症状軽減に不可欠なサポーターを心置きなく着けたい
患者立ち上がる。リンパ浮腫対策用「弾性着衣」の保険適応を目指して

取材・文:守田直樹
発行:2006年1月
更新:2013年4月

  

手術の際のリンパ節郭清が原因

写真:「鬨の会」のメンバー

「リンパ浮腫に対する弾性着衣の保険適応を実現する会」の「鬨の会」のメンバー。中央が代表世話人の北村薫さん

患者会の名称は、花の「なでしこ」など優しいものを付けるのが一般的だろう。でも、この会はちょっと違う。

「うちはエイ、エイ、オーの鬨の会(笑)。少しぐらい騒がしくしないと誰も注目してくれませんから。単なる患者会じゃなく、家族や友人なども参加できる市民の会にしたんです」

こう話すのは、05年1月に発足した「鬨の会」代表世話人の北村薫さん。

北村さんは九州中央病院の乳腺外科部長・リンパ浮腫センター長。専門医として治療に当たり、患者の苦しみに直面。「誰かが声を上げないと」と強く感じ、会の設立に向けて奮闘した。

リンパ浮腫は、がん手術の際のリンパ節郭清などが原因でリンパの流れが悪くなり、組織の隙間に水や老廃物が溜まって腕や脚がむくむ後遺症。先天性のものもあるが、日本では大半が手術で生じたリンパ浮腫だ。進行するとまるで象の足のように腫れ、皮膚表面が硬くなる「象皮症」と呼ばれる状態になることもある。

何より専門医の早期の診断と、的確な日々のケアが大切。とくに「弾性着衣」という手脚に着ける専用サポーターは、圧力をかけた部位の筋収縮がリンパ液のポンプ作用につながりリンパ流の促進に効果は絶大。鬨の会は、この専用サポーターの保険適応を目指して結成されたのだ。

年間数万人のリンパ浮腫予備軍

患者は全国で5万人という推計もあるが、現場で働く北村さんの感触では、そんな数では収まらないという。

「海外の文献によれば、術後に腕まわりが1センチ以上腫れた人が約9割、2センチ以上で約7割とされています。国内で毎年4万人の方が乳がんと診断されており、単純計算しても年間数万人のリンパ浮腫予備軍が誕生していることになります」

リンパ浮腫は乳がんや婦人科がん(子宮がんや卵巣がん)の術後などに発症することが圧倒的に多いが、男性にも前立腺がん手術後に苦しむ患者はいる。

患者が腫れについて主治医に相談しても、「がんが治ったんだから、腫れぐらい我慢しろ」と言われたり、術後10年とかに20年も経って突然発症することもあるという。

「何年も前の手術と腫れを結びつけられる患者は少ないし、リンパ浮腫に理解のある医師も少ないのが現状です。進行すれば完治は難しく、いかに日常のケアで症状を軽減しながら付き合っていくかという選択しかないんです」(北村さん)

署名目標は10万人

写真:会員たちの手による街頭署名活動

会員たちの手による街頭署名活動。リンパ浮腫に対する一般人の無理解を改めて知ることにもなった

「鬨の会」会員の1人、小林文江さん(仮名)は、5年前に乳がんの摘出手術を受けた。

職業が看護師だったため、腕の下に枕を置いて寝るなど、術後のリンパ浮腫には細心の注意を払ってきた。が、今年の7月にリンパ浮腫を突然発症。左手の手首から甲にかけて「劇的にバンと腫れた」と言う。

「油断して腕を下ろして寝てしまったことが原因だと思います。リンパ浮腫の専門病院は少なく、看護師の私ですらなかなかこの病院にたどり着けなかったから、医療関係者でない、普通の人はもっと大変だと思います」

小林さんは、「患者の立場として、何かお返しがしたい」と、署名運動に参加。会には「リンパ浮腫に対する弾性着衣の保険適応を実現する会」という正式名称があり、目標達成のため5月から署名運動を行ってきた。9月には約60名がオレンジ色のTシャツを着て博多の繁華街で街頭署名も行った。

「あら、私も夕方には脚が腫れるわよ」と、普通のむくみといっしょにされるなど、一般人の無理解を改めて知ったが、だからこそ自分たちが訴えていく必要性も痛感した。

小林さんも職場の友人などに署名を求めたり、会員とともに看護協会への働きかけも行った。みんなで集めた署名数は約6万1000人。「リンパ浮腫は予防が大事なことを身をもって知りました。署名を通じて1人でも多くの人にそれを訴えたいんです」と、小林さんも10万人の目標に向って突っ走っている。

写真:ちらしと署名用紙

弾性着衣の保険適応を目指して、有志が集まり、会を発足。約1年の間に6万以上の請願署名を集めた。そのちらしと署名用紙

値段が高く、装着をためらう

木塚佳子さん(仮名)も長い間、リンパ浮腫に苦しんできた1人だ。

子宮がんの手術をした4年後、職場が「立ち仕事」に変わって発症。太ももから足の指までパンパンに膨れ上がっても、我慢して仕事を続けてきた。

「一番大きい作業ズボンの4Lも入らなくなり、最後は脚全体が腫れて膝が曲がらず、自分で足の爪も切れなくなって……」

今年6月に乳腺外科へ駆け込み、2週間入院。リンパドレナージ治療(リンパ流を誘導する特殊なマッサージ)などを受けると、みるみる太い足がしぼんだ。

「手術をした病院では『リンパ浮腫』という病名すら教えてもらえなかったんです。私の場合は普通に近いくらいに治してもらいましたが、弾性着衣の値段が高く、着けるのをためらっている友だちもいるんです」

当院では弾性着衣を最大限安く販売しているが、外国製なので1本1万2000円前後かかる。リンパ浮腫は完治が難しいため、年に数回の弾性着衣の買い替えを一生続けていかなければならない。患者にとっては睡眠時以外、片時も離さず着けたままで生活する肌着のような消耗品であり、医療用品でもあるのだ。

「ヨーロッパでは、ドイツ、フランス、イタリア、イギリス、オランダの5カ国で保険適応化されています。保険が効けば国内メーカーも参入、競合して値段も安くなると思うんです」

こう語る北村さんは、全国6名の世話人に呼びかけて弾性着衣による効果データを収集中だ。

「患者さんの3カ月ごとの治療データを集めています。署名集めだけでなく、きちんとしたエビデンス(科学的根拠)となる資料を揃えて国に対して働きかけていきたいと思っています」

会員数は253名にまで急増。会の効率的な運営のため、総務の下に渉外や会計など6部署を設けて組織化。発足1年あまりで会報の発行や定期講習会、会員スタッフによる電話相談「リンパ浮腫110番」も実施。10月には会員有志で佐賀県の嬉野温泉に出かけ、「エイ、エイ、オー」と決意を新たにした。

「会の名前にふさわしい方が入ってくださっている気がします。私も気が長いほうではありませんから(笑)」(北村さん)

この勢いなら、“勝利の鬨の声”を上げる日もきっと遠くないのではなかろうか。


鬨の会
事務局 九州中央病院乳腺外科付属リンパ浮腫センター 福岡市南区塩原3-23-1 TEL 092-541-4936

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