「がんばらない」の医師 鎌田實とがん患者の心の往復書簡 松村尚美さん編 第2回

(2004年4月)

生きつづけたいと声をあげる自分、死もまた命の一部と思う自分、なんとも不思議なときです。

松村尚美さん

まつむら なおみ
千葉県在住。50歳。1男1女の母。大阪に住んでいた98年、乳がん発見。術前化学療法をした後、乳房温存療法。2000年鎖骨、脇の下リンパ節に再発。現在抗がん剤治療を受けている。

がん患者・松村尚美さんから 医療者・鎌田實さんへの書簡

鎌田實様

信州の冬、雪は深いでしょうか。

夫の転勤のため、札幌に2年ほど住みました。かの地の雪はからからと乾いていました。肩にかかった雪を手で払うとはらりと落ち、寒さも格別でした。厳しい寒さの中、雪がすべてを覆い隠し、音も消し去り、しんしんとした美しさの中、冬の暮らしでした。

厳しいだけに、深い、豊かな、再発者の暮らし。透き通った悲しみを豊かだと感じるという言葉を受け止めていただいてうれしかったこと。

“キャンサーギフト”とか、“がんになったからこそ幸せ”とか、そういう言葉を聞くたびそんなことあるわけないと思います、と友人は書いていました。がんと対峙する彼女の姿に勇気づけられています。

がんになったからといって私は何も変わっていないと言う友人の言葉に、背筋が伸びる思いです。

最近、ターミナルケアについて学び始めています。

自分の最後の日々をどう過ごそうかと思い巡らしています。情報を集め、患者側が準備をすることが、医療のどの場面にも重要なことですし、準備をしていたら、恐れることがなくなるのではないかしら。

『あきらめない』のなかに「日常の暮らしのなかに、死が溶け込んでいる安定感は、なんとも味わいが深いような気がした」と書かれていますね。死をはっきり意識せざるをえない今は、私もまた日々の暮らしの中に死を思っています。

あなたは、生きることを願うことが、あきらめないことだと思われますか。わたしは、死もまた私の命の一部だと思っています。

再発して間もないころ、あるお寺の、戒名がたくさん並んだ部屋に足を踏み入れることができなかった自分を思い出します。行きつ、戻りつ、生きつづけたいと声をあげてる自分、そして同時に、死もまた命の一部だと言う、なんとも不思議なときです。

朝日新聞のひとときの欄、がんで夫をなくされた方の言葉に、「本人にとってはある意味残酷で、最後まで正常な脳で、病気の進行を受け止めていた……」とありました。この病気の辛い現実の一つは、自分の生と死を、極限までまざまざと見据えていかなければならないことです。

どんな医療も限界があります。取れない痛みがあり、不快な副作用があります。進行する病状をなすすべもなく診つづけることもあるでしょう。すべてを受け止めるのは患者自身です。

このひとときの最後に、「残された家族は、期限付きの人生を冷静に生き抜いた強さと、家族を思いやる優しさをあわせもった夫を誇りに生きていきます」と、大変な宿題をいただいたと思ってこれを読みました。

医療者こそ人間として豊かであってほしい

あなたがおっしゃっている、がんばらないそのままに、私が私らしくていねいに生きるために、医療を受けています。私は、私の主治医にもていねいに生きて欲しいと思っています。患者だけのためではなく、ご自分の家族のためにも、ご自身のためにも、時間を使ってほしい。医療者が人間として豊かでなくて、どんな医療ができるのでしょう。

再発をしている自分をさらけ出していることに苦痛を感じることがありますが、患者がきちんと伝えなくてはならないと考えています。医療は医療者と患者のものだから、今どんな問題をかかえているのか、医療者に何を望むのかを患者自身が伝えたい。病院という組織の中で、忙しさに思う医療ができない医療者がいて、聞きたいことも聞けない患者がいる。傷ついているのは患者も、現場にいる医師たちも同じかもしれません。

以前、病院のインテリアの計画をしていたとき、これからの病院経営について考察を読みました。患者のデータで診断ができるようになれば、病院に患者が集まるのではなく、優れた医師の元へ患者が集まってくる。データさえあれば、どこにいても診断ができる。

病院経営については患者本位のサービスが重要になるとありました。機械がもっと進歩して、安価になれば、優れた医師の元ではなく、優れた機械のある病院に行って診察を受けるときが来ると思います。

患者は、人間にしかできない、技術と心がともなった治療を望むでしょう。あなたの思っている医療ですね。それがご自分をあるがままに生きぬかれているあなたから、あふれている思いなのですね。医療者であるまえに、豊かな人間である人が、患者の思いを汲み取っていらっしゃることを思って、医師としての訓練の中で、人間として感受性を育てることの大切さを思いました。

今年から研修医をとって、ていねいに教育なさるとのこと。楽しみですね。時間をたくさんとってください。あたたかさは人から人に直に伝わっていくようです。

今を共に生きる幸せを伝えていきたい

本とお手紙をありがとうございました。あたたかなぬくもりのある文字が書かれていました。編集者の方が本とお手紙を私の職場までお持ちくださいました。その折、同じ荷物の重さでも人によって重さの感じ方が違うとお話しました。のんきな私は、案外軽く感じていて、もっと辛いと思っている方がいるのでは、だからそのかたにこの本とお手紙は差し上げたいと思ったのです。でも、彼は、私を通して、あなたが、他の方へ差し上げているのだと言っていました。今を辛いと感じている方へ、あなたのあたたかさが伝わるように願ってやみません。

私の再発の時は、たくさんの人に支えられています。辛い時は背中に暖かな手を感じます。支えてくれる手がある、そして私自身の命の力があると思ったのです。そして、過去からめんめんと受け継がれている命があることに気づいたのです。

あなたが、私たちを支えたいと願っている、私もまた願っています。そう思ってくださるあなたを支えたいと。

この病のおかげで、今という時を共に生きている幸せを感じます。もう少し時が異なっていたら決して会えなかった。若い友人が、私のために生きていたいと思ってもらえるような人間になりたいとメールをくれました。いいえ、あなたに会えてよかったと、同じ時を生きてよかったと伝えたい。時間はまだあるはずです。ゆっくり伝えていきましょう。共に過ごせるひとときがどんなにすばらしいことなのか。生きつづけることがすべてではないはずですから。

 2004年冬

松村尚美