患者と夫の心身適応と就労問題」について報告されました。外来乳がん患者の夫を対象とした調査では、妻の診断から調査までのあいだに、9割近い夫が妻の病気と関連して何らかの心身不調を自覚していました。具体的には、「漠然とした不安・気分の落ち込み」といったものが挙げられ、そのうちの4割はそれら不安などを誰にも相談せず、残りの6割も相談相手は近親者に限定され、職場関係者や担当医・産業医などへ相談する夫は少数にとどまったということです。

また、若く高学歴の夫ほど誰にも相談をしない傾向にありました。相談しなかった理由としては、自分で解決する・相談の必要性を感じないなどが挙げられたそうです。さらに、妻あるいは夫の一方が抑うつ度が高いと、もう一方も 高いという相関関係や、仕事の能率低下まで自覚した夫は少ない、という報告もありました。

本年度より研究班に加わった患者作業部会からは、鈴木信行さん(患医ねっと代表)が、昨年12月から実施している「患者と家族の就労実態インターネット調査」の中間報告をしました。この調査は、がん患者さんが必要とする就労時

の支援ツールを患者視点で開発・展開することを目的としており、がん治療を受ける本人や家族に就労場面で体験したこと、知りたかった情報などを質問しています。発表では、対象者の4割以上が減収になっている状況などが示され、作業部会では、労働者としての権利・制度の知識向上や、好事例の紹介による社会意識の変革を促す必要があると提言しています。

次いで、がんで長期治療を必要とする人の職業生活における困難状況とその要因を、構造的に整理することを目的とする「がんサバイバーの就労問題の障害構造論による分析」が春名由一郎さん((独)高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター)から報告されました。それによると、①診断後の5~10年間、通院・服薬の継続による副作用による体調変動や再発・入院の可能性により職場での業務スケジュール調整、安全配慮、就業継続等の職業的問題に直面している②効果的支援と考えられる保健医療と企業の経営・雇用管理の取組、 本人の疾患対処能力や職業能力の開発支援等は、必ずしも一般に実施されていない③今後、がんの治療と就労・企業経営の両立のための様々な具体的取組を明確にしつつ、社会的取組と共通理解を促進する必要があると述べています。

成人後も多様な疾患に悩まされ、治療と暮らしの両立に不安を抱え、 長期的なサポートを要する小児がん経験者。丸 光惠さん(東京医科歯科大学院保健衛生学研究科教授)からは、「小児がん治療終了者の看護の現状」の調査報告が示されました。それによると、現時点での長期フォローアップ外来施設の増設や専任看護師配置は難しい状況にある。また、看護師は小児がん終了者の長期的影響について知識はあるものの、セルフケアや心理面、2次がんや性などに関する問題認識は低く、看護実態は十分とはいえない状況が続いていると示しました。そのため、専任看護師の設置とその教育、病棟・外来の連携体制や情報共有、就学・就職に関する長期的・継続的支援などを行うため、さらなる充実が必要であるとしています。

産業保健スタッフ・臨床スタッフの支援実態についての報告

12_content_16[1]活発な議論が行われたシンポジウム

23年度より本事業に加わった産業看護職の見地から、錦戸典子さん(東海大学健康科学部看護学科専任教授)などから「がんと就労に関する産業看護職の支援の実際と課題」と題し、就労するがん患者さんへの産業看護職の支援方法の調査が発表されました。それによると、産業看護職は、がん診断前に健康診断の事後対応、診断時は患者や職場が必要とする支援の把握、業務起因性の検討、作業環境改善への働きかけを行い、休職中には本人への継続的な働きかけ、主治医や産業医と連携して復職に必要な情報を収集、復職前には本人・人事・職場との調整、復職後にはサポート体制の強化や本人へのきめ細やかな支援をとっている、常勤の産業医がいない職場では看護職の役割がより大きくなっている、などの報告がありました。また、支援上の困難点として、外部医療機関や家族など職場外との連携が課題にあるとし、より良い支援を行うために必要な知識・技術の明示、支援ツール開発や連携システムの構築へこれらの調査を活かしていくと結びました。

主治医に関して、田中 完さん(新日本製鐵㈱名古屋製鐵所産業医)から、「がん患者の就労支援に関するがん専門医の意識と医療提供体制の現状に関する調査」が報告されました。これによると、患者さんに対してはもっと主治医・看護師・ソーシャルワーカーに相談してほしいと思っているが、産業医などとの連携が乏しく具体的な連携の実 施や機会を得ていない状況にあると示されました。しかし、がん専門医の多くは支援意識が高く支援に向けた時間的余裕もあると答えており、具体的な支援成功 例を提示することで改善できる可能性があるとしており、同調査グループでは「がん治療に関わる医師向け資料として、「実例に学ぶ―がん患者の就労支援に役 立つ5つのポイント」を研究班WEBサイト上に掲載しています(http://www.cancer-work.jp/wp-content/uploads/2011/10/5point.pdf)。

産業医に関しては、「がんと就労における産業医の視点 ― 日本産業衛生学会専門医・指導医の意識調査」結果が、産業医科大学チームより報告されました。それによると、①産業保健専門家はがん就労者に対して就業継 続のためのサポートを行うことが望ましい②産業保健専門家のなかで、復職ステップに関する考え方は集約されている③専門家向けマニュアルでは、「がんおよび治療による障害」や「そういった障害に対する配慮」に関する情報提供が有用④産業保健を専門としない医師向けマニュアルを作成することで、がん就労者へ 一定レベルの対応が可能となると同時に、関係者内での共通理解醸成の一助となる可能性が考えられる、とまとめています。また、同チームはこのような調査をもとに、産業医への支援ツールとして「産業医向けがん就労支援マニュアル」の作成を目指すそうです。

最後にがん患者の就労全般について総合討論が行われ、参加者からは「産業医の資質向上を進めてほしい」「新規就職の面接では、患者さんは会社にがん既往歴を伝えるべきか悩むよりも、自分に出 来ること、出来ないことを伝えるほうが大事」「産業医・産業看護師のさらなる普及を」といった提言もなされました。高橋さんは「がんと就労の問題は複雑です。患者さんの性別・がん種・病期、新卒・再就職・復職か、雇用形態・職位、事業体の業種・規模、医療・看護スタッフ、家族など文脈は様々です。具体的な 成功例を多く提示することで変化を広めていきたい。問題はどの様に施策に落とし込んでいくかで、今はその夜明け前ではないかと感じている」と結びました。

昨年末に、平成24年度からの5カ年計画である「次期がん対策推進基本法」の骨格が固まりました。その計画の柱となる全体目標には、「がんになっても安心し て暮らせる社会の構築を目指す」とあり、個別施策には「がん患者の就労を含む社会的な問題」が新たに追加され、就労事情の充実を重点課題として掲げていま す。本研究班もこれらと密に連絡を取りながら、現実的・具体的に進めていくそうです。なお、本研究班が開催した過去の勉強会の報告書は、本研究班のホーム ページより入手可能です(http://www.cancer-work.jp/)。

この研究班では、がん患者さんの充実した就労を実現 するため、患者・家族、職場関係者(経営者・上司・人事労務担当者など)、病院関係者(主治医・看護師・医療ソーシャルワーカーなど)、産業保健スタッフ (産業医・産業看護師など)など、がんと就労に関係する様々な立場の人たちに向けた実情に即した効果的な支援ツール(支援ガイドブック)の完成を、来年度までに目指すそうです。がん患者さんが仕事と治療の両立が出来る環境が整うためには、正確な情報を患者・家族・医療従事者・会社が共有し、社会的に取り組むことが必要です。今後も、良子はがん患者さんの就労に関して、追跡取材をしていきたいと思います。