ドイツがん患者REPORT 25 「バリアフリー」

文・撮影●小西雄三
(2016年11月)

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

がんを宣告されてから、ほぼ9年になります。その前と後では、僕の生活は大きく変わらざるをえませんでした。外出するときは注意深く行動する、とくに気をつけて歩くようになりました。抗がん薬の副作用で、今でも指先や足の感覚が元に戻ってないからです。いつも雲の上を歩いているような感覚で、足元がどうしても不安です。酷い痛みはないものの、少し長く歩くと長時間正座した後のしびれたような感覚になってしまいます。

歩行が少し困難になって、見えてくる景色も変わってきました。「安全に、最短距離で、他人に迷惑をかけない」ということをいつも考えて行動するようになり、外出する前にはプランやルートをまず考えるようになりました。そのせいか、バリアフリーということにも興味が湧き、そういう気持ちで街を眺めるようになりました。

ミュンヘンの街は、僕の生まれ育った大阪とは違い、基本的にどの道路にも歩道があります。さらにかなり前からバリアフリーに取り組んでいるので、幸運なことに僕にとってはかなり行動しやすいところです。

ヨーロッパに多い路面電車

ミュンヘンの街はヨーロッパらしく、今でもたくさんの路面電車が走っています。僕の家の前にも停車場があり、いまではよく利用しています。

大阪にも「チンチン電車」と呼ばれる路面電車が残っていますが、一両の小さなものです。それに比べミュンヘンの路面電車は2~3両編成となっていて、車幅も広く作られています。駅と駅の間隔はだいたい500mぐらいですが、隣の駅がはっきり見える近距離のところも。うまく利用すれば、長い距離を歩かずにすみます。

3両編成の路面電車

路面電車の乗降口と歩道はほぼ同じ高さに作られているので、楽に乗り降りができて、足の上がらない高齢者や身障者、車いすの乗客にも優しくなっています。

それに慣れてしまっているせいか、家の前にある停留場は歩道にぴたっと横付けできないので、いったん道路に降りなければならず、そのわずか15cmの高低差がちょっと恐かったりします。こういうとき車いすの乗客は運転手に声をかけて、道路に板を渡して緩やかなスロープを作ってもらいます。

路面電車の前方の乗降口には、簡単に車いすなどが乗り降りできる仕掛けが施されていて、車いすや乳母車やバギーの乗客のための空間となっています。

車いすなどがスムーズに乗り降りできる仕掛け

路面電車の乗車口

また、運転手に声をかけなくても知らせられるように、車いす専用のブザーが低い位置に設置されています。乗り降りの仕掛けは電動式が多いのですが、なかには手動式のものもあります。街の公共交通機関はワンマンですから、とくに天候が悪いときなど運転手は大変だと思います。

こういう乗り降りが続くと当然ダイヤが乱れるのですが、文句を言う人を見たことがありません。当たり前のことなので、運転手も焦ることもないのでしょう。多分に日本と違い、何分かの遅れをあまり気にしない国民性ということもあるかもしれません。

車体が長いミュンヘンのバス

バスの停車時、車高を下げている

バスも日本のものより長く、電車の蛇腹の連結のようなものがくっついた15mぐらいの長さのもが使用されていることが多く、その路線はミュンヘン中にあります。とくに運転技術がよいとは思わないのですが、路肩にぴったりと停止してくれます。

車内の床はかなり低い位置に作られているにもかかわらず、停車時には油圧で車高をほぼ路肩と同じ高さに下げてくれて、乗り降りのときは歩道と同じ高さになります。ドアは幅広で、前方や真ん中のドアの部分は、路面電車の乗降口のように大きく空間をとっていますし、手動式ですがスロープが出せるようになっています。

運送用のトラックなどは、かなり以前から油圧で走行時と積載時の車高を変える技術が広まっていて、それは僕も知っていたのですが、バスも同じようなシステムになっていると気がついたのは、歩行困難になってからのことです。技術の進歩は、生活の利便性にやっぱり役立っているんだなぁ、と見るたびに感心します。

地下鉄もワンマン運行

歩道に設置されたエレベーターの昇降口

地下鉄も、電車とプラットホームの間にすき間があまりなく、高低差もほとんどない作りになっています。僕の実家近くの私鉄駅のプラットホームは高低差は少ないのですが、やたらに大きく曲がった作りになっていて、乗降口によってはかなり広いすき間がありました。幼い頃、2度もそのすき間に落ちて、周りの人に引っ張り上げてもらったという恐い記憶が鮮明に残っています。大事には至らなかったのですが……。だから今でも乗り降りの際は、すき間が気にかかります。しかし、地下鉄もワンマン運転で、運転手はドアの開閉の確認も席に座ったままですが、案外事故は起きていません。

ふと、30年ほど前に製作された『シュガーベイビー』というミュンヘンの地下鉄を舞台にした映画を思い出しました。日本でも上映されたと聞いたので、映像で見た人もいるかもしれませんが、ドアは乗客が自分で開くようになっています。

古い形式のものは、左右の扉が片方ずつしか開きません。冬の冷たい空気の侵入で、せっかくの暖房が無駄にならないようにとの、合理的なドイツ人の工夫だと思います。

地下鉄に乗車するには、もちろん地下に降りなければなりませんが、小さな駅だと双方向性のエスカレーターがついています。ドイツのエスカレーターは省エネのため、使わないときは止まっていて、使うときだけ動くようになっています。上に登りたいのに、下り運転になっているときは、以前なら階段を使っていましたが、今は止まるまで待って、行きたい方向に変えて使っています。忙しいわけではない僕は、時間だけはあるので。

地上から、切符の自動販売機と自動改札口がある中2階、またはプラットホームには、エレベーターでも行けます。地上にあるエレベーターの入り口は、歩道にぶしつけに飛び出していて、景観を気にしている割にはちょっとねぇ、という気にさせられるものですが、利用者にとっては便利なので、これもドイツ人特有の合理性なのでしょう。健康なときには気にもならなかったことが、今はとても感謝です。ドイツにいると当たり前と思っていたことが、帰国して大阪に帰ったとき、そのありがたみをつくづく感じました。