抗がん剤治療中の吐き気と嘔吐は適切な予防で改善できる!
科学ディレクターの
岩瀬哲さん
適切な予防法をとりいれれば、
ほとんどの吐き気と嘔吐はおさえられ、食事もよくとれる
化学療法中の副作用のなかでも、読者の方からの問い合わせが多いのが、吐き気と嘔吐対策に関するものです。
抗がん剤を点滴した翌日がいちばんつらいという方が多く、中には、点滴を始めるとすぐに吐き気をもよおしたり、点滴前に医師の白衣を見ただけで嘔吐してしまう方もあるようです。
「近年、吐き気をおさえる効果的な薬剤が開発されていますが、まだ適切な使い方がされていない例がみられ、吐き気や嘔吐に苦しむ患者さんが後を絶ちません。いったん症状が起こると、その後、制吐療法を行ってもコントロールするのは難しくなります。なによりも、治療前からの予防計画が大切ですね」と、キャンサーネットジャパン科学ディレクターの岩瀬哲さんは話します。
「現在ゴールドスタンダード(世界標準)となっている米国臨床腫瘍学会(ASCO)のガイドラインに基づいたエビデンスレベルの高い制吐法で治療前から予防をすれば、ほとんどの吐き気と嘔吐は実際に改善できるのです。日本ではまだ教科書にも載っていないため、このガイドラインがあまり普及していないのですが、現場の医師にも患者さんにも知っていただき、患者さんのQOLの改善に役立てていただきたいと思います」
年間100人以上の乳がんを中心とする新規の患者さんに抗がん剤治療を行っている岩瀬さんは、吐き気・嘔吐の適切な予防法を同時に実施しているため、点滴中からもどしてしまうようなケースは皆無だとか。
「点滴の翌日は気分がすぐれないという方でも、食事がまったくとれない、という方はありませんし、逆に太ってしまう方もいるほどです」(岩瀬さん・以下同)
米国臨床腫瘍学会(ASCO)の「ガイドライン」では
5-HT3受容体拮抗剤とステロイド剤の併用を推奨
では、「ASCOのガイドライン」とはどんな内容なのでしょうか。
「アメリカでは1999年に米国腫瘍臨床学会(ASCO)によって、吐き気や嘔吐を予防する制吐療法ガイドラインが作成され、近年開発された制吐剤の5-HT3(セロトニン)受容体拮抗剤を主体とした薬剤を、抗がん剤投与前から計画的に使うことが推奨されています。この方法を応用すると、吐き気や嘔吐が高頻度で起こる抗がん剤でも、多くの場合改善することが可能です」
このガイドラインは、アメリカの臨床腫瘍学、放射線腫瘍学、小児腫瘍学、腫瘍看護学などの臨床専門医をはじめ、薬学等の専門家、統計学者などで構成された委員会が情報を収集し、*無作為化比較試験のデータ300件を検討した結果、多くの患者さんに効果があると認められたエビデンスのある方法として、作成したもの。2001年には、一般に使いやすいように改定されています。
嘔吐には、抗がん剤投与後24時間以内に現れる急性嘔吐と、それ以降に現れる遅延性嘔吐、そのほか、抗がん剤を連想させるものを見ただけで現れる心因性の予期性嘔吐などがあります。
抗がん剤治療への注意
アルコールを飲まない
化学療法中は、解毒作用をもつ肝臓に負担がかかります。肝臓で代謝されるアルコールを飲むと、肝臓の負担がさらに重くなりますから、治療が終了するまで、しばらく禁酒を。
夜更かしをしない
からだのコンディションが悪いと副作用も強く現れがち。早寝して体力を温存します。
風邪を予防する
抗がん剤治療中は、風邪をはじめとする感染症にかかりやすいもの。なるべく人ごみを避け、うがい、手洗いを励行して、ウイルスの進入を防ぎましょう。
5-HT3受容体拮抗剤は、神経伝達物質のセロトニンと結合し、脳の嘔吐中枢への刺激を遮断して嘔吐を防ぐ薬剤で、特に急性嘔吐に効果があるとされています。
「5-HT3拮抗剤は、グラニセトロン(商品名カイトリル)、オンダンセトロン(商品名ゾフラン)、ラモセトロン(商品名ナゼア)など、数社から発売されていますが、作用はほぼ同じです。これらの薬剤を使うと、高頻度で嘔吐を起こすブリプラチン(もしくはランダ、一般名シスプラチン)で急性嘔吐の70パーセント、エンドキサン(一般名シクロフォスファミド)で85パーセントが完全に抑制できるといわれています。さらに、作用のメカニズムが違うステロイド剤のデキサメタゾン(商品名デカドロン)を併用することで、急性および遅延性嘔吐を防止する効果がより高まるため、両者を併用する方法が推奨されています」
ステロイドがなぜ吐き気や嘔吐に効果があるのか、そのメカニズムはまだよくわかっていません。
「一般に、作用機序(メカニズム)に関心がもたれがちですが、多くの患者さんに効果がみられたという統計的なエビデンスがあるかどうかが重要なポイントです」
*無作為化比較試験=既存の標準的な治療法と新しい治療法を比較して効果の優劣を調べる臨床試験
吐き気対策体験談
吐き気はなく倦怠感のほうが強かった
神奈川県・松井裕子さん(50歳・仮名)
乳房温存療法で乳がんの手術をした後、私はホモルン療法が効かないタイプと言われ、CEFを6クール投与することになりました。初めての抗がん剤治療の日、主治医から、抗がん剤の投与の前に吐き気止めの点滴をするという説明がありました。途中で気分が悪くなったら嫌だな、とちょっとドキドキしました。でも実際は、何の苦もなく治療を終えました。気分転換になると思い旅行雑誌を持参し、神戸牛のステーキがおいしそう、海鮮丼を食べに行きたい、などと思っているうちに終了してしまったのです。ミステリーを読んだりするのも、気がまぎれていいかも。翌日も吐気や食欲不振はありませんでしたが、体がだるく、腰や腕も痛くて動く気持ちになれません。「投与後3日間ぐらいは、あまり無理をしないで」という主治医の言葉に従い、家でごろごろしていました。
4クール終わったとき、白血球が2600になり、「再検査しても3000を超えなかったら休薬しましょう」と言われましたが、再検査では3000を超えたので6クールをやりとげることができました。
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