日本初の小児ホスピス「海のみえる森」。多くの人に知ってもらい、支援の力へ!
病気の子どもと家族が心と体を休められる施設を!

取材・文:町口 充
発行:2012年7月
更新:2013年4月

  
甲斐裕美さん
「海のみえる森」広報・
ファンドレイジング担当理事の
甲斐裕美さん

がんや難病などの重い病気にかかり、病院での生活を余儀なくされている子どもたち。一方、在宅での治療を選んだ家庭の負担も大きなものがあります。このような病気の子どもたちが生きいきと過ごせたり、家族が安心して子どもを預け、心身を休ませることのできる、「もう1つの家=子どものホスピス」をつくる動きが進んでいます。

大磯に実現した「海のみえる森」

21,111㎡の広大な敷地にある海のみえる森の事務所

21,111㎡の広大な敷地にある海のみえる森の事務所。もとからあった古い家屋を利用している

日本で初めてというハウス型の子どものホスピス「海のみえる森」が、来年春のオープンをめざして準備中だ。場所は神奈川県大磯町。2万1111㎡もの広大な敷地に建物が点在する、自然に囲まれた小児ホスピスだ。現在は、体験宿泊などが行われている。

「ホスピスと聞くと、末期がんなどにより最期を迎えるための施設と考えられがちですが、私たちが始めようとしている小児ホスピスは、病気や障害をもった子どもやその家族が、安心して心と体を休め、元気を取り戻すためのレスパイト(一時預かり、および一時的休息の意味)施設です」

こう話すのは、「海のみえる森」広報・ファンドレイジング担当理事の甲斐裕美さんだ。

「子どもたちを、本来子どもたちが育つべき家庭や地域に帰していくのが社会の役割。そのために、子どもたちや家族を支える仕組みをつくる必要があり、その1つが小児ホスピスです。イギリスでは1989年に小児ホスピスが開設され、ヨーロッパのほかの国や、カナダ、オーストラリアなどに広がっていますが、それに比べると10年以上遅れているのが日本。がんや難病の子どもとその家族に休息の場を提供し、自宅での生活を支える施設は日本ではまだ存在していないのが現状です」

ホスピスは命を大切に生きる場所

甲斐さんは20代のころ、ホスピスでのボランティアを始めた。そこで実感したのは、「ホスピスは死んでいく場所ではない。誰よりも命を大切に生きている人たちがいる場所だ」ということ。

そして、多くの子どもたちに、ホスピスのことや、懸命に生きることの大切さを伝えようと、小中学生を対象とした「いのちの授業」を始めた。

これは、すでに全国で2600回以上行われている。そのなかで耳にしたのが、「がんや難病の子どもたちが休息する一時預かりの場所がない」ということだった。

「医療技術は非常に発達していて、以前なら救えなかった命が救えるようになりました。その半面、医療機器によって生存する子どもたちの数も増えていて、そういう子どもたちがNICU(新生児集中治療室)やPICU(小児集中治療室)から出ることができずにいます。小児がんの子どもにしても、家に帰っても大丈夫なのに、病院から出ることができない。どうしてかというと訪問看護ステーションが圧倒的に足りないので、家に帰ったらご両親の負担があまりに大きくなるからです」

つくりたいのは病院ではなく、家

亡くなった甲斐さんの義父は、海が見渡せる大磯に、山1つ分の土地と建物を残していた。甲斐さんは夫や家族とも話し合い、その土地と建物を提供して日本初の小児ホスピスを開設することを提案した。

森に覆われた土地に、築40~100年の古い家屋。一緒に活動する医師たちと、現地を見て回ったときには、「ここではちょっと無理かな」という戸惑いの声があがったのも事実。

しかし、「海のみえる森」の代表理事・小児科医の細谷亮太さん(聖路加国際病院副院長)の次の言葉に、みんなは大きくうなずいた。

「ぼくたちがつくりたいのは病院ではなく、家なんだよ。病院から帰ってきた子どもたちや、お母さんがちょっと休みたいときのための”もう1つのわが家”をつくるんだから、古い建物だっていいんだ。自然がいっぱいあったほうがいいんだ」

国主導でなく自分たちの目指すものを

敷地内につくられたツリーハウス

敷地内につくられたツリーハウス。森のなかならではの風を感じることができる

正式なオープンを前に、2年前から体験宿泊というかたちで子どもたちを受け入れている。

がんの子どもたち10人が1泊2日の予定で訪れたときのこと。流しソーメンをしたり、ツリーハウスで遊んだり、海が近いので地引き網もした。骨のがんで足が不自由な子もいた。彼は、木登りにチャレンジし、1番高いところにあるツリーハウスまで登ったら、よほど気に入ったのか、なかなか降りてこない。そしてこう聞いてきたのだ。

「木登りのインストラクターって、お給料いくらなの?」

その子は、木の上で新しい希望と出合えたのだろう。

当初、受け入れるのは子どもだけの予定だった。モデルとしていたイギリスの小児ホスピスでもそうだったからだ。ところが、体験宿泊にはほとんどの場合、家族も一緒に訪れる。

「なぜかなと思ったら、日本の場合、病気のお子さんをもつご家庭では、家族で旅行する経験がほとんどないのですね。もともとは、この施設でお子さんを一時的に預り、親ごさんにはご自宅で心と体を休めてもらおうとスタートしましたが、家族みんなが休むための場所も求められていることがよくわかりました。お母さん方はこの施設にきて、よくお昼寝をなさるんですよ。普段は、お昼寝も安心してできない生活なのですよ」

大変なのは、建設費や運営費の工面。だが、国や自治体に頼らず、チャリティでまかなう方針で、各方面に支援を呼びかけている。

「国などの行政に訴えたいのは、小児も診る訪問診療や地域医療の充実。小児ホスピスづくりのような社会事業の部分は、隣のおばさんの”お節介”みたいに、地域と協力しながら私たちの手でやっていきたい」

小児ホスピスを国主導で行えば、予め決められた制度の範囲内での実践になる。支援を必要とする子どもや家族のニーズに柔軟に対応できない事態も起こりうる。「困っている人たちが何を求めているかをより知っている自分たちがまず道を切り開きたい。だからこそ多くの人の支援を」と甲斐さんは訴える。

ボランティアスタッフや地域のサポーターや子どもたちが協力

体験宿泊はすでに何回も受け入れている。ボランティアスタッフや地域のサポーターや子どもたちが協力して、一緒に地曳網や木登りなどを体験する。家族で泊まることもできる部屋もあり、くつろげる空間だ

一緒に地曳網や木登りなどを体験する
家族で泊まることもできる部屋もあり、くつろげる空間だ

子どもには決める権利がある

もう1つ、甲斐さんが「欧米より10年遅れている問題」として訴えていることがある。それは病気の子どもの権利の問題だ。

「状態の安定した子どもが退院したい、家に帰りたいと訴えても、日本の場合は親に判断が委ねられています。親が『いや、病院で様子をみさせてください』と言えば、子どもの意見は聞き入れられません」

治療にしても同様で、「ぼくはご飯を口から食べたいんだ」といくら訴えても、親が「チューブで」と言えばそうなります。

甲斐さんによれば、アメリカなどでは、病院にもよるものの、8歳とか遅くとも10歳ぐらいになれば、「ぼくはチューブでご飯を食べたくありません」と自分で決めることができるという。

「ところが日本では、基本的には親が決めます。でもとくにがんの場合、残りの時間がある程度わかってきたら、どのように生きたいかは子どもに選択する権利があるのではないでしょうか。もちろん、子どもに判断を委ねるのには、十分な説明が必要であり、実践には難しい面もあると思います。それでも、子どもの気持ちを尊重し、実現できるよう親を支えるのが、社会というもの。社会全体で考えるべき問題だと思います」

医療の主人公が患者であるなら、子どもこそ、その中心にいるべきなのでしょう。


海のみえる森 事務局

所在地:〒255-0004 神奈川県中郡大磯町東小磯563番地
TEL: 0463-60-3888 (代)
ホームページ: http://www.umimori.org/

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