「愛と希望」そしてより多くの情報を世界のがん患者に

取材・文:常蔭純一
発行:2007年1月
更新:2013年4月

  

遅れている日本のがん患者をめぐる状況

写真:ヘンリ・ジマンドさん

「Anda’s Spirit」代表、事業家のヘンリ・ジマンドさん

――まず、今回の来日の目的から教えてください。

ヘンリ 私は全世界で「希望と愛」を伝えることで、がん患者やHIV患者の支援活動を進めています。その一環として、日本のがん患者がどのような状況に置かれているかをリサーチしたいと考えました。

――すでにいろいろな方たちからお話を聞かれていることと思います。日本のがん患者をめぐる状況についてどうお考えですか。

ヘンリ 率直にいって、日本ではがんという病気についての認識が少々遅れているのではないかと感じています。たとえば「がんの子供を守る会」という組織の人たちからは、日本では小児がんが伝染すると思っている人たちがいるということも聞きましたし、がん患者の中には自分ががんであることを隠したいと考えている人も少なくないようです。
またがん患者さんの中には、自分ががんになったことに対して「罰を受けている」と、捉えている人もいるようです。そうした誤った認識の修正に寄与することができればと思っています。がんは誰にでも起こりうることで、隠すようなことでもなければ、罰を受けているわけでもありません。がん患者さんには勇気を持ってポジティブに病気と闘っていただきたいと願っています。

――そうした生き方を実践するうえで、乳がんでなくなられたアンダさんのがんとの闘いを知ることは、大きなプラスになりそうですね。

ヘンリ 私の妻、アンダはがんが見つかった後も、常に希望を失わず、前向きに自分の生きたいように人生を組み立て続けていました。そうした生き方があったからこそ、発病後6年間も充実した人生を送れたのだと思っています。アンダの闘病についての記録をネット上で公開しているのは、がんになっても気持ちを前向きに保つことで、ハッピーな人生を送れるということを1人でも多くの人に理解していただきたいからです。

ポジティブで自分らしい人生

写真:1983年結婚

1983年、ヘンリさんとアンダさんは結婚

写真:アンダさん

97年に乳がんの診断を受ける。ここからアンダさんとヘンリさんのがんとの闘いが始まる

03年に乳がんで他界したアンダさんは1954年ルーマニアで生まれている。その後、ドイツのデュッセルドルフで学業を修めた後にファッションスタイリストとして活躍。83年にヘンリさんと結婚している。乳がんが見つかったのは97年。その1年後に再発。さらに肝臓や全身への転移に苦しめられる。

しかし、そうして病魔と闘いながらも、アンダさんはそれまでと同じように家族や友人たちと接し、ヘンリさんや子どもたちとともに世界各国への旅行にも出かけるなど、ポジティブで自分らしい人生を送り続けている。ホームページ「Anda’s Spirit」には、そうしたアンダさんの生き方が多面的に紹介されている。

――アンダさんのがんとの闘いについて教えてください。最初にがんが見つかったときには、やはり、ショックを感じられたのではないかと思うのですが。

ヘンリ たしかに最初にがんが見つかったとき、アンダもそして私も混乱しました。しかし、すぐに立ち直り、ポジティブに問題を捉えることができるようになりました。この問題も他の問題と同じように、多くの情報を集めて、最善の対策を講じることで、必ず解決できると考えられるようになったのです。
そうした私たちのがんという病気への向き合い方はずっと変わることがありませんでした。だからこそ、がんになってもそれまでと同じように生活を楽しみ続けることができたのだと思います。

こどもたちの前で頭を剃りあげた

写真:ヘンリさんとともにアンダさんの闘病を支えた4人の息子たち

ヘンリさんとともにアンダさんの闘病を支えた4人の息子たち

――ホームページを拝見すると、発病のショックから立ち直ったアンダさんの4人のお子さんへの気遣いも伝わってきます。

ヘンリ そうですね。たとえば1年後、再発したときには抗がん剤による治療で髪が抜けることがわかっていました。そこで、長く美しかった髪を子どもたちの前で切り落とし、頭を剃り上げました。これは子どもたちにショックを与えないためのアンダならではの配慮によるものです。病気になったけれど、私たちはまったく変わらない、これまでと同じように暮らしていけるということの意思表示でもあったわけです。

――同じころに医師から緊急の治療が必要といわれているのに、長男の成人を祝って1カ月にも渡る旅行に出かけられていますね。

ヘンリ それも同じ理由によるものですね。アンダはとても独立心の旺盛な女性で、病気になっても自分らしい生活を続けたいと願い続け、実際にそのとおりに生き続けました。そのときの海外旅行では、ダイビングも楽しんでいるんです。
そうして不思議なことに体力的にはかなりハードな旅行だったにもかかわらず、帰国後、検査を受けると、腫瘍マーカーなどの検査値は、旅行に出かける前とまったく変わりませんでした。私には、このことは彼女の心の強さを物語っているように思えてなりません。心を楽しく前向きに保つことによって、症状の悪化が抑えられたのではないでしょうか。

――よくいわれることですが、とくにがんという病気では、心の持ちようが症状変化に大きく影響するということですね。

ヘンリ そのとおりです。アンダの闘病をサポートした経験から、私はがんが見つかった後、それからどうなるかは、50パーセントは心のありようにかかっているのではないかとも思っています。がんになったからとメソメソしていては、1年もたたないうちに病気に負けてしまうのではないでしょうか。アンダが6年間も命を永らえることができたのも、彼女が強く前向きな心を保ち続けた結果だと思っています。

お金はなくても心豊かになれる

写真:亡くなる直前のアンダさん

2003年、亡くなる直前のアンダさん。最期まで笑顔を絶やさなかった

ヘンリ もっともアンダのように生きるためには、周囲の環境という条件が満たされる必要もあるでしょう。より具体的にいえば、家族や友人たちの理解、サポートということです。アンダが自分の生き方を貫くことができたのも、アンダ自身が私たち家族を含めて、周囲の人たちに愛され続けたからだと思っています。

――ヘンリさん自身はアンダさんの病気をどう受け止められましたか。そして、実際にどのようにアンダさんをサポートされたのでしょうか。

ヘンリ 最初にがんが見つかったときには私もショックを受けました。しかし、すぐに立ち直り、どこの病院でどんな治療を受ければ病気を治すことができるのか、前向きに現実的に考えることができるようになりました。
また、精神面でアンダをサポートするためにそれまで手がけていたいくつかのビジネスを売却し、時間的な余裕をつくるようにもしました。私自身がいつでもアンダのそばにいて、彼女を支える気持ちでいることを彼女に理解してもらいたかったのです。そうして私たちは実際に、それまでにも増して2人の生活、子どもたちや友人との生活を楽しみました。

――アンダさんの闘病生活でトラブルはなかったのですか。

ヘンリ がんが肝臓からさらに脳や骨など、全身に転移したときには、過酷な状況が訪れました。そのときにはアンダはアメリカのメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターで、放射線治療を受けていますが、治療後は消耗し、しばらくは自分で歩くことができませんでした。車椅子で移動する彼女の姿を見て、子どもたちはやはりショックを受けていたようです。また、自分で食事を取ることもできず、私が介助しなければなりませんでした。そのときにはアンダも落ち込みました。しかし2、3週間もすると、元の活発なアンダに戻ってくれました。本当に彼女の心の強さには驚かされたものでした。
1つ付け加えたいのは、そうした生き方はあくまでも心の問題であるということです。
なかには、私たちが経済的に恵まれているからこそ、がんになっても自分たちの生活を営み続けることができたと考える人がいるかもしれません。しかし、お金がなくても心を前向きに保つことはできるし、人にやさしくすることもできます。逆に経済的に恵まれていても、がんになったことの落ち込みから立ち直れない人もいる。何よりも大切なことは自分自身で心のありようをどう立て直していくか、ということです。

効率が悪いがん患者の支援活動

「Anda’s Spirit」を通して、世界各国でがん患者やHIV患者を支援しているヘンリさんは、当然のこととして、がん患者をめぐる現在の状況に問題意識を持ち続けている。1人の活動家として現在の状況をどう捉えているのだろうか。

――アンダさんをがんで亡くしてから、ヘンリさんはがん患者支援のために、世界各国を訪ねておられます。そうした活動を通して現在のがん患者をめぐる環境で、どんな問題があると考えておられますか。

ヘンリ 日本に限らず世界各国でさまざまながん患者の支援組織があり、それぞれに活動を続けています。問題はそうした組織がバラバラに活動していることです。もちろん、個々の組織によって主旨や活動方針に差異があると思います。しかし、そうして組織間にまとまりがないために、支援活動の効率は非常に低下しているのではないかと思います。
私個人の実感でいえば、そのために支援に用いられる資金の90パーセントが無駄になっているのではないかとも思えるほどです。効率的に支援を進めるためには、支援組織を統括する機関が必要なように思えてなりません。

――がん治療に関してはどうでしょう。

ヘンリ がんという病気にうまく対処するためにはスピードも必要ですね。乳がんに関していえば、自分で病気を発見することも可能です。ある一定の年齢になれば絶えず自己チェックを繰り返すことが必要でしょう。そうして異常が発見されれば、すぐに手術などの医療処置が取れる体制づくりが必要ではないでしょうか。そうした意味でも、がんについての正しい情報を多くの人に広げていくことが重要なのではないでしょうか。

「愛と希望」を持つことで、人は強く生きられる

写真:シンガーソングライターのLISAさんと

来日時の記者会見で、シンガーソングライターのLISAさんと。ヘンリさんがチャリティーコンサートを支援している

――最後に今後の活動について教えてください。

ヘンリ 「愛と希望」を持つことによって、人は強く生きることができる。これからも世界を対象にメッセージを送り続けるつもりです。

――具体的な活動内容はどんなものなのでしょうか。

ヘンリ がん患者やHIV患者を対象にしたさまざまな支援組織に資金提供を行っていますが、それとは別に「Anda’s Spirit」独自の活動も展開しています。
たとえば、一昨年、昨年とネットを通して「ラブレターコンテスト」を実施しており、優秀作品は、ニューヨークで表彰しています。来年には同じ主旨で「バレンタインデー・ラブレター・コンテスト」を実施したいと考えています。このイベントでは有名俳優にも協力を呼びかけています。そうしてより多くの人たちに、「愛と希望」を持ち続けようというメッセージを受け止めてもらえればと願っています。


アンダさんの闘病を記録したホームページ
アンダさんの生き方が、がん患者たちの力になることを、ヘンリさんは願っている

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