患者の声を医療者や企業に届け、ニーズに応えたサービスや生活用品づくり

取材・文:町口充
発行:2006年10月
更新:2013年4月

  

がんと闘った孤独な体験

写真:曽我千春さん

波瀾万丈の人生を送ってきた曽我千春さん

「99年のはじめごろでしたが、自宅でシャワーを浴びていたら、右胸にゴリッとした感触を覚えて、これはもしかして、と思いました」

近くの総合病院を受診したが、明確な診断結果は得られず、医者は「生検しましょう」という。ということは、胸にメスを入れるということ。医者にいわれるままでいいのだろうか、と不安に思った曽我さんは、情報を得ようと本屋に駆け込んだが、当時は乳がんについて書かれた本は少なく、2冊しか見つからなかった。

そのうちの1冊の著者だった医者とコンタクトがとれ、診察を受けたところ、触診と細胞診のあと、こう告げられた。

「曽我さん、かわいそうだけど、がんですよ」

ステージ2と診断され、右胸の4分の1を切除する温存手術を受けた。手術前夜、病室の窓から夜景を眺めながら、がん告知後初めて彼女は泣いたという。

手術後はホルモン療法を受けた。しかし、その副作用からか更年期障害のような症状があらわれ、気持ちが落ち込むようになった。

手術から1年半後、ふたたび胸にしこりが見つかり、日帰り手術で切除したが、そのとき、頼るべき夫は彼女のもとを去っていて、付き添ってくれる家族はだれもいなかった。孤独な日々の中で、落ち込みはますますひどくなり、うつ状態に陥った。自分の部屋のカーテンを開けられない生活が続く。

医者の1言に傷つき、救われる

彼女は医者にも失望した時期があった。最初の主治医は本の著者でもあった医者だが、とても忙しいらしくて、不安感や孤独感を訴えても「気のせいでしょう」と相手にしてくれない。精神科の医者から「気分の落ち込みは薬の副作用によるもの」と診断されたと伝えると、患者である曽我さんを見るのでなく、パソコン画面に向かって「じゃあホルモン療法やめましょう」と、いともあっさりといった。

思わず彼女は「私の前に先生はいますが、先生の前に私はいますか?」と訴えた。どんな短い時間でもいいから、患者のことを思ってくれるのが医者ではないの?――彼女はそういいたかったのだ。

主治医を変えようかと考えたとき、出会ったのが、手術の際に助手をつとめた医者で、「悩みがあったらいつでもいらっしゃい」といってくれたのを思い出した。

「で、その先生の診察を受けたんですが、ちょうどその日は私が最後で、『曽我さん、何だかつらそうだね。時間があるから話してみませんか?』といわれたんです。思いの丈をバーッと話すと黙って聞いてくれて、気がついたら40分ぐらいたっていました。『私にはもう、神も、仏も、信じる愛もないんです』と、帰ろうとしてドアに手をかけたところ、先生はこういってくれました。『曽我さんにも愛があるよ』。その1言で、つっかえたものがとれた気がして、外に出たら涙がドッと出てきました。たった1言が人を救うってあるんですね。よし、愛があるか確かめてみよう。そう思った私は、家に帰ると1年数カ月締め切ったままだったカーテンを開けました。庭にはツバキが美しく咲いていて、いつか、こんな花になろう、とそのとき決意したんです」

がん患者だってオシャレしたい!

写真:がん患者生活コーディネーターを養成する講座

VOL-NEXTでは、がん患者生活コーディネーターを養成する講座も手がけている

同じ境遇の人と語り合いたいとインターネットで呼びかけ、「VOL-Net(Voice Of Life-Net)」という自助グループを立ち上げた。仲間の声を聞くうち、多くのがん患者たちが、自分と同じように生活の上でさまざまな不自由に直面し、困っていることを知った。

がん患者にアンケートを行ったら、約500人からの声が返ってきた。「まつ毛が抜けて困っている」「脱毛しても安心してかぶれる帽子がない」「夫からカツラが似合わないといわれて落ち込んでしまった」「手術後も美しい下着をつけたい」――どれもこれも病院では教えてくれないことであり、患者だからこそ「そうよ、その通りよ」といえることばかりだった。

「ボランティアで冊子をつくったり、イベントを開いたりして、賛同を得るため製薬会社やメーカーも40数社回りました。ドクターしか相手にしていない会社は『エンドユーザーなんか関係ない』という態度で、『いい企画ですね』といいながら、本当のニーズを理解しようとはしていない。でも私は、これからやがて、がんとつき合いながら生きる人が、企業を選ぶ時代がきっとくる、と思いました」

写真:青山ステーションの陳列棚

青山ステーションでは、各社のかつらや下着が比較できるように陳列されている

さまざまな活動を展開する中で、ボランティアの限界も感じたという。マンパワーや資金の不足と、その調達の難しさ。各個人の意識や責任の温度差、グループとしての責任の所在の不明確さ――。いずれもボランティアなら許されても、患者のニーズに応えた活動を継続して続けていく上で、許されていいだろうか?

曽我さんはVOL-Netの事業部門の実働メンバーとともに、ボランティアを出て、起業。VOL-NEXTという会社を設立し、がん患者の生活サービス事業を本格的に展開していくことにした。

体験者の視点で選んだカツラやつけ毛、帽子、下着、パッド、生活便利グッズなどを販売する一方、ドクター医療相談、乳がん治療講習会、生活と心の相談、リンパ浮腫ケア講座、がん患者のためのアロマレッスンやネイルケア、病院付き添いと生活サポートサービスなど、さまざまなメニューでがん患者の要望に応える仕事が始まった。

患者の生活をサポートするプロを育成

写真:生活コーディネーターがお客さんに説明中
生活コーディネーターがお客さんに説明中

写真:青山ステーションで下着選びをしているところ
青山ステーションで下着選びをしているところ

南青山にある「青山ステーション」。ここには、がん体験者が自ら選び、メーカーに注文を出してつくってもらった生活商品が、所狭しと並んでいる。訪れた患者は、コーディネーターのアドバイスを受けながら、気に入ったものを選び、購入する。

「患者さんに笑顔になってもらうのが私たちの仕事です。カツラひとつにしても、ここにカツラを見に来られる方は、単にカツラを見に来るのではなく、自分は大丈夫なのか不安を抱いてやって来ます。患者さんの思いを汲みとり、ニーズを引き出し、その解決策を一緒に見つけていくのが私たちの役割。だからスタッフには、あらゆることを、患者さんを主語にして考えなさいといっています」

扱っている商品は、患者の視点で選び、納得のいくものだけ。「手術直後に体を締めつけない、おしゃれなブラがほしい」という患者の声から生まれたソフトブラ。暑い時期にも、蒸れずに涼しいネットつきのつけ毛は、帽子と組み合わせて気軽に使える。指先が二重になっているメッシュの手袋は、抗がん剤で爪がダメージを受けたときも、水仕事ができるし、体も洗える。本来は、マニキュアを長持ちさせるためにつくられたものだが、「へえー、がんの患者さんにも使えるんですか」とメーカーも驚いたという。

曽我さんらは、患者の声を企業に届ける役割も果たしている。あるカツラメーカーでは、がん患者向けのカツラを開発。商品についてのアドバイスや市場調査、さらには接客する販売員の研修までも依頼してきた。

患者からは「曽我さんのような仕事を、自分でもできるだろうか」という相談も相次ぐようになった。がんになって、仕事を失う人も多いのが現実。だが、がんになることは終わりではなく、がんになったからこそできることがあるはず、と曽我さんは思う。

そこでスタートしたのが「がん患者生活コーディネーター」の養成講座だ。医療者とは違う立場から、がん患者の生活全般についてコーディネートしていくプロの人材を養成するのが目的で、対象者はがん体験者やその家族、友人、医療・福祉・企業関係者など。今年1月から東京で行われた第1期講座(期間6カ月間で13回の講座、費用31万5000円)には全国から36人の受講があり、21人の認定者が誕生した。第2期はすでに7月から始まっている。今後は、コーディネーターが活躍するサービスステーションの全国展開をめざす。


VOL-NEXTの連絡先
電話 03-3408-4035
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