喉頭摘出者が話せるようになる「気管食道シャント術」を広める患者会の活動
失われた声を取り戻す「シャント法」もっと普及を! 公的援助の拡大を!
悠声会を立ち上げた幹事の
土田義男さん
喉頭がんや下咽頭がんなどの手術で喉頭を摘出すると、声帯が失われ声が出なくなります。声を取り戻す方法の1つが「気管食道シャント法」。しかし、日本ではまだ知らない人が多く、また、日々の手入れに一定額の費用もかかることから、患者団体はシャント発声法の普及とともに国や自治体の経済的支援を訴えています。
欧米ではシャント法が主流だが
喉頭がんや下咽頭がん、食道がんなどの手術で喉頭を摘出すると、声帯が失われます。同時に、喉元に「永久気管孔」という孔をあけて新しい空気の通り道をつくるため、呼気も口まで届かなくなり、声を出せなくなります。
失われた声を回復する方法として、最近、普及が進んでいるのが、「気管食道シャント法」です。気管と食道を「ヴォイスプロテーゼ」と呼ばれるシリコン製の短いチューブでつないで連絡路(シャント)を作ります。そして、ここを通して息を食道内に引き込み、食道の粘膜を震わせて声を出す仕組みです。少しの訓練で、より自然な会話ができるようになります。
欧米では多くの人がこのシャント法で声を取り戻していますが、日本では5%程度の人にしか普及していません。そこで、声を取り戻せずにいる方にシャント法を知ってもらうための活動をしているのが、喉頭がん、下咽頭がんなどの手術で、喉頭を摘出した患者さんが集う特定非営利活動(NPO)法人「悠声会」です。
ロンドンで知った発声法「一体これは、何?」
同会の会長で東京・町田市に住む土田義男さん(75歳)は、9年前に下咽頭がんのため喉頭摘出手術を受け、声を失いました。
ある患者会に入って教わったのが「食道発声」という方法でした。喉頭摘出者の代用音声として日本で多く採用されているのが、この方法。口から空気を飲み込んで胃にたくわえ、ゲップと同じ要領で吐き出して発声します。
「私は早いほうで、7カ月で上級に達するまでになりました。仲間うちでは『上手になったね』とほめられても、世間ではまるで通用せず、満足な会話はできなかったのです」
失意のなかにあるとき、患者会の海外研修旅行でロンドンに行く機会がありました。
「ロンドンで、同じ喉頭全摘患者とお会いしましたが、みなさん上手にしゃべっている。聞くとシャント法で発声しているというのですが、はてこれは、一体何だろうと思いました」
つけた翌日から会話ができた
帰国後、さっそくシャント法についてインターネットで調べた土田さん。日本でこの方法に取り組んでいる医師を探し出し、訪ねていきました。
ヨーロッパで主に採用され、日本でも使われているヴォイスプロテーゼは、「プロヴォックス」という商品名の機器です。
プロヴォックスは、気管と食道の間に設けた小さな孔にセットするシリコン製のチューブです。これによって、気管から食道につながる空気の通り道ができ、この状態でのど元に開いている気管孔を塞いでしゃべれば、肺からの空気が食道粘膜を振動させ、口から声となって出てきます。
「プロヴォックスをつけたら、翌日から会話ができるようになりました。食道発声だと『こんにちは』といえれば上等でした。でも、シャント法なら『こんにちは。私は土田義男と申します。どうぞよろしく』と、楽に一息でいえます。人とおしゃべりができるようになったのが何より嬉しいし、カラオケも楽しめます」
器具の交換が欠かせず費用は月2万円
プロヴォックスを装着する手術は保険が適用されていて、入院費も含め3割負担で13万円前後。高額療養費制度でさらに安く抑えられます。
問題は日々の手入れが欠かせず、そのための費用がかかること。
プロヴォックス自体は3カ月に1回程度の交換が必要で、保険が適用されるものの交換費用は1万2千円ほど。定期的に交換が必要な肺や気管を保護する人工鼻HMEの購入費は保険適用にならず、全額自己負担で毎月2万円前後かかります。
そこで、土田さんらが取り組みを始めたのは、自治体による経済的支援の実現です。
土田さんら喉頭摘出者は、音声言語に障害がある身体障害者に認定されて障害者手帳の交付を受けています。障害者に対しては「日常生活用具給付制度」があり、これは障害者が日常をすごすのに必要な機器の購入を公費で助成する制度。各市区町村の決定により支給されます。
「何とかこれらを公費助成の対象にしてもらえないか」という訴えを、東京・世田谷区選出の区議会議員が議会で取り上げてくれました。その結果、世田谷区では2010年度から交換に必要な器具の一部が障害者の日常生活用具として認められ、費用は所得に応じて無料または1~3割負担で済むことになりました。
土田さんらは各自治体に陳情を繰り返し、2011年度からは東京・町田市と八王子市、2012年度からは横浜市と東京・豊島区そして福岡県行橋市で日常生活用具の認定を受けることができるようになりました。
情報は医療者から知らせてほしかった
もう1つ、土田さんらが積極的に取り組んでいるのが、シャント法を多くの人に広める活動。
「シャント法の存在を知らずに、今も発声できず困っている方がいるのではないか。喉頭を取ったら声が出なくなるからと手術を拒み、そのため命を落としている方がいるのではないのか」
土田さんはひとりでも多くの方にシャント法を知っていただけることを待ち望んでいます。
ロンドンでシャント法に初めて出合い、帰国後、病院関係者に尋ねたときの経験が、土田さんは今も忘れられません。
「聞くと、主治医も言語聴覚士も、みなシャント法を知っていました。知っていても自分の施設では扱えないからと教えてくれていなかったのです」
確かに、以前は装着していた器具の安全性に解決すべき点があり、飲食物、唾液が食道から漏れて気管に入り、肺炎を起こすこともあったりしたそうです。しかし、今は機器自体が改良され、安全性が向上したとともに、声を取り戻す画期的な手法として、シャント法はもっと認知されるべきなのです。病院の医療従事者は知り得た情報を隠すことなく、きちんと患者に伝えるべきだ、と土田さんは熱く語ります。
国に対しても訴えていることがあります。
現在、ヴォイスプロテーゼにはプロヴォックスという製品が使われ、価格は4万2千円です。ところが、保険点数は12年前に使われていたブロムシンガーという製品価額1万700円をもとに設定されており、低いままになっているのです。
日本ではもう存在しないプロムシンガーの価額でプロヴォックスを患者さんに提供する際には、差額を病院側が負担するしかありません。このため、シャント法の普及に二の足を踏む病院も少なくないといいます。
実情に合わせた保険点数に変更し、患者負担を減らすようにすれば、声を出す喜びをさらにたくさんの人に広げることができ、本当の社会復帰を果たして、その成果として納税者となることもできます。土田さんらは厚生労働省への陳情に力を入れています。