「もっと知って欲しい」パープルリボンに込めたすい臓がん撲滅の願い
健診で問いかけよう!「私のすい臓は大丈夫でしょうか」
NPO法人パンキャンジャパン理事の
眞島喜幸さん
がん治療が進化を遂げるなかで、今一つその兆しが見えにくいのがすい臓がんだ。他のがんに比べるとサバイバー(生存者)も少なく、これまでは患者側からの声が上がることもあまりなかった。そんな中で2006年、日本では数少ないすい臓がん患者支援団体であるNPО法人、パンキャンジャパンが誕生した。
2万3366人――。2006年のすい臓がん死亡者の数だ。肺、胃、肝臓、結腸に続いてワースト5位に位置づけられ、現在もその数は増加を続けている。にもかかわらず他のがんに比べると、患者や家族支援の活動は広がりを欠いていた。眞島さんはそのこと自体がすい臓がんの難しさを物語っていると話す。
少ないすい臓がんの患者会
「発見時にはすでにがんが転移していて、手術できないケースが8割といわれています。すい臓がんによる死亡者が多いのに、早期発見の方法も、また根治療法もいまだに確立されていません。すい臓は胃の裏側奥深くにあり、症状があっても特定しづらいため発見が遅れることが多く、予後は悪くなります。他のがんに比べるとサバイバーも限られています。そのため患者の声が集約される機会はほとんどありませんでした」
眞島さんがすい臓がん患者や家族の支援活動に取り組み始めたのは、そうした閉塞状況を少しでも打開できればと考えたことによる。契機は2006年4月、すい臓がんで他界した実妹の闘病サポート体験だった。
「当時はすい臓がんの治療選択肢は極めて限られていました。適用される治療薬もジェムザール(一般名ゲムシタビン)くらい。しかしそれさえも、どこの病院でも投与してもらえる状況ではありませんでした。すい臓がんに対する知識は、患者だけでなく、医療者にすら行き渡っていなかったのです。
また、米国ではすでにタルセバ(一般名エルロチニブ)が使われていましたが、日本では未承認でした。タルセバの適応はいまでも肺がんに限られていますが、その当時、個人輸入でも入手が難しく、そうこうしている間に妹は命を落としてしまいました。治療情報を収集する過程で、日本ではすい臓がんの患者活動がほとんどないこともわかりました。他のがん治療が飛躍的に進歩しているなかで、すい臓がんだけが大きく取り残されていることを痛感するとともに、患者とその家族がどれほど過酷な状況にあるかを身を持って知りました。同じ痛みを持つ方々の少しでも力になれればと、支援活動への取り組みを決意したのです」
そうして眞島さんはそれまで携わっていた経営コンサルタントの職を投げ打って支援活動に専念すべく、米国へ向かった。
米国にあるすい臓がん患者会PanCan(Pancreatic Cancer Action Network:パンキャン)は、1999年に設立された団体だ。患者会であるとともに、著名な臨床医たちを会の諮問委員に迎え、すい臓がん研究や専門医の助成に力を入れている。眞島さんはパンキャンに日本支部を作りたいと申し出て、2006年、承認に至った。そしてパンキャンジャパンの患者支援活動がスタートした。
我が国有数のがんセンターや大学病院のすい臓がん専門医や研究者から賛同を得て、パンキャンの活動を進める一方で、現在に至るまでにボランティアスタッフも7名に増加した。全国でセミナーや勉強会を開催しているほか、2008年からは患者や家族を対象とした電話相談や、「『専門医に聞く』メール相談」にも応じている。
電話相談は、毎週水・木・金曜日の14~17時まで受けている。眞島さんは受話器から伝えられる患者の言葉に息をつまらせることもしばしばだという。
「薬剤耐性が生じて抗がん剤が効かなくなった、どうすればいいのか、と聞かれると言葉をなくします。日本では今も治療薬の選択肢が極端に限られています」と、眞島さんは指摘する。
同会では、毎月2回、すい臓がんについての定例勉強会を行っている。
「自分が受ける治療が何か、わからないことはつらい。少し知識があれば、医師に質問もできます。すい臓がん、抗がん剤治療とセルフケアなど、自分の病気を知ることは、希望を持つことに繋がります」
すい臓がん患者さんとの時間はとても貴重。患者さんによっては「次回」はないかもしれない。
「『今回の勉強会がうまくいかなかったから、次回は上手にやろう』というわけには決していきません。『一期一会』であることを胸に刻み、その日に、情報をすべて持って帰っていただくようにしています」
「膵がんチェックしてますか?」
「すい臓がんを撲滅する」ために、同会ではさらに今、新たな活動にも着手している。2009年3月に、同会が主催した、すい臓がん啓発医療セミナー「パープルリボンキャンペーン2009」は、これからの同会の活動を象徴するものとなった。奇しくもこの会は、すい臓がん患者でドラッグ・ラグ(国によって薬の承認時期がずれることで、使用開始時期に差が生まれること)の解消に力を注いだ故・新山義昭さんの郷里、広島で行われた。
「発症、進行プロセスが解明されるなか、遠隔転移したがんに対して、いまだに効果的な治療法が確立されていないすい臓がんでは、いかに早期に対処するかが、予後を左右します。そこで、『膵がんチェックしてますか』をキャッチフレーズに、早期発見、早期診断、早期治療の重要性を訴えることにしました。そのためにはまず、一般の人にすい臓がんについて知ってもらわなければなりません。すい臓がんのシンボルカラー、パープルを使い、パープルリボンキャンペーンと名打って啓蒙活動を展開することにしたのです」
すい臓という臓器自体が一般の人には、あまり認知されていないことに加えて、すい臓がんの場合は、前立腺がんのPSA(前立腺特異抗原)検査のような早期発見の指標となるマーカーも存在せず、早期発見は困難なことこのうえない。
また家族性がんの可能性がある場合とともに、すい臓内に主膵管拡張、膵嚢胞などが画像診断で認められる場合は、ハイリスクグループと考えられる。そうしたケースではとくに注意が必要だが、多くの人たちは自らが抱えるリスクについて理解するすべがない。
その結果、すい臓がんは今も乳がんや肺がんとは違って、いわば他人ごとの病気としてしか捉えられていない。だからこそ多くの人たちに理解を求める必要があると眞島さんは訴える。
「すい臓は臓器そのものが小さいうえに、人によっては画像検査でも捉えづらい。そこで健診の際にひと言、『私のすい臓は大丈夫でしょうか』と問いかけてもらいたいのです。それだけで発見時に大半のがんが転移しているという状況が、少しでも改善されるように思います」
グローバル化する患者活動
このように眞島さんによって、日本では初めての取り組みであるすい臓がん患者、家族の支援活動は徐々に、軌道に乗り始めている。もっともアメリカの患者会を母体にしていることからも推測されるように、眞島さんたちの活動は、国内に限って活動してきた従来の患者会とは性質を異にしている一面がある。「活動のグローバル化がより緊密な情報交流も実現すると考えています」と眞島さんはいう。
がん治療先進国の米国でも、すい臓がんの患者会活動は立ち遅れている。「がん=政治」という考えがさかんである米国では、主張をもつ個人・団体が、政府の政策に影響を及ぼすことを目的に行う私的な政治活動「ロビー活動」が活発だ。声を上げなければ、予算を獲得できない。米国ではそうして得た資金が研究支援に用いられている。米国国立がん研究所(NCI)の2007年度予算は約48億ドル。そのうち乳がんの研究予算は約5億7200万ドルであるのに比べて、すい臓がんは約7330万ドルとケタ違いだ。
「ロビー活動」のような政府への要望を重要としながらも、眞島さんは、ひたすら要求するのではなく、三位一体となった政府・企業・患者の協働が大切であると話す。
「従来の患者会活動のパターンとして、患者が政府や企業と対立する図式がイメージされているのではないでしょうか。私はそれは違うと思っています。敵はがんという病気で、それは政府も企業も同じです。この共通の敵を打破するために、互いにスクラムを組んで、活動を広げたいと思っています」
当然ながら、そのためには患者が政府や企業にも拮抗できるパワーを持つ必要がある。眞島さんは全国で、セミナーや勉強会を重ねながら、草の根を広げるように理解者の輪を拡大することで患者活動のパワーを強化したいという。
今、自らの活動について、眞島さんは「現在は基盤づくりの段階」という。その基盤づくりが終わったとき、日本にも新たな形の患者活動がしっかりとした根を張っているに違いない。
あの日、妹のために、ジェムザールを投与してくれる病院を必死に探した。今、1人でも多くの患者さんにすい臓がんについての情報を届けること、それが妹への供養だと、眞島さんは歩みを進める。
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